第28話 新人類宣言
最初に流れたのは、
噂だった。
「ロシアのダンジョン、
様子がおかしいらしい」
そんな一言が、
各国の情報網を巡り始めた。
次に出てきたのは、
公式否定。
ロシア政府は声明を出した。
「現在、国内ダンジョンは管理下にあり、
市民生活への影響は限定的である」
いつもの文言。
いつもの隠蔽。
だが――
その声明が出た翌日。
衛星画像が、
更新された。
都市の一部が、
消えている。
破壊されたというより、
“空白”だ。
建物が倒壊した形跡がない。
爆撃痕もない。
ただ、
人の痕跡だけが消えている。
「……占領だな」
《オーバーサイト》の誰かが、
低く呟いた。
決定的だったのは、
映像だ。
ロシア国内向け放送。
だが、
途中から割り込んだ。
ノイズ。
光。
そして――
一人の少女。
金髪。
水色の、
透き通るような髪。
背中には、
白い翼。
年齢は、
十代半ばに見える。
表情は、
穏やかだった。
少女は、
カメラを見た。
そして、
ロシア語で話し始めた。
完璧な発音。
迷いのない声。
「私たちは、
天使です」
「あなたたち人類の言葉で、
そう呼ばれている存在」
ざわめきが、
世界中に広がる。
「恐れる必要はありません」
少女は、
微笑んだ。
「私たちは、
破壊者ではない」
「侵略者でもない」
一拍。
「私たちは、
あなたたちに代わる存在です」
その瞬間、
会議室が凍りついた。
《オーバーサイト》の空気が、
一気に重くなる。
「人類は、
長い間、世界を管理してきました」
「ですが――
失敗しました」
少女の声は、
責めるでもなく、
淡々としている。
「ダンジョン」
「龍」
「ゾンビ」
「あなたたちは、
対処するたびに、
世界を削っている」
少女は、
翼をわずかに広げた。
「だから」
「私たちが引き継ぎます」
「私たちは、
老いません」
「恐怖に支配されません」
「感情で判断を誤りません」
「そして――
あなたたちより、
合理的です」
ロシア政府のロゴが、
画面の端で点滅する。
緊急遮断。
だが――
遅かった。
その直後、
別の映像が流れる。
ロシア政府庁舎。
半壊。
兵士が、
武器を下ろしている。
抵抗していない。
撃っていない。
撃てなかったのだ。
「……話せる天使か」
誰かが、
かすれた声で言った。
「撃った瞬間、
世界が終わるタイプだな」
否定できない。
追加情報が、
次々と届く。
天使は複数存在
だが中心は“少女”
指揮権を持っている
命令系統が存在
ダンジョン内外で
行動原理が一致している
つまり――
文明だ。
「龍より、
やばくないか?」
誰かが、
冗談めかして言う。
笑う者は、
いなかった。
少女の最後の言葉が、
再生される。
「安心してください」
「あなたたち人類を、
殺しはしません」
「ただ――
主役を、交代するだけです」
その夜。
俺は、
一人で映像を見返していた。
何度も。
表情。
間。
言葉選び。
すべてが、
計算されている。
「……管理者だな」
龍でもない。
ゾンビでもない。
世界を運営するつもりの存在。
《オーバーサイト》代表が、
静かに言った。
「地下マスター」
「ロシアから、
正式な要請は――」
「来ない」
俺は、
即答した。
「もう、
政府じゃない」
完全占領。
時間の問題。
そして一度完成した支配構造は、
外から壊せない。
アメリカで学んだことだ。
俺は、
立ち上がった。
「……行く」
「ロシアに?」
「一人で?」
問いが、
重なる。
「完全に占領された後じゃ、
詰む」
「拠点だけでも、
先に作る」
「それが、
唯一の手だ」
誰も、
止めなかった。
止められなかった。
画面の中で、
天使の少女が微笑む。
まるで――
こちらを見ているように。
新人類宣言。
それは、
戦争の始まりではない。
時代交代の宣言だ。
そして――
その中心に、
俺は向かおうとしている。
(第28話・了)




