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8. 化ける


『守護霊様、目つきがこわいです~!』


鏡台の前で、ヒイラギが揃えた化粧道具をひとつづつ肌にのせていると、鏡の中のユーリが悲鳴をあげる。


「この発色はイイ……!」

『そんな刃物を研ぐような目で検分されなくても』

「あのね、自分を飾る道具は武器と同じ。手を抜いたらその分自分に降りかかってくるのよ」


久しぶりのメイクだ。

口紅を手に持つだけで、気持ちが昂ぶる。


「やっぱり滾るわね!戦の前って感じがするわ」

『守護霊様もやはり見た目は気にされるのですね』

「そりゃ見た目も、その人となりのひとつだからね」

『私みたいな人間が化粧しても仕方ないと思いますけど』

「どういう意味?」

『そんなのまやかしじゃないですか。本当に美しい人にはかないませんよ』


弱気なユーリの発言に、眉を上げる。


「メイクには二種類ある。理想の美に近づくためのメイクと、自分のためのメイク」

『……?』



首をかしげるユーリに見せつけるよう、手にアイライナーを持つ。


「よくみてらっしゃい」


右目には、濃い色で、目尻から伸ばし釣り上げたラインを引く。

左目には、瞳と同じ薄茶色のラインを瞳の形を強調するように短く入れる。


「どう?ちがうでしょ?」


鏡には左右まったく違う印象の顔が現れた。


『右は理知的で、左は優し気に見えます!全然ちがいます!!」

「メイクは印象を操る技術なのよ」


ユーリは自分の姿に驚いている。


「私もあんたも、世間一般からみたら美人とは言えない」

『はい、わきまえています』


厳しい言葉に、ユーリは素直にうなずく。


「だからこそ化粧で、自分に都合のいい顔をつくるんだよ」

『自分に都合の良い顔……』

「そう。自分のために顔をつくるんだ」


苦手なお客様に上手く笑えない日は、リップライナーで口角を上げておく。

悔しくて眠れなかった日は、目の下のくまをコンシーラーで丁寧に隠す。

飲まされそうな日は、チークで耳を赤く染めて酔っぱらった風にみせておく。


(銀座じゃ、隙すら自分でつくるものだ)


