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第53話 落とし穴の真ん中で

岩龍は、止まらない。


いや――止まれない、と言った方が正しい。


魔弓の零槍れいそうが、足を削る。

爆撃特化型ドローンが、岩の鎧を剥がす。

そのたびに、岩龍の巨体は確かに鈍っていった。


効いている。通用している。


なのに、勝ち切れない。


理由は単純だ。

削っているのは“鎧”で、削り切った先の“中身”が異常に厚い。


「……こいつ、死なねえな」


仮面の奥で呟いた声は、乾いていた。


岩龍は防御を失ったわけじゃない。

防御の形を変えただけだ。


四肢に岩を太く纏い直し、足を地面に叩きつけるたびに、空間が揺れる。

そして――助走。


ずし、ずし、ずし。


重さが加速する音。

質量が理屈を押し潰す音。


「来るぞ!」


《オーバーサイト》の代表が叫ぶより早く、岩龍は突っ込んできた。


先端――頭部から腹部にかけて、岩が“角”のように尖っている。

そこだけ異常に硬い。

そこだけ異常に厚い。


「一点突破……!」


笑えるくらい合理的だ。


拠点は地下にある。

だから壁と床は守られる。

けれど、地上側――俺たちが露出している“射線のための空間”は守られない。


突撃の余波が、空気を裂いた。


「――っ!」


衝撃が、身体の中を殴る。

視界が揺れ、耳が一瞬遠くなる。


次の瞬間、エルフの誰かが膝をついた。


「……魔力圧が」


「踏ん張れ!」


《オーバーサイト》が支えるが、岩龍は止まらない。

止まる気もない。


こいつは“防御”の龍じゃない。

“防御で突っ込む”龍だ。


守りを武器に変えた瞬間、最も厄介になるタイプ。


「……拠点は無事だ」


俺は端末で、地下構造の損傷を確認する。

問題ない。

壁も床も、まだ耐えている。


だが――


「エルフが削られてる」


これ以上、正面で受け続ければ壊れるのは“人”だ。

そして人が壊れた瞬間、構造は勝っても意味がない。


決定打が必要だった。


岩龍を止める“だけ”ならできる。

削る“だけ”なら続けられる。


でも、倒せない。


その時。


静かな足音が、拠点の側面通路から近づいた。


空気が変わる。

戦場の匂いが、一段澄む。


現れたのは、エルフだった。


装飾は少ない。

だが、どこか「飾る必要がない」と言わんばかりの圧がある。


背に負うのは――大剣。


人間が持てば鈍器だ。

だが彼女は、それを“武器”として自然に背負っていた。


「……誰だ?」


《オーバーサイト》の誰かが息を呑む。


エルフは短く名乗る。


「アリシア」


それだけで十分だった。


皇族。

姫騎士。

そういう肩書きが似合いすぎる存在。


彼女は戦場を一度だけ見渡し、状況を理解した。


次に見るのは、俺。


「あなたが――地下マスター」


断定だった。

確認じゃない。


「そうだ」


「あなたの拠点は、理に沿っている」


褒め言葉に聞こえない。

採点だ。


「だが、決定打が足りない」


俺は頷いた。

その通りだ。


アリシアは大剣の柄に手を置き、静かに言う。


「私の固有能力なら、何とかなるかもしれません」


固有能力。

ここで来たか。


俺は言葉を促すように、視線だけで答えた。


「溜め時間に応じて、威力が上がります」


「最大出力は、首を落とせる」


首。

岩龍の急所。


「ただし――時間が要ります」


彼女は、秒を測るような目で言った。


「十五分」


短いのか、長いのか。

それは状況次第だ。


だがこの戦場では、致命的に長い。


「稼げるか?」


《オーバーサイト》代表が、慎重に聞く。


アリシアは、はっきり頷いた。


「稼げます。条件が守られるなら」


「条件?」


「油断を誘うこと」


彼女は視線を戦場に戻す。


「岩龍は学習しています」


「新規拠点が増えれば、構造の進化を察する」


「察した瞬間、突撃の質が変わります」


つまり。


見せちゃいけない。


こちらが“次の手”を用意したと悟られた瞬間、岩龍は逃げるか、全力で潰しにくる。

十五分の溜めなど、許されなくなる。


「だから」


アリシアは、冷たく言った。


「この十五分、極力“新規拠点を追加しない”」


ハンデだ。


俺の強みは、拠点を増やして構造を変えること。

それを縛られたら、ただの耐久戦になる。


それでも。


「……やるしかない」


俺が言うと、アリシアは即座に頷く。


「はい。落とし穴に落とせば、首が通ります」


落とし穴。


俺は端末を開き、拠点構築の設計画面を広げた。


通常の拠点は、壁と床を固め、空間を安定させる。

だが、俺の魔法は“構造物を作る”だけじゃない。


――沈めることもできる。


拠点を“沈設”すれば、その瞬間だけ地面が失われる。


「……落とし穴は“穴”じゃない」


俺は誰に言うでもなく呟く。


「拠点区画の即時沈設だ」


床を消すんじゃない。

