1談目「座敷童子」 前編
あれから俺は母さんが作って行った朝食を食べていた。
「どうしよう、このままだと昼には梓が来てしまう」
梓とは俺の家の隣に住んでいる秋元家の次女だ。料理が下手というより変な物を入れたりする。以前なんか野菜炒めに納豆を入れたのは理解できなかった。
「暑い……地球温暖化しすぎ」
いつまでも台所で考えていても暑いだけだ、文句を言う奴はいないし部屋でクーラーをガンガンに点けてやろう。
「やっほーい!」
そう言い俺はベッドに飛び込んだ。ほど良い感じに冷えて気持ちが良い。
--ガサガサ
何か袋をまさぐる音がする。
「なんだ?鼠か?」
いや、鼠にしては音が大きいな。
--ポリポリ
次は別の音だ。まるでお菓子を食べるような音が、今度はさっきよりも大きく鮮明に聞こえた。
「誰か、いるのか……?」
いる筈がない、そう思っていても思わずこぼれた言葉だった。
生憎ベッドの下とかには人が隠れられる隙間はない。とすればこの部屋の中で隠れられる場所は押入れの中しかない。開けてみようか、でも本当に人が隠れてたらと思うとなかなか覚悟を決めることができなかった。
--カサカサ
--ポリポリ
またあの音だ。このまま悩んでいても埓があかないし、覚悟を決めて確かめよう。
--ゴクッ。
俺は唾を飲み込み、押し入れの襖に手をかけ勢いよく開け放った。
「へっ?」
思わず俺は間抜けな声を上げてしまった。無理もないだろう押し入れの中で少女がポテトチップスを夢中で食べていた。その少女の見かけは人の年齢でいえば10歳ぐらい和服人形が着ているような青い着物と肩くらいで切り揃えられた髪そして一際目をひく頭と尻に生えている狐のような白い耳と尻尾。この二つで少女が人間でないことを示していた。
「おじゃま……してます」
少女は遠慮がちに一言そう言った。
「だ、誰だ、お前?」
やはり少女の姿をしていても初めて見る人外の者に対しての恐怖心があるのか声が震えてしまった。
少し時間がたって少女はおずおずと答えた。
「座敷……童子」
座敷童子?たしか座敷童子は人に危害を加える妖怪ではなかった筈。本当に目の前の少女が座敷童子なのかどうかはわからない、だが俺にそれを確かめる術はない。今はこの少女の言葉を信じるしかないだろう。俺はほっ、と胸を撫で下ろすと同時にある疑問が湧いた。
「どうして座敷童子がそこまで古くないこの家にいるんだ?」
さっき言った通りこの家は築10年と新しい。座敷童子が住む家はもっと古い家の筈。
「住んでいた場所……追い出されたの……」
座敷童子の声が徐々に涙声になり、しまいにはポロポロと泣き出してしまった。
いきなり座敷童子が泣き出すとは思わず俺も困惑してしまった。
「あ、えっと、ほら、人生は楽しいこととか辛いこととかあるからさ……」
と慰めにもならない事を言ってしまった。そんな言葉で泣き止むわけなく、座敷童子は相変わらず泣いている。
「はあ、こっちが泣きてえよ」
今日は朝から母さんにはおいてかれるし、座敷童子に遭遇するし、昼から梓が来るしでろくな事が起こらない。そういや今何時だろう、そう考えていると玄関のチャイムが鳴った。
「え? まさか」
時計を見ると既に時間は12時を回っている。ということは梓か。、座敷童子はどうしよう、ほっとくわけにはいかないし、連れて降りるわけにもいかない。
「誠君、上がるよ~」
梓の呑気な声が聞こえる。てか、よく知った男の家でも勝手に上がるなよ。
座敷童子はまだ泣いている。この状況を梓に見られたら間違いなく、あのアホは勘違いするだろうな。
「2階にいるの?」
階段を上がる音が聞こえる、前は梓は、後ろ座敷童子。どうすれば良いんだ。
そこで、ふと俺は気づいた。そういえばこいつは人間じゃない、霊感のない梓が見えるわけない。
「オハヨー、誠君」
何がオハヨーだとっくに正午過ぎてるぞ。
そんな暢気な挨拶をしたのは、少し茶色がかったショートヘアに人懐こそうな顔をした少女--秋元 梓だった。
梓は俺の後ろ--座敷童子の方を向いて沈黙してしまった。
「その子……誰?」
「え? 誰のこと?」
見えてやがる。体中から嫌な汗が出てくる。
「本当に何も見えないの?」
梓はじっとこちらを見据えた。しばらく見つめ合った後座敷童子の目の前に座った。
「ねえ、どうしたの? どうして泣いてるの?」
梓が座敷童子優しげな幼い子供に語りかけるように話かけた。それにしてもあの耳や尻尾は見えている筈なのに全く怖がっている様子がないな。
「おにい……ちゃんが」
馬鹿やめろ、誤解を招く言い方をするな。仕方がない、ここは見えないふりをやり通すしかないな。
「ど、どうしたんだ梓」
しまった、声が震えてしまった。
「おにいちゃん……どうしてシキを無視するの?」
このチビ、わざとやってるんじゃないだろうな。せっかく見えてないフリしてごまかそうとしたのに台なしだ、その上、泣き止んでるし。
駄目だ、梓の背中が怖い。
「やっぱり見えてるんだね。」
梓の言葉は思っていたよりも怒気が篭っていなかった。というよりどこか嬉しそうにも聞こえた。
「ああ、見えてる」
さすがにこれ以上はごまかせないと思って俺は素直に白状することにした。
「改めて聞くけどこの子誰?」
「本人は座敷童子て言ってるんだけど」
それにしても狐の尻尾と耳が生えた座敷童子がいるものだろうか?どちらかというと妖狐だと思うけどな。
「でも、どちらかと言うと狐の妖怪さんだよね」
梓も同意見らしい。
「シキは……座敷童子……だよ」
また、泣きそうになってるし、そういえば今さっきからシキって言ってるけどシキがこいつの名前なのか。
「お前の名前四季って言うのか?」
「うん」
四季は元気よくうなづいた。さっきからこいつ泣いたり笑ったり感情の変化が激しくないか?
