第22話 増えるという地獄
連絡は、静かだった。
祝賀も、賛辞もない。
ただ、
切迫した現実だけが送られてきた。
《中国政府・極秘要請》
現在、中国国内の一部ダンジョンにおいて
“ゾンビ化現象”を確認。
当該ダンジョンは、
通常の制圧・殲滅が不可能な状態にあります。
貴殿の
拠点構造および非殲滅型制圧思想について、
協力を正式に要請します。
「……ゾンビ、か」
端末を見た瞬間、
嫌な予感しかしなかった。
《オーバーサイト》代表も、
眉をひそめる。
「増えるタイプだな」
「ああ」
俺は、即答した。
「一番、
相性が悪い」
会議は、
オンラインで行われた。
画面に映る中国側の代表は、
疲れ切った顔をしている。
「率直に申し上げます」
通訳を挟まず、
日本語で話し始めた。
「我々は、
手を出せなくなっています」
映像が切り替わる。
ダンジョン内部。
人影。
いや――
元・人間。
「……噛まれたら?」
代表が、
淡々と続ける。
「ゾンビ化します」
「即座に」
「治療法は、ありません」
沈黙。
「……それだけなら」
《オーバーサイト》の一人が、
慎重に言う。
「まだ、対処は……」
「問題は、
その先です」
中国代表は、
はっきり言った。
次の映像。
ゾンビが、
手を振り上げる。
そして――
魔法が発動する。
炎。
氷。
空間歪曲。
「……固有魔法」
誰かが、
息を呑む。
「はい」
代表は、
頷いた。
「生前に固有魔法を持っていた者は、
ゾンビ化後も、それを使います」
「通常魔法も同様です」
つまり。
理性がない
判断がない
制御がない
その状態で、
能力だけが残る。
「……最悪だな」
誰かが、
正直に言った。
「はい」
中国代表は、
否定しない。
「下手に攻撃すれば、
感染者が増える」
「逃げ場を失った人間が、
次のゾンビになる」
「火力を使えば、
市街地への拡散リスクが跳ね上がる」
「だから――」
一拍。
「何もできません」
それが、
国家の結論だった。
俺は、
しばらく黙っていた。
不滅王とは、
真逆だ。
あちらは、
倒せない存在。
こちらは、
倒せない理由が増える存在。
「……聞きたい」
俺は、
静かに口を開いた。
「今、
何を一番恐れている?」
中国代表は、
即答した。
「増殖です」
「ゾンビが、
ゾンビを生む構造」
「一度、
臨界点を越えれば――」
言葉を、切る。
「取り返しがつきません」
俺は、
深く息を吐いた。
「……分かった」
全員が、
こちらを見る。
「これは、
殲滅戦じゃない」
「制圧でもない」
「増えないようにする作戦だ」
その言葉に、
中国代表の目がわずかに動く。
「条件がある」
俺は、
続けた。
「俺のやり方は、
遅い」
「派手じゃない」
「英雄も作らない」
「それでもいいなら――」
一拍。
「隔離と管理をやらせろ」
「撃たない」
「突っ込まない」
「無理に倒さない」
「まず――
拠点を作る」
ゾンビ相手に、
拠点。
だが、
この場にいる全員は理解した。
それしか、ない。
中国代表は、
深く頭を下げた。
「お願いします」
「我々は、
増やさない方法を
知りたい」
「……増やさないか」
俺は、
小さく呟く。
「龍より、
よっぽど厄介だな」
通信が切れる。
《オーバーサイト》代表が、
苦笑した。
「次の敵は、
神話じゃないな」
「……ああ」
俺は、
端末を閉じる。
「人間の後始末だ」
地下で、
新しい設計が始まる。
今度の敵は――
倒せば増える。
失敗すれば、
世界が終わる。
不滅王より、
ずっと現実的な地獄だ。
(第22話・了)




