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第2話 五十階層の、予想外

扉を開けた瞬間、

俺は「やらかした」と思った。


眩しい。


正確には、光量が明るいわけじゃない。

空気が――明るい。


「うわっ、出た! 扉出たぞ!」


「え、ちょ、待って、これ人工物じゃね!?」


「やば、マジでやばいって!」


五十階層の岩肌の前で、

三人組の探索者がはしゃいでいる。


全員、生きている。

しかも、致命傷なし。


……この時点で、相当おかしい。


普通、ここまで来る連中は、

もっと切羽詰まっている。


なのにこいつらは、

修学旅行のテンションだ。


「おーい! 中、誰かいる?」


金髪の男が、気軽に声をかけてきた。


年齢は俺より少し上。

装備は軽装だが、無駄がない。


――リーダーだな。


「……」


俺は一拍置いた。


出ない、という選択肢はもうない。


「……いる」


扉の影から出ると、

三人の視線が一斉に集まった。


「え」


「人?」


「え、管理人さん?」


最後のは、誰だ。


「……探索者だ」


嘘ではない。


「マジか! 助かったー!」


金髪の男が、満面の笑みで手を振る。


「いやー、四十五で詰んでるって聞いてたからさ。

 情報だけでも持って帰ろうと思って、

 半分覚悟決めて潜ったんだけど」


覚悟、ね。


その言葉と、

今のこの軽さが、噛み合わない。


「ここ……安全地帯?」


「そう見えるか?」


「見える! めっちゃ!」


即答だった。


床は平坦。

壁に亀裂はない。

照明は均一。


何より――

魔物の気配がしない。


「ここ、何?」


「……通過点だ」


俺は短く答えた。


「通過点!?

 五十階層の!?

 え、何それ!」


後ろの二人が、

一斉に俺を見る。


疑問、驚き、警戒。

でも――敵意はない。


陽キャだ。


間違いなく、いい奴らだ。


一番、厄介なタイプ。


「なあ、あんた」


金髪の男が、声を落とした。


「ここ、偶然じゃないよな」


ドクン、と心臓が鳴る。


「……何が言いたい」


「いやさ」


彼は肩をすくめた。


「俺ら、ここ来るまでに

 変なことが多すぎたんだよ」


変なこと。


たとえば――

魔力反応が安定しすぎていること。

トラップが、避けやすい配置だったこと。

補給が、妙に間に合っていること。


全部、俺の拠点が関与している。


でも、証拠はない。


彼も、

確信しているわけじゃない。


ただ――察している。


「別に詮索する気はない」


金髪の男は、そう言ってから笑った。


「俺らは、帰りたいだけだ」


「情報を?」


「そう。

 五十層の景色を、地上に持ち帰る」


それだけで、

英雄扱いされる世界だ。


「……分かった」


俺は、扉の横に身を寄せた。


「ルートは示す。

 指示には従え」


「了解!」


返事が、軽い。


だが動きは、素直だった。


この男、

察しているのに踏み込まない。


それが分かって、

胸の奥が少しだけ、痛んだ。


移動中、

誰も「ここを作ったのは誰だ」と聞かなかった。


聞かれないのが、

こんなに落ち着かないとは思わなかった。


「なあ」


途中で、金髪の男が俺の横に来た。


「名前、聞いていい?」


「……」


一瞬、迷ってから答える。


「……いらない」


「そっか」


それ以上、踏み込まなかった。


彼は前に戻り、

仲間に何か冗談を言って、笑わせる。


空気が、軽い。


――昔の俺なら、

こういう輪に入っていた。


自分を削ってでも。


「……」


今回は、違う。


俺はただ、

地下の通路を歩くだけだ。


地上に近づくにつれ、

魔力の密度が変わる。


帰還ポイントが見えた時、

三人は小さく息を吐いた。


「……助かった」


金髪の男が、真面目な声で言う。


「本当に」


「礼は、いらない」


「それでも言わせてくれ」


彼は、俺を真っ直ぐ見た。


「俺たち、

 見ちゃいけないものを

 見た気がする」


心臓が、また鳴る。


「だから」


彼は、わざと軽く笑った。


「言い方、考えるよ。

 できるだけ、

 公にならないようにな」


……ああ。


気づいている。


完全に。


それでも、

フォローを選んだ。


「……勝手にしろ」


精一杯の、かっこつけだった。


彼らが地上に消える。


俺は、

五十階層の静寂に戻った。


分かっている。


もう、遅い。


世界は動く。


この秘密基地は、

もう完全な秘密ではいられない。


それでも。


「……台無しだ」


小さく呟いて、

俺は拠点に戻った。


次に表に出る時は――

仮面が必要だ。


(第2話・了)

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