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第52話 岩龍は、盾を捨てて突っ込んできた

岩龍の居場所は、地図の上ではただの点だった。

赤くもない。黒でもない。

ただ、重い。


「……近いな」


俺の呟きに、エルフは頷かない。

代わりに、淡々と指を滑らせた。


「近いのではない。こちらが“近づけた”」


言い方が違うだけで、意味は同じだ。

拠点を繋ぎ、射程を繋ぎ、視界を繋いだ。

それで――逃げ場を削った。


岩龍は逃げなかった。

逃げる必要がないからだ。


防御力だけなら最強。

その一点で、あいつは前線の“概念”になっている。


「囲う」


俺は短く言った。


拠点A、B、C。

さらに裏に、予備のD。

線じゃない。面だ。

視界を重ねて、通路を絞って、誘導路を一つにする。


岩龍は、そこに“来る”。


「……来たな」


最初に見えたのは、岩だった。

壁が歩いているみたいな圧。

足音が遅い。なのに、地面が揺れる。


そして、出てきた。


巨体。

外殻。

岩の鎧が、全身を覆っている。


硬いというより、厚い。

破壊されることを前提に、もう一枚、もう一枚と重ねている。


「名前負けしてるな」


俺の皮肉に、エルフは反応しない。

視線は足。

ひたすら足。


「盾は足から始まる」


エルフが言った。


「動ける盾は、倒せない。止まった盾は、殺せる」


……つまり最初にやることは、倒すじゃない。


止める。


エルフは小さな箱を取り出した。

秘具。

契約してから、初めて“本気の道具”を見せる。


「魔弓の零槍まきゅうのれいそう


名前のわりに、形は弓じゃない。

弓の“概念”だけを、圧縮したみたいな細長い器具。

握るというより、持ち替える。

矢もない。弦もない。


なのに、空間の一点が張りつめる。


エルフは言った。


「コスト配分は二割。威力四割。数四割。合理構成」


「……それ、戦争の予算みたいだな」


「戦争より合理的」


即答だった。

笑えない。


次の瞬間。


――音が消えた。


視界だけが、ズレる。

そして、岩龍の足元に“槍”が刺さった。


刺さった、というより。

そこだけ“定義された”。


零槍。

存在しないはずの槍が、存在したことにされる。


岩龍の足の岩鎧が、削れた。


一撃じゃない。

連射でもない。

“継続”だ。


槍が抜けない。

抜けないのに、刺さり続ける。


「……足を狙ってる」


《オーバーサイト》の代表が息を呑んだ。


エルフは答えない。

槍を増やす。

二本。三本。五本。


数が四割。

その意味が分かる。


一本一本の威力は、絶対破壊じゃない。

でも、逃げ道を削る。

踏み替えを潰す。

重心を奪う。


岩龍の動きが鈍る。

巨体が、ほんの少しだけ“遅れる”。


その瞬間に、俺が動かす。


「新作、起動」


拠点奥の格納区画。

そこから浮上するのは、今までの簡易ドローンじゃない。


大型。

運搬能力特化。

爆撃特化型。


龍対策のために、コストを割り振った新作。

運べる重さを増やしたせいで、機動は落ちる。

だが――この敵に速度はいらない。


必要なのは、確実に“上から落とせる”こと。


「……重いな」


プロペラ音が低い。

空気が押し潰されるように揺れる。


俺は端末で軌道を描く。

正面から行かない。

視界を重ねて、回り込ませる。

拠点の“安全ルート”を空中にも作る。


「爆撃開始」


一発目。


爆発は派手じゃない。

拠点思想は派手を嫌う。

必要最低限の破壊で、最大の結果を取る。


だから爆弾は、削りのための刃だ。


爆風で岩鎧が剥がれる。

剥がれた瞬間――零槍がそこを“刺し直す”。


削る。刺す。削る。刺す。

このコンボは、理屈の勝ち方だ。


「……通ってる」


誰かが呟いた。

俺も同じ感想だった。


通る。

あの岩鎧に、通る。


防御最強は、無敵じゃない。

最強は、最強の形をしてるだけだ。

形なら――崩せる。


爆撃、二波。

零槍、増加。

足が、さらに鈍る。


岩龍の膝が、わずかに沈む。


「大ダメージ、確認」


《オーバーサイト》の報告が、珍しく震えていた。


