第34話 国を見せるという戦い
講和が発表された瞬間、
世界は割れた。
「危険すぎる」
「実質的な敗北だろ」
「敵に国家を与えるなんて前代未聞だ」
「次は何を要求される?」
ネットは、荒れた。
専門家も、荒れた。
政治家は、
声の大きい側に寄った。
「天使国家の承認は、
人類史に残る失策になる可能性がある」
「武力制圧すべきだった」
「抑え込めたのに、
妥協したのではないか」
その空気を、
俺は最初から予想していた。
だから――
準備していた。
「日本代表として、
天使国家に行く」
《オーバーサイト》の会議室が、
一瞬で静まり返る。
「……視察?」
「違う」
俺は、
首を振る。
「旅行だ」
誰かが、
言葉を失う。
「宣伝目的」
「観光」
「配信もする」
「……正気か?」
「正気だ」
俺は、
淡々と答える。
「不気味なままにしておくから、
“敵”に見える」
「正体不明だから、
恐怖になる」
「だったら」
一拍。
「見せればいい」
アルテミス天導国。
そう名付けられた
天使たちの国。
場所は、
ロシア旧ダンジョン領域。
だが――
国境は明確。
入国管理も、
存在する。
空港は、
小さい。
だが、
整っていた。
俺は、
仮面をつけない。
地下マスターとしてではなく、
一人の探索者として立つ。
配信を、
開始する。
「どうも」
「今日は、
アルテミス天導国に来てます」
コメントが、
一気に流れる。
《マジか》
《怖くない?》
《消されるぞ》
《裏切られない?》
「今のところ、
何もされてない」
俺は、
カメラを回す。
街並み。
白い建築。
人型の天使たち。
武装は、
していない。
「思ってたより、
普通だな……」
そんなコメントが、
混じり始める。
市場。
通貨は、
人類側と連動。
交易。
食文化は、
簡素だが存在する。
「天使って、
食うんだ」
《草》
《知らなかった》
《聖餐じゃないんだ》
そして。
天使の少女――
国家代表が現れる。
「ようこそ」
「観光は、
初めてですか?」
声は、
柔らかい。
俺は、
カメラを向けたまま言う。
「ここ、
侵略の準備してる国に見えるか?」
少女は、
一瞬考えてから答える。
「……見えませんね」
コメント欄が、
止まる。
「私たちは」
少女は、
はっきり言った。
「この国を、
戦場にするつもりはありません」
「戦うなら、
外でやります」
その言葉は、
計算されたものじゃない。
国家としての宣言だった。
配信を、
切る。
その夜。
世論は、
一段階変わった。
「危険なのは変わらないが、
即時殲滅すべき対象ではない」
「少なくとも、
話は通じる」
「敵というより、
厄介な隣国だな」
完全な支持は、
得られない。
だが――
全面否定も消えた。
《オーバーサイト》代表が、
小さく笑う。
「……上手いことやったな」
「想定内だ」
俺は、
答える。
「国を作るってのは、
強さを見せることじゃない」
「日常を見せることだ」
アルテミス天導国は、
その日から。
敵でも
味方でもない
“厄介だが無視できない国”
として、
世界に認識された。
そして。
龍は、
この配信を見ている。
それを、
俺は知っていた。
(第34話・了)