笑顔で店に立ち続けるために、メイクは欠かせない商売道具。


さぁ、今日はどんな仮面にしようか。


「気合いいれていくわよ」

『はい!』


前髪をあげ、鏡に顔を映し出す。


「まずは土台づくりから」


顔はしっかり保湿しておく。乾燥していると、メイクが崩れやすくなるからね。

下地のクリームで肌に透明感を出したら、次は眉だ。


ボサボサな眉毛の長さを整え、柔らかいアーチになるよう、まばらな部分にペンシルで書き足していく。


非対称な唇は、リップペンシルで形作り、ふっくらと見えるよう中央に艶をのせる。


窪んだ目は丸く見えるようにアイライナーは短く。粘膜と同じピンク色のアイライナーで瞳を潤ませ、マスカラは透明感のある黒で控えめに。


肉付きの悪い頬は、骨格を強調しないようヘルシーなオレンジを丸く仕込み、幸福感をだす。


『わぁ!!』


鏡の中では、愛らしい少女が上品に微笑んでいる。


皇太子妃としてはちと威厳が足りないが、三人の妃の中で最も若いことを考えるとやりすぎないほうがよいだろう。


『これが私の顔……!もはや創造…神の領域では』

「そういや、詐欺メイクってよく黒服に言われたわね」

『なんだか生まれ変わったみたいです』


鏡の中でほんわかと笑う娘は、生来の穏やかな気質が戻ってきたようだ。


「あんた、盛りやすくて良い顔よ」

『よい顔、ですか……初めて言われました。いつも姉たちは美しいと賞賛されていましたが私は……』


ユーリは昔を思い出したのか黙り込んでしまった。


「ねぇ、私が憑依する直前に池で溺れたって言ってたわよね」

『はい』

「どうして寒い中、池に落ちたわけ?」

『それが、そのあたりの記憶が曖昧で覚えていないのです。心身ともにボロボロで』


まぁ異国でひとり、味方のはずの旦那は会いにすら来ず、使用人にはいじめられてたらそりゃ精神的にもきつかろう。


「自分で落ちたわけじゃないのよね?」

『もちろんです!ただの事故ですよ』

「いや、もしかしたらあんたの命を狙っている奴がいるかもしれない」

『えっ!?』


ユーリは驚愕する。


「この間の火事、やけに私の周りだけ火の回りが早かった。ユーリを狙った可能性もあるわ」

『そんな、どうして。一体だれが』

「さぁ。四国同盟を壊したい奴、皇太子妃の座を狙う奴、もしくは殿下、とかね」

『そんな!』


可能性をあげていくと、ユーリが震え始める。


「あんたの目から見て、殿下はどんな人?」

『あまり言葉を交わしたこともなく、よくわからないのです。輿入れのときすら、最低限の挨拶だけで』

「見た目は抜群に良いじゃない?惚れたりしなかったの?」

『美しい方だとは思いますが、私は姉たちを見慣れていますので』


若い少女ならあの美貌に心が揺れそうなものだが、ユーリはそうでもないらしい。


「最後に会ったのはいつ?」

『王妃様が設けてくださった歓迎の席です』

「王妃……ってことは姑か」

『殿下の実のお母さまは亡くなられているので、後妻の方ですが』

「ふぅん」

『そのときも王妃様が話を振ってくださいましたが、殿下が言葉を発されることはなく』


家族の前でもあの冷ややかな態度なのか。

能面のような美貌を思い出す。さぞかし空気の悪い義実家との団らんであっただろう。


『愛情がなくともせめて信頼関係をと思い、殿下をお茶にお誘いしたこともありましたが、断られ続け。私のことがお嫌いなのだと思います』


ユーリは思い出したくないと、幼げに首を振る。


「殿下は、他の妃とは仲がいいの?」

『どうでしょう。私は他の妃様と交流もなく』

「あのねぇ。もう少し自分を取り巻く情報は仕入れておかないと!」


甘ったれな皇太子妃に喝をいれる。


『申し訳ありません。お姉様方のおっしゃる通り、せめて使用人は連れてくるべきでした』

「どうして連れてこなかったの」

『私についてきたら、家族と離れ離れで暮らすことになります』

「その結果がこれね」


ユーリがうなだれる。


「あんたが生きてるのは、知らないじゃすまない世界だ」

『おっしゃる通りです』

「ここじゃ誰もあんたを守ってくれない。身の振り方を決めるためにも、情報は生命線だ」

『はい……』


「でも自分に足りないものを知っている人間は、一番強い」


鏡の中でへこんでいるユーリへ、にっこり微笑む。


「情報がなければ自分の目で確かめればいい。人脈がなければ自分の手でつくればいい」

『でもどうやって……!』


鏡台の前から立ち上がると同時に、ノックの音がする。


「お嬢さん、例の頼まれていたものを持ってきました」

「ありがとう」


ヒイラギにメイクアップした顔をみて、一瞬驚いた顔をするが、何も言わずすぐにいつもの表情に戻す。この男の、こういうところが気に入っている。


「早速、着替えてくるわ」


ヒイラギが持ってきた服に着替えると、ユーリは驚愕している。


『そ、その服は……!!』

「なにもなければ、自分の足を動かすしかないのよ」


くるりとスカートを翻し部屋出ると、扉の前で控えていたヒイラギに見せつける。


「どうかしら?親切な魔法使いさん」


軽口をたたき、にやりと笑いあう。


「それでは行きましょう。行先は分かるわよね?」

「何をする気ですか?王子様でも探すつもりか?」

「ふふふ、運命の出会いがあるように祈っていて頂戴!」



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