床を下げる。


地面そのものを落とすんじゃない。

“拠点の床”に置き換えた上で、沈める。


だからトラップじゃない。

構造だ。


「配置は?」


《オーバーサイト》が聞く。


「岩龍の突撃ルート上」


俺は地図に赤線を引く。


「踏み込みの瞬間に、床を解除する」


「解除は一回だけだ。二回目は警戒される」


「だから――一発勝負」


アリシアが、静かに剣の柄を握り直した。


「落としてください」


「落とす」


俺は短く返す。


「落ちた瞬間、あなたが首を落とす」


「はい」


その返事が、軽すぎて怖い。


十五分。


つまり、十五分の間。

俺は“拠点を増やせない”状態で、岩龍の突撃と圧を受け続けることになる。


「……全員」


俺は声を落とした。


「これは勝ちじゃない」


「時間を買う作業だ」


《オーバーサイト》の全員が、黙って頷いた。


エルフたちも、言葉を発さない。

ただ、零槍の射線を維持し、足を削り続ける。


岩龍は、その様子を見ている。


“いつもの戦いだ”と判断する。


それでいい。


騙すのは相手じゃない。

相手の“学習”を遅らせる。


十五分の間だけ、岩龍に「読めた」と思わせる。


――そのための縛りだ。


時計が進む。


一分。

二分。

三分。


岩龍の突撃は止まらない。

だが、足を削られているせいで、毎回少しずつ角度がずれる。


《オーバーサイト》が、死ぬほど上手く誘導している。


撃たない。

削りすぎない。

ただ、当てない。


当たらなければ、死なない。


「……七分」


誰かが呟いた。


その時、岩龍が一瞬だけ動きを止めた。


違和感。

こちらの損耗を見て、判断を変えた。


突撃の角度が変わる。


守りを厚くしていた頭部の岩が、さらに盛り上がる。


「……来る」


代表の声が硬い。


「次、直撃したら」


言わなくても分かる。

エルフが持たない。


「――耐えろ」


俺は言った。


「あと八分だ」


言った瞬間、自分でも笑いそうになった。


八分。


普段なら短い。

戦闘なら地獄だ。


岩龍が突っ込む。


衝撃が来る。


だが今回は、零槍が足の角度をわずかに狂わせた。

突撃が壁の端を削るだけで終わる。


危ない。

ギリギリだ。


「……十一分」


誰かが言う。


アリシアは、まだ動かない。

剣を抜かない。

溜める。


固有能力の“溜め”は、目に見えない。

だが、空気が薄くなっていく感じがした。


魔力が集まっている。

一点に。


十五分。


そして――


岩龍が、再び助走を始める。


今度は、迷いがない。

一直線だ。


「……読んだな」


俺は歯を食いしばる。


読まれた。

“このまま押し切れば勝てる”と判断された。


だから全力で来る。


「――十五分だ」


アリシアの声が、戦場に落ちた。


淡々としている。

感情がない。


だがそれが、怖いほど頼もしい。


「地下マスター」


「落として」


「――落とす」


俺は端末に指を置く。


岩龍が踏み込む。


その瞬間。


床が、消えた。


正確には、床が“沈んだ”。


地面が崩れたわけじゃない。

拠点床に置換された地面が、区画ごと落下した。


岩龍の巨体が、空中に浮く。


次の瞬間、落ちる。


落とし穴の底。

即時構築した地下拠点区画。


岩龍の脚が、空を蹴るが、もう遅い。


巨体が沈み、首が――上を向く。


「……通った」


俺が呟いたのと同時。


アリシアが剣を抜いた。


遅い動きだった。

ゆっくりすぎるほど。


だが、その一振りに集まっているものが、違う。


空間が、裂ける気配。


「――」


彼女は声を出さない。


ただ、落とし穴の真上から。


首を狙って。


一撃。


刃が落ちる瞬間、魔力が閃光になる。

白い線が、世界を切った。


岩の鎧が割れた。

首の岩が砕けた。

そして――


首が、落ちた。


音が遅れて来る。


重いものが、底に転がる音。


岩龍の反応が、途切れる。


魔力が、沈む。


沈黙。


誰も、声を出せなかった。


勝った。

倒した。


“倒せるはずがない”と思っていた岩龍を。


落とし穴の真ん中で。


アリシアは剣を収め、淡々と言った。


「終わりました」


俺は、仮面の奥で息を吐く。


「……ああ」


その返事だけで、精一杯だった。


そして次の瞬間。


端末に、見慣れない通知が灯った。


黒に近い反応。


遠く、さらに奥。

あの“観測”が、また更新される。


――不滅王が見ている。


いや。


不滅王だけじゃない。


龍王の“評価”が、こちらに向いた。


俺は地図を閉じ、呟く。


「……斬ったのは、首だけでいい」


だが、今の一撃は。


龍に対して――


「人類は、殺せる」


そう宣言したのと同じだった。


(第53話・了)

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