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第4話

 少女の言葉に最初、父親はきょとんとしていた。でも、そのうちに顔を紅潮させて目をつりあげ、続いて鼻で笑った。


「そんな求刑、認められるわけないだろ。俺はお前に何もしてないんだからな」


 父親の言葉を受けて少女は問いかけるように裁判官を見上げた。


 〝自由科刑〟は被害者や被害者遺族の感情を重視し、寄り添うために提案されたもの。被害者や被害者遺族が求刑内容を示し、検察官と弁護士がそれぞれの立場から意見し、裁判官が妥当であるかを判断して量刑を決めるもの。

 例えば――。


「被害者や被害者遺族が犯行を行った本人よりも犯行を行うに至った背景にこそ問題がある、責任を負うべきであると考えるのならば、妥当な範囲での科刑を認めるのが〝自由科刑〟です」


 つまり少女の求刑は〝認められるわけがない〟わけではないということだ。その事実を突き付けられて父親はみるみるうちに青ざめた。


「ちょっと待て。そんなのを認めたら……!」


「刑を執行した場合の影響は後程、改めて調査しますが今の時点で確実に言えることが一点あります」


 父親の言葉を遮って少女に話しかけたのは時間遡行研究の有識者である車椅子の老婦人だ。


「三十年前のお父様の精巣を全摘出した場合、あなたが生まれてくることはありません」


 父親に話し掛けた時もそうだが無断での発言だ。でも、裁判官は止めない。ただ、俯いて老婦人の言葉に耳を傾ける。


「過去、現在、未来。すべての時間のあなたが消えてしまうことになります。この後の最終弁論で求刑内容を述べる前にもう一度、そのことをよく考えてください」


 老婦人の言葉に少女は深く頷いた。きっと少女は求刑内容を変えないだろう。包帯の隙間から見える凪いだ目を見て裁判官は思った。


「そんな求刑が妥当だなんて判断されるわけないだろ! 少なくとも俺は認めないぞ!」


 父親である男の怒声を背中に受けながら、付き添いの看護師に車椅子を押されて少女は法廷を後にする。


「認めない! 俺は絶対に認めないからな!」


 顔を真っ赤にして怒鳴り続ける男に裁判官が〝静粛に〟と声をかけることはなかった。


 この後、最終弁論を経て判決の言い渡しがあり、それで〝自由科刑〟の一連の流れは終わる。その後、〝自由科刑〟で言い渡された量刑が妥当かどうかを裁判官、検察官、弁護士、有識者、被害者または被害者遺族代表者一名が判断。全員が妥当と判断した場合には〝自由科刑〟の量刑を採用し、妥当でないと判断した場合には通常のプロセスで、裁判官、検察官、弁護士を総入れ替えして裁判をやり直すことになっている。


 〝被害者または被害者遺族代表者一名〟であって〝被害者()被害者遺族代表者一名〟ではない。今回の裁判では被害者本人である少女が判断することになっている。被害者家族である男には妥当か否かを判断する権利はない。

 そして、この法廷に立つ時点で裁判官、検察官、弁護士、有識者の心は決まっている。少女の求刑が突っぱねられることはまずない。


 少女の背中を見送った後、裁判官は車椅子の老婦人に目を向けた。老婦人は穏やかな微笑みを浮かべ、凪いだ目で閉まる扉を見つめていた。

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