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第41話 天王寺加恋、視界に立つ

最初に感じたのは、殺気ではなかった。

圧力でも、威圧でもない。


――視界が、固定された。


それだけで、背中に冷たい汗が浮かぶ。

視線を向ける必要すらない。

「見られている」と理解した瞬間、身体が先に反応した。


「……逃げないのね」


声は近い。

振り向くと、そこにいた。


天王寺加恋。

黒髪を後ろで束ね、装飾のない服装。

武器らしい武器は見えない。

だが――それが一番、異常だった。


「天王寺家の交渉役、ってところか?」


俺がそう言うと、彼女は軽く肩をすくめる。


「交渉役って言い方、嫌い。

 選別役の方が正確よ」


否定はしない。

言い換えただけだ。


「今、あんたは立場が不安定すぎる」


加恋は一歩も近づかない。

だが、距離が意味を持たないことは、

能力の情報だけで十分に分かる。


「エルフに誘われて、天使国家とも繋がって、

 龍には評価されてる」


「……全部、知ってるのか」


「そりゃそうでしょ」


視線が、逸れない。


「視界に入った情報は、全部切り分けるのが

 天王寺のやり方だから」


なるほど。

能力だけじゃない。

生き方そのものが、同じ構造をしている。


「で?」


俺は、あえて軽く言った。


「俺を斬りに来たわけじゃないんだろ」


「ええ」


即答だった。


「斬れるなら、もう斬ってる」


その言葉が、妙に重い。

冗談ではない。

事実確認だ。


「でも、斬れない」


「……理由は?」


加恋は、少しだけ首を傾けた。


「あんた、視界に入ってるのに

 本体じゃないものばっかりで生きてる」


拠点。

構造。

ネットワーク。


「切っても、意味がない」


「だから――」


一拍。


「味方にするしかない」


あまりにも率直で、逆に嘘が入り込む余地がなかった。


「天王寺家に来なさい」


条件提示は、簡潔だった。


「家に入る。

 人類側に立つ。

 龍とも、エルフとも、距離を取る」


「その代わり」


視線が、少しだけ鋭くなる。


「政治家連中には、全部、私が話を通す」


「失敗した場合も想定してる」


失敗。

つまり――俺が、エルフを選ぶ未来。


「その時は、

 あんたが日本の敵にならないように

 金で縛る」


一切、飾らない言い方だった。


「……随分、率直だな」


「綺麗事で守れる段階は、もう終わってる」


それも、事実だった。


「エルフは未来をくれる。

 天使は国家をくれる。

 龍は力を測ってくる」


加恋は、一歩だけ前に出る。

それだけで、空気が変わった。


「天王寺はね、

 今日を守る」


「外にモンスターを出さない」


「崩れかけた均衡を、

 限られた人数で食い止める」


「地味で、評価されなくて、

 誰にも感謝されない役目」


そこで、初めて彼女の声に感情が滲んだ。


「でも、

 それが無くなったら、

 全部、終わる」


俺は、何も言えなかった。


エルフの提示は、理論的だった。

未来に対して、正しかった。


でも、加恋の言葉は――

今、足元にある現実だった。


「選びなさい、地下マスター」


視線が、逃げ場を塞ぐ。


「完成するか。

 群れに残るか」


「中途半端なまま立ってたら、

 そのうち――」


少しだけ、目を細める。


「私が斬る理由ができる」


脅しじゃない。

宣告でもない。


条件提示だ。


俺は、深く息を吐いた。


そして、答えは出さなかった。


加恋は、それを見て、僅かに笑った。


「……いい顔してる」


「悩めるうちは、

 まだ人間側だ」


そう言って、踵を返す。


「返事は急がなくていい」


「でも――」


最後に、振り返らずに言った。


「視界から消えるな」


彼女が去ったあとも、

しばらく俺は動けなかった。


視界は、もう自由だ。

だが――

立ち位置だけは、はっきり見えてしまった。


(第41話・了)

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