第54話 銃声は、構造の外から
No.1が出てくる。
誰もがそう思っていた。
岩龍を落とした瞬間、空気が変わった。
龍王の“評価”が更新された感覚が、背中を撫でた。
だから次は、王だ。
あるいは――尻尾を巻いて逃げるか。
どちらかしかない、と思った。
現実は、どちらでもなかった。
銃声が聞こえたときには、もう遅かった。
乾いた音。
この十年で何度も聞いた、“地上の音”。
地下の戦いには似つかわしくない音。
反射で、思考が追いつくより先に身体が動いた。
肩を引く。姿勢を落とす。
でも――間に合わない。
視界の端で、エルフが腕を振った。
反射的な防御魔法。
薄く、しかし密度の高いバリアが前に張られる。
「……っ!」
バリアがある。
それで終わりだ。
銃弾ごときが突破できるはずがない。
魔力壁は“壁”だ。物理じゃない。
撃ち抜けるわけがない。
――はずだった。
弾丸は、止まらなかった。
バリアに触れた瞬間、減速した気配がない。
まるで、壁がそこに存在しないみたいに。
いや、違う。
壁はある。張っている。見えている。
なのに弾丸は、“壁の向こう側”にいた。
次の瞬間。
目の前のエルフの胸に、赤が咲いた。
心臓の位置。
一瞬で分かる。致命だ。
同時に、俺の右肩に衝撃が突き刺さる。
痛みが遅れて来た。
熱と圧。
骨を割る鈍い感覚。
腕が、動かない。
「……は?」
声が出たのかも分からない。
視界が揺れる。
耳鳴りがする。
弾丸は――貫通していた。
バリアを貫通して、エルフを貫通して、さらに俺まで貫通する。
そんなもの、存在しない。
存在していいはずがない。
なのに現実は、そうなっている。
「地下マスター!」
《オーバーサイト》の叫びが遠い。
エルフたちが一斉に動く。
治癒魔法。止血。拘束。
誰かが俺の肩を押さえ、誰かが倒れたエルフを抱き起こす。
血が、温かい。
最悪な温度だ。
「仕組みが……分からない……」
朦朧とする意識の中で、俺はそう思った。
理解が追いつかない。
定義を外れた爆弾で勝ったばかりなのに、今度は逆だ。
“定義の外側”から撃たれた。
それが一番、怖い。
「犯人を追え!」
エルフの声が鋭く飛ぶ。
怒りじゃない。判断だ。
戦闘民族の速度。
だが、追撃は短かった。
「……っ、あいつ――!」
誰かが叫んだ瞬間、二発目の銃声が鳴った。
短い。自分のこめかみに撃ち込んだ音。
犯人は、倒れた。
捕まらない。
質問できない。
理由も、仕組みも、背景も――奪われた。
近づいたエルフが歯噛みする。
だが、犯人の口はまだ動いていた。
「……この土地は……お前らの土地じゃない……」
血が泡立つ。
声が掠れる。
それでも、目だけは燃えていた。
「俺達の……土地だ……!」
そして――終わった。
沈黙が落ちる。
戦闘より重い沈黙。
俺の肩は、熱を持って脈打っている。
右腕が、感覚ごと遠い。
隣で倒れたエルフは、もう動かない。
「……地上へ運ぶ!」
誰かが言う。
俺は抵抗できなかった。
地下に戻りたい、と思った。
静かな場所に。自分の領域に。
でも、身体が言うことを聞かない。
担架。
ライト。
揺れる視界。
魔力の匂いが薄れていく。
地上の空気が近づく。
その途中で、端末が勝手に通知を吐き出した。
通信。ニュース。速報。切り抜き。
画面が眩しい。
《地下マスター、エルフと契約》
《魂を売ったのか》
《人類の敵と手を組む裏切り》
《“天使国家”に続き“エルフ”――世界はどうなる》
《彼は英雄か、叛逆者か》
記事の見出しが、俺を刺す。
弾丸よりも、刺さる。
――最悪だ。
別に英雄視されたくて始めたわけじゃない。
だけど、否定されるようなことでもないと信じていた。
構造は合理的だ。
生存のためだ。
龍に対抗するためだ。
それが、この結果か。
俺の目の前で、エルフが死んだ。
俺は撃たれた。
犯人は自害した。
世界は“契約”だけを切り取って燃やしている。
「どうすればいい……?」
声に出したつもりだった。
でも、口は動かなかった。
言葉が、喉の奥で溶けた。
どうすればよかった?
どうすれば、この弾丸を防げた?
どうすれば、世論を先に殺せた?
どうすれば、味方の数を増やせた?
疑問だけが増えて、答えが一つもない。
担架が揺れる。
誰かの手が俺の額を押さえる。
冷たい。現実の温度。
病院の灯りが見えた。
消毒の匂いが突き刺さる。
地上の音がうるさい。
「地下マスター、意識あるか!」
誰かが呼ぶ。
頷きたいのに、頷けない。
俺は、意識が落ちる寸前に思った。
――構造で勝っても、世界で負けたら終わる。
いや、違う。
世界で負けたから、構造を壊される。
それが、今の現実だ。
「……くそ」
声にならない呟き。
仮面の内側で、何かが折れそうになった。
でも、折れきれない。
折れたら、ここまで来た意味が消える。
視界が暗くなる。
音が遠のく。
最後に見えたのは、ニュースの見出しだった。
《地下マスター、エルフに魂を売る》
違う。
売ってない。
――ただ、勝つために選んだだけだ。
その言い訳すら口にできず、俺は白い天井に沈んでいった。
(第54話・了)




