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第30話 教育という名の檻

目を覚ますと、

光はいつも同じ角度から差していた。


朝も夜もない。


時間の感覚は、

意図的に曖昧にされている。


「……教育、か」


俺は、

透明な檻の中で呟いた。


最初は、

質問だけだった。


「あなたの拠点は、

 どのような思想で設計されているのですか」


「人類は、

 なぜ統治構造を自ら崩すのですか」


「なぜ、

 最適解を選ばないのですか」


声は穏やか。


責める口調じゃない。


だが――

逃げ道がない。


答えなければ、

次に進まない。


次は、

「訂正」だった。


「その考えは、

 非合理的です」


「感情を排除すれば、

 もっと効率化できます」


「あなたは、

 優しすぎます」


そのたびに、

檻の中の空気が

わずかに変わる。


圧迫感。

息苦しさ。


苦痛は、

目的じゃない。


誘導だ。


三日目か、

四日目か。


もう、

分からない。


俺は、

一つだけ確信していた。


これは拷問じゃない。

洗脳ですらない。


矯正だ。


天使の少女は、

毎回必ず現れた。


同じ位置。

同じ距離。


同じ微笑み。


「順調ですね」


そう言って、

ログを確認する。


だが――

俺は気づき始めていた。


質問が、

多すぎる。


細かすぎる。


同じ内容を、

角度を変えて何度も聞く。


「あなたは、

 人類が龍に勝てると

 本気で思っていますか?」


「人類が、

 あなたのいない未来でも

 生き残れると?」


その目は、

冷静な観察者のものじゃない。


ある時、

俺はわざと黙った。


答えない。


反抗でも、

挑発でもない。


様子見だ。


沈黙が、

続く。


数秒。


数十秒。


そして――

少女が、

一歩だけ前に出た。


それは、

初めてのことだった。


「……なぜ、

 答えないのですか」


声が、

わずかに揺れている。


そこで、

確信した。


「……焦ってるな」


俺の独り言。


だが、

少女の眉が

一瞬だけ動いた。


「あなたは、

 余裕があるように見せてる」


俺は、

続ける。


「でも――

 必死だ」


空気が、

張り詰める。


「質問の量が、

 支配者のそれじゃない」


「“理解したい側”の質問だ」


「……違うか?」


少女は、

否定しなかった。


俺は、

静かに言う。


「ダンジョンの外を、

 知らないんだな」


その瞬間。


微かな、

 怒りと恐怖が混じった反応が

少女の中で弾けた。


「……知っています」


言葉は、

即答だった。


だが、

早すぎる。


「いや」


俺は、

首を振る。


「知識として、だろ」


「だが――

 生きた世界を知らない」


天使の少女は、

しばらく黙っていた。


そして、

初めて。


微笑みを消した。


「……私たちは」


声が、

少し低くなる。


「ダンジョンで生まれ」


「ダンジョンで育ち」


「そこで、

 頂点に立ちました」


それは、

誇りの告白だった。


「外に出たら」


一拍。


「人間が、

 世界を管理していた」


「私たちより、

 弱い存在が」


「そして」


声が、

硬くなる。


「龍がいた」


そこで、

全てが繋がった。


龍。


アメリカ。


不滅王。


ゾンビ。


「……怖いんだな」


俺は、

はっきり言った。


「人類を支配したところで、

 終わらない」


「その先に、

 龍がいる」


「だから――

 急いでる」


少女は、

歯を食いしばった。


ほんの一瞬。


だが、

見逃さなかった。


「新人類宣言は、

 余裕の証明じゃない」


「生存戦略だ」


言葉が、

重く落ちる。


「……あなたは、

 賢い」


少女は、

そう言った。


だがそれは、

褒め言葉じゃない。


警戒だ。


「だからこそ、

 教育が必要なのです」


「あなたの思想は、

 危険です」


「あなたは、

 “中心がいない構造”を

 作ろうとしている」


俺は、

小さく笑った。


「逆だ」


「中心がいないから、

 壊れない」


沈黙。


少女は、

檻の外で立ち尽くす。


翼が、

わずかに震えている。


「……今日は、

 ここまでにしましょう」


そう言って、

背を向ける。


だが、

歩き出す前に

一言だけ残した。


「あなたは、

 私たちに似すぎています」


檻が、

閉じる。


光が、

元に戻る。


一人になって、

俺は息を吐いた。


「……やっぱりな」


天使は、

神じゃない。


管理者でも、

完成形でもない。


世界を知らないまま、

 世界の頂点に立った存在。


だから、

必死になる。


だから、

支配したがる。


檻の中で、

俺は考え始める。


どうやって、

この必死さを

構造に変えるか。


どうやって、

彼女自身に

“外の世界”を

突きつけるか。


ここからが、

本当の勝負だ。


(第30話・了)

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