第37話 評価されない場所への招待
その連絡は、外交ルートでも探索者ネットワークでもなかった。
既存のどの回線を使った形跡もなく、ただ「直接」俺の端末に届いた。
遅延はなく、ノイズもなく、感情の起伏すら感じさせない、あまりに整いすぎた音声だった。
「地下マスター」
名前を呼ばれた瞬間、直感で理解した。
これは偶然ではない。
監視でもない。
選別だ。
「ヨーロッパ・ダンジョン連合評議会を代表し、あなたを正式に招待します」
映像は出ない。
声だけ。
それだけで十分だと、向こうは分かっている。
「目的は?」
俺は即座に返す。
探りを入れる余地はない。
ここで遠回しな言葉を使う意味はない。
「対話です。戦闘は想定していません。拘束も行いません」
あまりに素直な回答だった。
だからこそ、信用できない。
「信用しろと?」
短くそう返すと、わずかな間が空いた。
ためらいではない。
言葉を選んでいる間だ。
「信用される前提で話すつもりはありません」
その返答で、相手が“人間慣れ”していることが分かる。
下手に安心させようとしない。
期待も持たせない。
「あなたは、すでに龍の評価対象です」
その一言で、背中を冷たいものが走った。
天使国家。
不滅王。
ゾンビダンジョン。
そして俺自身。
すべてが一本の線で繋がった感覚があった。
「天使国家も、あなたも、そして人類圏の一部も、すでに同じ盤上にあります」
「ですが――我々は違う」
「違う、とは?」
「評価されていません。されない構造を、我々は選び続けてきました」
ここでようやく、胸の奥に引っかかっていた違和感が形になる。
ヨーロッパのダンジョンだけが、あまりにも“静か”だった理由。
龍が動かない理由。
「それを俺に見せたいと?」
「はい。あなたは、評価されてしまった側の人間だからです」
理由としては、あまりに明確だった。
逃げ道はない。
断る理由も、行かない理由も、見当たらない。
条件が提示される。
単独来訪。
武装制限なし。
拠点展開不可。
記録・配信禁止。
「……拠点なしで来い、と」
「ええ。あなた自身を見たいのです」
通信は、それだけで切れた。
余韻も、補足もない。
判断は、こちらに丸投げされた。
部屋に戻ると、天使少女が俺を見ていた。
言葉を選んでいるのが分かる。
彼女も、これは軽い話ではないと理解している。
「……行くのですか」
「行く」
即答だった。
迷いは、もうその前に終わっている。
「理由は?」
「龍が嫌う構造を、エルフは知っている。それを知らずに動くのは、ただの自殺だ」
天使少女は視線を落とす。
自分たちが、すでに“見られてしまった側”だという自覚があるからだ。
「だからこそ行く。評価されない方法があるなら、知る価値がある」
出発準備は、拍子抜けするほど簡単だった。
銃もない。
ドローンもない。
拠点展開のための触媒すら持たない。
人間一人。
ヨーロッパのダンジョン入口は、静かだった。
警備も威圧もない。
だが、雑さが一切ない。
通路は無駄がなく、罠は“隠すため”ではなく“理解させるため”に配置されている。
中央広間に辿り着くと、エルフたちはすでに待っていた。
王でも長老でもない。
だが、代表者だと一目で分かる存在。
「ようこそ、地下マスター」
俺は一歩前に出て、単刀直入に言う。
「で?」
エルフ代表は、表情を変えずに答えた。
「あなたは、この世界にとって危険すぎる。龍にとって、です」
「そして同時に、価値がありすぎる」
その言葉に、反論は浮かばなかった。
これは脅しではない。
事実確認だ。
「だから我々は、あなたを敵にしない。だが――人類のままでも放置できない」
その瞬間、理解した。
これは交渉ではない。
勧誘の前段階だ。
「選択肢は提示します。拒否も可能です」
一拍。
「ですが、選ばなかった未来がどうなるかを、我々は知っています」
なぜなら彼らは、
それを何度も見てきた目をしていたからだ。
(第37話・了)




