第45話 二つの勝ち筋と、選べない理由
龍からの連絡は、
丁寧すぎるほど丁寧だった。
条件提示。
期限付き。
感情の混じらない文面。
――アメリカ政府を完全に叩き潰す予定だ。
――もし協力する意思があるなら、
――貴様を“龍の一員”として扱ってやってもいい。
読み終えた瞬間、
頭の奥が一瞬で熱くなった。
ふざけるな。
喉元まで、その言葉がせり上がる。
アメリカがどうとかじゃない。
国家がどうとかでもない。
人類を、交渉材料にするな。
拳を握りしめる。
机に叩きつけたい衝動を、
必死で抑え込む。
ここで感情をぶつけたら、
龍の思う壺だ。
龍は、一貫している。
誰かと組む気はない。
文明と話す気もない。
完成した“個”だけを、仲間と認める。
だから、
俺個人を評価し、
国家を切り捨てる。
理解はできる。
納得は、できない。
「……落ち着け」
誰に向けた言葉でもない。
自分に言い聞かせる。
怒りを飲み込み、
思考に切り替える。
勝ち筋を考えろ。
パターン①
アメリカ危機を“餌”にする
まず浮かんだのは、
最も人類らしい手だ。
龍がアメリカを叩く。
それは、もはや予告に近い。
ならば――
それを公にする。
アメリカの危機。
人類共通の危機。
これ以上分かりやすい“外敵”はない。
三大固有魔法家庭。
天王寺家。
現場主義。
今を守る。
不知火家。
概念を縛る。
再発を防ぐ。
法霊崎家。
時間を止め、
犠牲を最小化する。
思想は違う。
優先順位も違う。
だが――
外から殴られれば、話は別だ。
「日米対龍」
頭の中で、その言葉が浮かぶ。
政治家が夢見た、
“三家が揃ったら敵なし”という幻想。
幻想だと分かっている。
それでも――
現実に近づく唯一の瞬間でもある。
だが、問題は山ほどある。
時間が足りない。
調整が地獄。
三家が完全に足並みを揃える保証はない。
そして何より。
このルートを選んだ瞬間、
俺は――
「人類側の象徴」になる。
逃げられない。
引き返せない。
勝てば英雄。
負ければ戦犯。
自由は、完全に消える。
パターン②
エルフの契約を即断する
次に浮かんだのは、
もっと速く、
もっと冷たい手だ。
エルフの契約を、今すぐ呑む。
未完成であり続ける文明。
個に完成を求めない思想。
彼らの支援を受け、
俺+エルフで龍に挑む。
合理的だ。
エルフは分析が早い。
魔法体系が整っている。
龍の“完成”を、思想レベルで否定できる。
拠点構造とも、相性がいい。
即応性。
柔軟性。
速さ。
龍が嫌う要素を、
全部持っている。
だが――
代償は明確だ。
日本国家との断絶。
三大固有魔法家庭からの不信。
「人類を捨てた」という評価。
勝っても、
戻る場所はない。
それどころか。
人類の未来を、
自分の判断で切り捨てた
と言われても、反論できない。
机に肘をつき、
顔を覆う。
どちらも、
勝ち筋だ。
どちらも、
地獄だ。
龍の条件だけは、
ありえない。
それだけは、
はっきりしている。
だが、
拒否した以上――
選ばなければならない。
ふと、
合同会議の光景が脳裏をよぎる。
誰も間違っていなかった。
誰も譲れなかった。
エルフの静かな視線。
天王寺加恋の現実的な言葉。
政治家の、悲しい願い。
「……どっちも、
俺一人で背負うには、重すぎる」
小さく呟く。
龍は、
個として完成することを求める。
だが俺は、
一人で完成する気がない。
なら。
どちらかを選ぶ前に、
もう一手、考える必要がある。
二つの勝ち筋。
どちらも正しい。
だからこそ――
そのまま選ぶのは、龍の思う通りだ。
俺は、
通信端末を手に取る。
まだ、
送る相手は決めていない。
だが、
一つだけ確信している。
このままじゃ、
誰かの土俵で戦うだけだ。
第45話は、
選択の話じゃない。
選べない理由を、
初めて言語化した夜だ。
(第45話・了)




