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第47話 不知火の家が守ってきたもの

不知火家の屋敷は、

豪奢でも威圧的でもなかった。


むしろ、拍子抜けするほど簡素だ。

装飾は最小限。

通路は無駄なく、

「人が長く考えるための場所」だけが、やけに広い。


――ここは、戦場じゃない。

決断の場だ。


「まず、誤解を解いておくわ」


向かいに座る不知火 桜が、静かに口を開いた。


「不知火家がやっているのは、

 好き勝手な世界改変じゃない」


「それは分かってる」


俺が頷くと、

彼女は一瞬だけ安堵したように目を伏せた。


「当主の固有魔法を、

 あなたはまだ知らないでしょう」


桜はそう言って、

一枚の資料を差し出す。


不知火家当主


固有魔法:公理〈アクシオム〉


一定範囲・一定条件下において

“世界が必ず従う前提条件(公理)”を定義する能力


「……ルールを決める、じゃないのか」


「違うわ」


桜は即座に否定する。


「“決める”んじゃない。

 “前提にする”の」


攻撃は通らない。

魔法は発動しない。

時間は逆行しない。


それらはすべて、

「そういう前提だから」という理由で成立する。


覆すには、

前提そのものを否定するしかない。


「当主は、

 世界を作り変えることを目的にしていない」


「再発しない形に、固定する」


桜の言葉は淡々としているが、

その重みは異常だった。


「不知火家は、

 一度起きた破滅を

 二度起こさないための家系」


「だから概念系を集める」


「だから、

 倫理より再現性を取る」


俺は、

資料から目を上げた。


「……それで、

 俺を婿に?」


桜は、

一切はぐらかさなかった。


「ええ」


「あなたの拠点構造は、

 ルールの外側に逃げ続ける」


「だから危険で、

 だから価値がある」


「でも」


桜は、

言葉を区切る。


「それは、

 属さない限り制御できない」


「アメリカは、

 もうどうにもならない」


この言葉を、

彼女は一切感情を込めずに言った。


「龍は、

 見せしめを必要としている」


「そこを覆すには、

 今から全世界を動かす必要がある」


「間に合わない、

 ってことか」


「ええ」


即答だった。


「だから、

 日本を盤石にする」


「三大固有魔法家庭を中核に」


「強い能力者を、

 血縁と契約で固定する」


「……結婚は、その一環か」


「最も確実な方法よ」


桜は、

視線を逸らさない。


「強い固有魔法者同士が結婚し、

 より強い固有魔法を持つ存在を世に出す」


「こんな状況で、

 倫理観を優先したら――」


少しだけ、

声が低くなる。


「みんな、殺される」


その言葉に、

反論は浮かばなかった。


理屈は、

通っている。


通りすぎるほどだ。


「私も、対象よ」


桜は、

さらりと言った。


「私の人生も、

 私の身体も」


「不知火家にとっては、

 資源でしかない」


「……そこまでして」


「そこまでしないと、

 守れないものがある」


沈黙が落ちる。


不知火家は、

逃げない。


理想も語らない。


最悪を前提に、

 それでも生き残る話しかしない。


「考えてほしい」


桜は、

最後にそう言った。


「これは、

 あなたを縛る話じゃない」


「日本を、

 まだ“切らなくていい場所”にする話」


屋敷を出たあと、

胸の奥に重たいものが残った。


桜の提案は、

優しい。


優しすぎる。


だからこそ、

危険だった。


俺は、

次に誰に会うべきかを

はっきり理解していた。


――天王寺加恋だ。


(第47話・了)

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