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第39話 それでも、人間でいる理由

エルフ代表は、しばらく何も言わなかった。

沈黙は、思考のためではない。

こちらに考える時間を与えているだけだ。


「ここまで見せた理由は、もう分かっているはずです」


静かな声だった。

説得するつもりはない。

事実を並べるだけだ。


「あなたは、この世界で最も危険な位置に立っています」


「龍に評価され、人類に依存され、天使国家に不可欠とされている」


「その状態で、人間のまま生き続けるのは――」


一拍。


「確率論的に、最悪です」


反論しようとして、言葉が出なかった。

否定できない。

ここまでの戦いで、それは嫌というほど理解している。


「だから、条件を提示します」


エルフ代表は、ようやく本題に入った。


「あなたを、エルフに迎え入れます」


言葉自体は、あまりに簡単だった。

だが、その意味は重い。


「種族転換魔法は、現在は完成していません」


「ですが、理論は存在します」


「優先度を、あなたに振り切ることは可能です」


つまり――

俺だけは、確実に死なない未来に行ける。


「寿命は、事実上無限に近くなる」


「肉体は強化され、魔力効率は飛躍的に上がる」


「龍との戦いにおいて、あなたは“消耗品”ではなくなる」


その言葉が、胸に突き刺さる。

これまで俺は、常に消耗前提だった。

撤退判断を誤れば終わり。

一発勝負の構造ばかりを積み上げてきた。


「さらに」


代表は、淡々と続ける。


「あなたが味方になるなら、我々は龍との戦いを全面的に支援します」


「地形解析、魔法理論、行動予測、拠点配置」


「あなたが戦う前に、勝率を最大化する」


ここで初めて、胸の奥が揺れた。

それは誘惑ではない。

救済だ。


「……人類は?」


ようやく、それだけを口にする。


エルフ代表は、即答しなかった。

わずかに間を置き、正確な言葉を選ぶ。


「あなたが我々に来たからといって、人類を敵に回すことはありません」


「そして――」


「今は不可能ですが、将来的に人類をエルフに近づける魔法の研究も、優先度を上げます」


曖昧な約束。

だが、嘘ではない。


「全員を救えるとは言いません」


「ですが、可能性は残せます」


それは、あまりにも現実的な希望だった。


俺は、深く息を吐く。


「……条件が良すぎるな」


「ええ」


代表は否定しない。


「あなたに拒否されるとは、我々も思っていません」


その言葉に、胸が重くなる。

ここまで理解されているのが、怖かった。


「一つだけ、聞かせてくれ」


俺は視線を逸らさずに言った。


「もし、いずれ人類がエルフを追い越せなくなったとしても」


「それでも、人類を対等な存在として扱うと、確約できるか?」


エルフ代表は、初めて考え込んだ。

長い沈黙。

そして、正直な声。


「……その問いに、確約はできません」


胸が、わずかに痛んだ。


「いきなり現れた存在に、長い歴史を持つ種族が追い越された」


「その状況で、なぜ人類が宣戦布告しないと、言い切れるのですか?」


それは、疑問だった。

脅しではない。

詭弁でもない。


心からの問いだった。


俺は、言い返せなかった。


人類の歴史を思い返す。

力関係が変わった瞬間。

恐怖が、正義にすり替わった瞬間。


「……分からない」


そう答えるしかなかった。


エルフ代表は、ゆっくりと頷く。


「だからこそ、我々はあなたを欲しています」


「あなたは、その問いに悩む」


「悩み続ける者だけが、

力を持ったまま、破壊しない」


胸の奥で、何かが軋んだ。

理解できる。

理解できてしまう。


だが――

だからこそ、即答できない。


俺は、その場で答えを出さなかった。

エルフも、急かさなかった。


ただ一つだけ、はっきりしていた。


この選択は、

勝ち負けではなく、

“何者であるか”を決めるものだ。


(第39話・了)

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