第33話 国として生きるという選択
天使の少女は、
長い沈黙のあとで口を開いた。
それは、
宣言でも、命令でもなかった。
条件提示だった。
「私たちは……
人類の敵として
生きたいわけではありません」
声は、
驚くほど静かだった。
「ですが、
あなたたちの“側”に
吸収されることもできない」
「私たちは、
人類とは違う種です」
「文化も、
価値観も、
寿命も違う」
少女は、
翼をたたむ。
それは、
初めて見せる
“弱い姿勢”だった。
「だから」
一拍。
「国をください」
誰も、
すぐには理解できなかった。
「……国?」
誰かが、
ようやく言葉にする。
「はい」
少女は、
頷いた。
「天使が住む領域を、
正式に設定してください」
「ダンジョン由来であっても構いません」
「閉鎖的であっても構いません」
「ただし――」
声が、
少しだけ強くなる。
「それを
人類の新たな国家として
扱ってほしい」
空気が、
凍りつく。
それは、
支配の要求ではない。
従属でもない。
対等な存在としての承認。
俺は、
静かに言った。
「……味方になる条件が、
それか」
「はい」
少女は、
真っ直ぐこちらを見る。
「私たちは、
龍と戦う意思があります」
「人類を守るためではありません」
「自分たちが生き残るためです」
正直すぎる言葉。
だが――
それこそが信用に値した。
「国を持つということは」
俺は、
確認する。
「責任を持つということだ」
「理解しています」
「侵略しない」
「拡張しない」
「人類の内政に干渉しない」
「代わりに」
一拍。
「天使という種が
人類史の中で
“居場所を持つ”ことを
保証してください」
それは、
人類にとっても
簡単な要求じゃない。
だが――
理解はできた。
停戦は、
裏切れる。
同盟も、
崩れる。
だが。
国家承認は、
簡単には裏切れない。
《オーバーサイト》代表が、
低く言った。
「……国家として扱うなら、
こちらも撃てない」
「はい」
少女は、
頷く。
「それが、
私たちの狙いです」
正面からの、
生存戦略。
俺は、
ゆっくり息を吐いた。
「……分かった」
「条件付きで、
受け入れる」
少女の目が、
わずかに見開かれる。
「条件は三つだ」
「一つ」
「龍に関する情報を、
全面開示すること」
「二つ」
「天使の軍事行動は、
事前に共有する」
「独断で動かない」
「三つ」
一拍。
「俺を殺さないこと」
一瞬、
間が空く。
少女は、
苦笑した。
「……その条件、
おかしくありませんか?」
「おかしい」
俺は、
即答する。
「だが――
俺が生きている限り」
「人類と天使の
“境界構造”を
作り続けられる」
沈黙。
そして――
天使の少女は、
初めて深く頭を下げた。
「……了解しました」
その瞬間。
世界は、
静かに一線を越えた。
天使は、
敵でも、神でもなくなった。
一つの国家になった。
ロシア天使ダンジョン編は、
ここで終わる。
だが、
世界はもう
元には戻らない。
龍。
天使。
人類。
三つ巴の時代が、
静かに始まった。
(第33話・了)




