川下り 1
出航したといっても、小屋の裏手を流れる谷川の流れに、流されるだけなんだけど・・・・・・
よどみとかにつかまって流れなくなったときには、シルフさんにたのんで、川の流れの速いところへ、吹き流してもらう。
魔女の森の中を流れる谷川。
うっそうと暗い森の中を蛇行しながら、時に、他の流れと合流し、早瀬あり、緩やかな流れありののんびりとした船旅。
快適とまではいかないけど、オイラにとっては、ご主人に命を吹き込んでもらってから、初めての経験、ご主人のいない初めての遠出。
見るものすべてが、新鮮で、驚きの連続だった。
川の水を飲もうと水辺にやってきていた大人しい目をした鹿がいたり、箱舟の周囲をぐるりと一周して、かわうそが泳ぎさったり。
オイラは、キョロキョロ周囲を見回し、それらの光景を存分に楽しんでいたのだけど、オイラの隣では、赤ん坊がスヤスヤと平和な寝息を立てていた。
まわりの景色には、まったく興味がない様子だった。
と、かすかに・・・・・・
・・・・・・ゴ・・・・・・
なにかかすかな音が聞こえてきた。
なんの音だろうと、耳を澄ます。とっても、不吉な予感が、オイラの長い柄の中を駆け上がる。
・・・・・・ゴゴォ・・・・・・
かすかだった音がしだいに大きく、聞こえてきた。そういえば、船の進むスピードがだんだん速くなってきた気がする。
「なんだろう? なにがおこっているんだろう?」
不安げにキョロキョロ周囲を見回すオイラ。だんだん大きくなる音と速くなる船足以外、周囲の景色に特に変化はない。
「さあ? なにかしら? 見てきてあげるわ」
ゴゴゴォォーーー!!!
はっきりと長い柄に響くような音が、聞こえるようになってきた。
隣で、居眠りしていたはずの赤ん坊も、目を覚まして、不安そうにあたりをキョロキョロ見回している。
すでに、川の流れは、相当速まっていた。
オイラの不安が高まって、柄が張り裂けそう!
と、
「大変! このさ・・・・・・た・・・・・・って・・・・・・!」
「え? た? え? なに?」
ゴゴゴゴォォォオオオオーーーーー!!!
すでに、シルフさんの声が聞き取れないぐらいの轟音があたりに響き渡っている。
先を見ると、すさまじい音を立てて、川の進む先が宙に途絶えている。しかも箱舟は、すごい勢いで、その流れの途絶えた場所へ突き進む!
突進していく!
な、なんだ? なんなんだ?
ついに、その場所へ!
一瞬、箱舟が虚空に打ち上げられた。
魔女たちの会合に集まるため、ご主人を乗せて、夜空を飛ぶときのような浮遊感がオイラを包んだ。
でも、すぐに重力に引きずられるようにして・・・・・・
「ギョェェェェーーーー!!!」
「オギャァァァァーーーー!!!」
オイラと赤ん坊、悲鳴を上げながら、滝つぼへまっさかさま。
「し、しぬぅぅ~~~!!!」
って、オイラは箒。木と藁でできた箒。
滝から落ちたところで、別にどうってことはなかった。
滝から墜落するときに、バランスをくずし、箱の外へ投げ出されたのだけど、そのまま滝壺に落ちて、上から落ちてくる水に巻き込まれ、しばらくぐちゃぐちゃにかき回され続けた。
でも、それもほんの数時間の話、やがて滝壺を離れて、滝の下の流れに再び乗ることが出来た。
水面を漂いながら、流れのまにまに川を下る。
あの箱舟はどうなったのだろうか?
赤ん坊は、今の滝壺で、おぼれ死んだのだろうか?
すこし悲しい気分だった。
オイラは、これから一人でどうすればいいのだろうか?
赤ん坊を死なせたりして、ご主人が戻ってきたときに、オイラを厳しくしかりつけたりしないだろうか?
オイラの存在そのものを消したりしないだろうか?
とにかく、どこかの岸辺に流れ着いて、また、ご主人の小屋へもどらなければ。
あっ! そういえば、オイラ、畑仕事の途中だった。
いそいで戻って、仕事をしないと、今日のノルマを達成できない。それどころか、畑の魔法植物たち、枯れてしまうかも・・・・・・
オイラは焦った。
なんとかして、近くの岸辺へたどり着こうと、毛をジタバタさせた。だが、川の流れにのったまま、どちらの岸にもたどり着くことはできなかった。