第31話 外の世界
異変は、
予兆なく始まった。
ダンジョン外周――
魔力観測値の急上昇。
「……?」
天使の少女は、
初めて表情を変えた。
「この数値は……
軍事転用規模?」
補佐役の天使が、
即座に解析を走らせる。
「人類側、
多数の探索者反応を確認」
「編成……
統一されすぎています」
少女は、
静かに眉をひそめた。
「脅しですか?」
「示威行動でしょう」
「彼らは、
私たちと戦う気はありません」
それが、
これまでの認識だった。
だが――
次の報告が、
それを壊す。
「……核兵器反応の
使用可能性を示唆する
電波を傍受」
一瞬、
空気が凍る。
「……核兵器?」
少女は、
ゆっくりと繰り返した。
「人類が?」
「はい」
補佐の声が、
硬い。
「躊躇していません」
信じられなかった。
彼女の中の人類像は、
こうだ。
命を重んじる
犠牲を嫌う
感情で判断を誤る
だから、
管理する必要がある。
――はずだった。
だが、
外で起きていることは違う。
日本。
緊急会合。
目的は一つ。
地下マスター奪還
精鋭探索者。
遠距離特化。
近接突破型。
能力干渉型。
国籍も、
思想も問わない。
ただ一つの条件。
「命を捨てる覚悟があること」
計画書は、
短い。
天使ダンジョン突入
拠点破壊は考慮しない
交渉は行わない
拘束されている対象を回収
不可能なら、
ダンジョンそのものを破壊
最後の一文。
必要とあらば、
核の使用も排除しない
天使少女は、
映像を見つめていた。
人類の会議。
顔色は悪い。
声は荒れている。
だが――
迷っていない。
「……なぜ」
少女は、
小さく呟いた。
「なぜ、
そこまでして……」
その時、
理解した。
彼女たちは、
焦っている。
だが――
人類は、
それ以上に焦っている。
中国。
ゾンビダンジョン。
まだ終わっていない。
アメリカ。
龍。
不滅王。
世界は、
同時多発的に崩れかけている。
そして。
その全てに関わっている
一人の人間が、
今、捕まっている。
「……彼は」
少女は、
言葉を探す。
「彼は、
人類の象徴ではない」
「王でも、
指導者でもない」
だが――
要石だ。
「彼を失えば、
人類は詰む」
その結論に、
辿り着いた瞬間。
少女の背中を、
冷たいものが走った。
「……これが、
外の世界……」
管理されることを、
前提にしない。
負ける可能性を、
織り込んだ上で動く。
そして。
勝てなくても、
相手を道連れにする覚悟。
龍が恐れるのも、
理解できた。
この種族は、
理不尽だ。
「……教育が、
必要だったのは……」
少女は、
唇を噛む。
「私たちの方だったのかもしれない」
警報。
侵入警戒。
天使ダンジョンに、
人類が向かってきている。
止まらない。
止める気がない。
少女は、
檻の方向を見た。
そこにいる男。
拠点を作るだけの人間。
だが、
世界を繋いでいる存在。
「……彼を、
返すべきか」
それは、
彼女にとって初めての問いだった。
支配か。
共存か。
あるいは――
交渉か。
外の世界は、
優しくなかった。
だが――
甘くもなかった。
(第31話・了)