確かに。

今までの“龍戦”とは違う。

数字が、勝ちに寄っている。


――だが。


勝ちの数字は、時々、嘘をつく。


岩龍が、止まった。


いや、止まったように見えた。

次の瞬間、その巨体が“姿勢を変えた”。


足の岩が盛り上がる。

太く、太く、太く。

まるで柱だ。


「……足、強化してる?」


《オーバーサイト》が言った。


違う。

それは守りじゃない。


「……助走だ」


俺が言った瞬間、岩龍は動いた。


ずっし。

ずっし。

ずっし。


遅いのに、恐ろしい。

一歩が、地面を踏み砕く。


足を太く覆ったのは、衝撃を受け止めるため。

肉体への負担を無視して突っ込むため。


止めるための零槍が、足に刺さっている。

だから普通なら無理だ。


なのに、岩龍は“無理をする”。


「……来るぞ!」


俺が叫ぶ。


岩龍の前面――頭部から腹部にかけてだけ、岩鎧が異様に厚くなる。

全身じゃない。

前だけ。


つまり、守る場所を選んだ。

守りを捨てて、突撃に全振りした。


――やばい。


狙いは拠点じゃない。

拠点は地下にある。

体当たりしても、地表を削るだけだ。


じゃあ何を狙う?


「エルフ!」


答えはそれだった。


結界の外側。

射線の外側。

零槍の起点。


岩龍は理解している。

足が削られ、鎧が剥がれた理由を。


槍だ。

あの秘具だ。

あれを止めれば、コンボが崩れる。


「……っ」


エルフが初めて、声を漏らした。


零槍を維持したまま、位置を変える。

だが遅い。

岩龍の突撃は、速度じゃなく質量だ。


逃げられない。


俺は即座に指を走らせる。


「爆撃、前面集中! 止めろ!」


大型ドローンが旋回する。

爆弾を落とす。

落とす。落とす。


だが――前面強化が硬すぎる。

爆風が、滑る。

削れても、前に進む。


岩龍は、止まらない。


「……防御じゃない、これ」

「突撃の“槍”だ」


誰かが呟いた。


その通りだ。

岩龍は、盾を捨てて槍になった。


次の瞬間。


衝撃。

音じゃない。

圧だ。


エルフの結界が、一瞬だけ歪む。


俺の視界が白くなる。

端末の警告が、真っ赤に点滅する。


《秘具維持率低下》

《魔力結界に亀裂》

《契約リンク:負荷上昇》


エルフが、膝をついた。


血は見えない。

でも分かる。

ダメージだ。


初めて見た。


エルフが、“損傷”する場面。


「……やるな」


エルフが笑った。

嗤いじゃない。

ただ、純粋に評価している声。


「岩龍は賢い。盾をやめて、こちらの起点を狙った」


岩龍は、突撃の勢いのまま、少しだけ方向を変える。

次の突進の“ため”に。


まだ終わっていない。


俺は歯を食いしばる。


拠点は地下。

拠点自体は問題ない。


でも――このままじゃ、エルフが先に潰れる。

契約が切れれば、俺の計画は崩れる。

そして何より。


俺は、ここで初めて理解した。


エルフは道具じゃない。

強いけど、無限じゃない。

削れる。


だから龍王は、削りに来る。


「……撤退はしない」


俺は言った。

声が、自分でも低い。


「ここで逃げたら、岩龍は“正解”を覚える」


正解を覚えた岩龍は、次はもっと早く、もっと正確に起点を潰す。


「……次の手」


俺は端末を叩く。


爆撃じゃ止まらない。

零槍だけじゃ止まらない。


なら――


“突撃”そのものを、成立させない構造。


俺の拠点が、試されるのはここだ。


岩龍が、もう一度、助走を始める。

ずっし、ずっし、と地面が鳴る。


エルフは膝をついたまま、零槍を握り直した。

顔色は変わらない。

だが、魔力の線が細くなっている。


「地下マスター」


エルフが、静かに言う。


「ここから先は、君の“構造”の番だ」


俺は仮面を直した。


「……ああ」


岩龍が突っ込んでくる。


盾を捨てた最強の防御が、

最強の質量になって。


その瞬間、俺の頭の中で、拠点の図面がひっくり返る。


――止めるんじゃない。

――“成立させない”。


(第52話・了)

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