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第3話 証言という名の波紋

最初は、掲示板だった。


《五十階層、生還者あり》


誰かの悪ふざけだと、ほとんどの人は思った。

ダンジョンが出現して十年。

人類の到達点は、公式には四十五階層で止まっている。


五十階層など、死亡報告と同義だ。


だから――

動画が上がるまでは。


画面の中で、三人の探索者が並んでいる。


背景は、見慣れた地上の帰還ポイント。

装備は使い込まれているが、致命的な損傷はない。


中央に立つ金髪の男が、カメラを見た。


「俺たちは、五十階層まで到達した」


一瞬の沈黙。


次の瞬間、

コメントが爆発した。


《釣り?》

《合成だろ》

《証拠出せ》


金髪の男は、慣れた手つきで端末を操作する。


映し出されたのは、

五十階層の地形データ。

魔力反応ログ。

探索者ギルドの計測値。


そして――

地下構造の一部を示す、不自然な空白。


「ここだ」


彼は、そこを指した。


「俺たちは、偶然――

 安全地帯に出た」


その言葉で、

空気が変わった。


安全地帯。


五十階層に?


「魔物はいなかった。

 トラップも、なかった」


「照明があって、換気があって……

 正直、ダンジョンって感じじゃなかった」


後ろのメンバーが、補足する。


《人工物?》

《誰が作った》

《運営?》


質問が、画面を埋め尽くす。


金髪の男は、一拍置いてから答えた。


「分からない」


嘘ではない。


「俺たちは、

 管理されている場所を見ただけだ」


配信が終わる頃には、

ニュースが動き出していた。


「探索者三名が五十階層から生還」

「未確認の地下構造物」

「人類未到達階層にインフラ?」


専門家が呼ばれ、

コメンテーターが首を傾げ、

政府関係者が「調査中」と繰り返す。


だが、

一つだけ、確実な事実があった。


誰かが、五十階層に“居続けている”。


探索者ギルドは荒れた。


「そんな拠点があるなら共有すべきだ」

「いや、危険すぎる」

「管理者がいるなら接触を」


会議室で、意見がぶつかる。


「五十階層だぞ?」

「人類の到達点を超えてる」


「一人で?」


誰かが、そう呟いた。


その瞬間、

誰も否定できなかった。


一方、ネットはもっと正直だった。


《地下王》

《ダンジョン管理人》

《裏ボス》


呼び名が、勝手に増えていく。


《なんで今まで出てこなかった》

《人類見殺し?》

《英雄?それとも敵?》


期待と不信が、同時に膨らむ。


誰も知らない。

本人が、どんな顔をしているのか。


金髪の男は、

取材を一つだけ受けた。


「その人と、話したんですよね?」


記者の問いに、

彼は少しだけ、言葉を選んだ。


「……ああ」


「どんな人でした?」


少し、迷ってから。


「普通だった」


「英雄って感じじゃ?」


「全然」


彼は、苦笑した。


「むしろ、

 巻き込まれたくなさそうだった」


その一言が、

妙に拡散された。


その頃。


五十階層の地下で、

一人の大学生が、端末を見ていた。


ニュース。

掲示板。

憶測。

断定。


すべて、想定内で。

すべて、想定より早い。


「……最悪」


誰にも見せる予定じゃなかった。

こんな途中で。

こんな形で。


世界が、勝手に役割を決めていく。


管理者。

英雄。

責任者。


どれも、違う。


俺は――

秘密基地を完成させたかっただけだ。


「……」


端末を閉じる。


このまま黙っていれば、

誰かが代弁する。


歪んだ言葉で。

都合のいい解釈で。


それだけは、

我慢ならなかった。


「……仮面、か」


小さく呟いて、

俺は立ち上がる。


極限まで、かっこつけるしかない。


世界は、もう揺れている。


次は――

俺が、揺らす番だ。


(第3話・了)

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