第18話 正しかった判断
数字は、残酷なほど分かりやすかった。
アメリカ政府の内部報告書。
被害欄は、ほぼ空白。
・死者:ゼロ
・重傷者:ゼロ
・拠点損失:軽微
対して、戦果。
・レッサードラゴン前線戦力:壊滅寸前
・大型個体:行動不能
・前線制圧エリア:拡大
誰が見ても、
成功だった。
マスコミは、遠慮しなかった。
「歴史的偉業です」
「ほぼ無傷で、
ドラゴン陣営を崩した初の事例」
「これが、
新しいダンジョン攻略の形です」
仮面の映像が、
何度も流れる。
地下マスター。
構造の人。
英雄ではない英雄。
評価は、
一方向に傾いていた。
会議室。
政府関係者の声は、
明るかった。
「撤退判断も含めて、
完璧だった」
「むしろ、
あの場で突っ込まなかったからこそ、
被害ゼロだった」
「感情に流されない、
理想的な指揮です」
誰もが、
同じ結論に辿り着く。
正しかった。
地下。
俺は、
一人で地図を見ていた。
赤点は、消えかけている。
不滅王の位置は、
記号一つで示されている。
「……正しかった、か」
誰にも聞かせない声で、
呟く。
確かに。
撤退しなければ、
誰かが死んでいたかもしれない。
不滅王が本気を出せば、
拠点は消え、
ネットワークは崩れただろう。
理屈では、
全部分かっている。
だが――
「……今なら、
背後を取れた」
その感覚が、
頭から離れない。
不滅王は、
動いていなかった。
攻撃も、
威圧も、
命令もない。
ただ、
“見ていた”。
「……あれは」
思考が、
嫌な方向に向かう。
「あれは、
戦闘態勢じゃなかった」
「観測状態だった」
もし。
もしも、
あの瞬間。
拠点を一つ切り捨てて、
射線を歪めて、
背後に滑り込んでいたら。
「……届いたか?」
答えは、出ない。
《オーバーサイト》代表が、
静かに声をかけてきた。
「……まだ、考えてるのか」
「考えるだろ」
即答する。
「考えない方が、
おかしい」
代表は、
苦笑した。
「世界は、
正解を出したぞ」
「知ってる」
「なら――」
「それでも、
俺は考える」
俺は、
地図から目を離さない。
「……判断ミスだったか?」
自分に、
問いかける。
撤退は、
正しかった。
だが、
最善だったかは分からない。
「……分からない、
が答えか」
そう呟いた瞬間、
少しだけ楽になった。
英雄なら、
迷わない。
将軍なら、
正解を出す。
だが――
俺は違う。
拠点を作る人間だ。
構造を組む人間だ。
「……次は」
小さく、言う。
「迷った瞬間を、
潰す構造を作る」
その夜。
アメリカ国内では、
祝杯が上がった。
生存圏は、広がった。
人は、死ななかった。
それ以上を、
望む理由はない。
だが地下では、
一人だけが違った。
勝利の数字の裏で、
“触れなかった可能性”を
何度もなぞる。
それは後悔じゃない。
次に同じ場面が来た時、
迷わないための準備だ。
不滅王は、
倒されていない。
だが――
逃げてもいない。
あれは、
まだ始まっていない戦いだ。
そして次に会う時は、
もう“勝てる気がした”では済まない。
俺は、
仮面を外さずに呟く。
「……次は」
「勝てるかどうかを、
その場で悩まない」
そのための構造を、
作る。
それが、
地下マスターのやり方だ。
(第18話・了)