「えっ!? どうして分かったの!? 誠君」
まさかこいつ全然気づかなかったのか?
「前々からアホだと思っていたけど本物のアホだなお前」
「な!? ひどい!」
このアホに構ってたら、話が進まない。
「どうして、俺の部屋の押し入れに入ってたんだ、こんな田舎だったら古い家なんて腐るほどあるだろう」
「だって……居心地が良かったから」
四季は少し嬉しそうな顔をしている。それにしてもどうして居心地が良かったんだ。
「そういやどうして住んでいた場所を追い出されたんだ?」
四季は耳をピョコンと伏せ顔を曇らせた。
「えっとね……あまり人が来ないからって……取り壊されちゃったの」
人が来ない? 誰も住んでいないって意味か? そういや最近は高速道路や大型店を作る為に山を切り開いたり、持ち主のいない古い家を取り壊したりしてからな。
「えっと、古い家なんてそこら辺にたくさんあるからまた見つければいいさ……どうした?」 だが、俺がせっかく慰めてやってるのに四季はキョロキョロしている。人の話を聞けよ。
「どうした?」
「おねえちゃんは……何処?」
さっきから静かだと思っていたら、いつの間にか梓がいなくなっている。
「ご飯出来たよ~」
下から聞こえる能天気な声。……今なんと、おっしゃいましたか。
「おにいちゃん……ご飯だって」
「どうしたの? 早くしないとご飯冷めちゃうよ」
どうしたらいいんだ? それにしても作るの早いな。 階段を降りる音、いつの間にか四季も下に降りてしまったらしい。
しょうがない、ここは腹を括って大人しく食べるか……。
「ほら、沢山食べてね」
そこに並べられていた料理はいたって普通の目玉焼きとチャーハン、特に変な所はない。だか、油断ならない。梓の料理は一見変な所はなくともいざ食べてみると変な物が中に入ってるなんてことはザラだ。
「どうしたの?」
「いや……なんでもない」
まあ、梓も馬鹿じゃないし(アホだけど)いくらなんでもこんな簡単な料理に小細工はしないだろう。
「それじゃいただきま~す」
まずは目玉焼きから食べてみよう。俺は黄身を崩さずに一気にかぶりついた。
「……?」
何かがおかしい。なんで甘いんだ。まさかこいつの家では目玉焼きに砂糖を入れるなんてことはないよな。
「なあ梓。お前目玉焼きに砂糖入れたか?」
恐る恐る俺は梓に聞いてみた。
「うん、入れたよ」
こいつ、確信犯かよ。てか目玉焼きに砂糖はおかしくない?
「どうして、砂糖なんて入れたんだ。」
「だって誠君。甘い物が好きだから……」
たしかに俺は甘い物が大好きだ。だがそれとこれとは話が別だ。
少し考えて俺は結論を導きだした。そうかこいつアホだったっけ。
「美味しくなかった?」
さすがの梓でも俺の反応があまり良くないのを感じとったのか、さっきとは打って変わって元気のない声だった。
当たり前だ。とは自分の為に料理を作っくれた女の子に言うのはさすがに気がひける。
「おねえちゃん、これおいしいよ」
ナイス四季。この状況でこの言葉は正直有り難い。
「ああ、変わった味だけど、これはこれでうまいぞ」
嘘は言ってない、確かまずくはない。ただ味が個性的すぎるだけだ。
「そ、そうかな?」
梓ははにかんだ笑顔を浮かべていた。良かった、今回はうまくフォローできたらしい。
そういや何気にちゃんと四季の分も作っていたんだな。
ちなみにチャーハンは特に変な物を入れてなかったらしくいたって普通の味だった。
「おなか……いっぱい」
そう言い四季は満足そうな顔をして椅子に座っている。妖怪も人と同じものを食べるんだな。なんかもっと変な物を食べるかと思っていたんだけどな。
「誠君。結局四季ちゃんをどうするの?」
「まだ考えてなかったな……」
梓はしばらく「うーん」と考えた後「それなら雪彦君に相談してみたらどうかな」と言った。
雪彦とは、俺達の友達で町内にある月夜神社の神主の息子で妖怪の類について詳しい。
「たしかに、雪彦なら座敷童子について知ってるかもしれないな」
「それじゃあ、早速行ってみようよ」
「そうだな、おい起きろ四季。出かけるぞ」
四季は眠っていたらしく「ふみゅー」や「フー」やら唸って椅子から降りた。