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7. やましさ


へー、旦那ね…… 旦那、旦那だとぉ!?


「皇太子殿下……!!」

「こんなところで、なにをしている」


それはこっちの台詞だよ!


氷の彫刻ように美しい美貌の主に、刺すような声で詰問される。

初めまして、なんていうわけにもいかないよな。


「外の空気が懐かしく、少しお散歩をしていましたの」

「ほう。その恰好で?随分と濁った空気がお好きなようだ」


澄ました顔で言うと、皇太子の目がさらに厳しくなる。

たしかにメイド服を着て火事場をうろついている皇太子妃なんて、我ながら怪しすぎる。


ピシッと軍服を着こなした皇太子は、隣にいるヒイラギをみて、形の良い眉をあげた。


(あーこりゃ下町で男漁りでもしていたのかと思われてるな)


「君に皇太子妃としての自覚はあるのか」

「もちろんですわ、皇太子殿下」


美貌の王子の絶対零度のまなざしに、にっこりと微笑み返した。


「ちょうどいいわ。今からお見せしましょう」



ヒイラギを連れて帰宮し、火事場で煤けた格好のまま、まっすぐ書斎へ向かう。


執事はいつものように我が物顔で書斎のデスクに座っていた。


「これはこれは、お妃さま。どうされました、メイドの格好などして」

「ドレスがないものだから」

「その恰好も大変お似合いですよ!ずいぶんと薄汚れてらっしゃいますがね!」


口の利き方のなっていない執事に、ヒイラギが背後であきれている。


「後ろの者は?もしや愛人ですかな?」

「失礼ね。彼には私の補佐をしてもらうわ」

「なにを勝手なことを!」

「ここの主人は私よ?いつまでもドレスひとつ買えないようでは困るもの」

「ハハッ、殿下の通いもないのに誰に見せるというのです!我が国庫を無駄遣いされては困りますな!」


意地悪く笑う執事にため息をつき、書斎の奥に飾られた油絵の前に立つ。


「な、なにを」


焦る執事を無視し、ヒイラギに壁から額縁をはずすよう合図する。


「せーのっ」

「や、やめろ!!」


額縁を絨毯に叩きつけると、外れた木枠から、大量の紙幣が絨毯に散らばった。


「あら、あら。こんなところに大金が」

「なんということを!!」


這いつくばって金をかき集めようとする執事の背中を、ヒイラギが足で踏む。


「このお金はどこからきたのかしら。不思議ねぇ。あなたは知っていたようだけど?」

「それは!」


銀座時代、国税局の職員だというお客様に、人がモノを隠すときのクセを、教わったことがある。


(とっさに隠した場所を視線で追ってしまう、って本当なのね)


この執事が、書斎に現れた私に驚き、とっさに目で確かめたのがこの絵画。

なにかを隠していると思ったが、やはり不正に横領していたか。


「さぁ裏帳簿はどこかしらね」


職場に金を隠しておくくらいだ。できるだけ貴重品は自分のそばにおきたいタイプ。


(となると、帳簿はいつも座っている机の近く……二重底や床が怪しいって教わったわね)


机の下の絨毯を撫でると、一か所へこんでいるところを見つける。

よく見ると切れ込みがはいっている。

ゆっくりとはがすと、黒革の手帳が出てきた。


「あらあら、隠しものが下手ねぇ」

「触るな!」


執事は真っ青だ。

その場で、ペラペラと手帳をめくり確認する。


「やはり私が使ったことにして、不正に着服していたようね」

「クソ!!」


私につかみかかろうと伸ばされた手を、背後にいたヒイラギがねじりあげる。


「やれやれ、多額の横領に暴行未遂まで。なにか申し開きはあるのかしら?」

「フン、どうせお前の言うことなど信用する人間はこの国にはいない!!」


往生際の悪い執事にため息をつき、少し開けておいた扉へ向かって話しかける。


「いかがかしら、殿下?」

「殿下?!」


扉が開き、現れたのは美貌の主だ。


「各皇太子妃には国から十分な予算が出ている。お前が使い込んでいたとは、なめられたものだな」

「これはっ」

「王家を欺いた罪の重さを思い知るといい。近衛に引き渡せ」


がっくりと肩を落とした執事を、笑いをこらえたヒイラギが連れて行く。


二人きりになった書斎で、皇太子がつぶやく。


「こんな状況になっているとは」


視線を落とした美青年の瞳に、長いまつ毛が影が落とす。


「三ノ宮での不祥事、誠に申し訳ございません」

「いや、これは私の問題でもある。申し訳ないことをした」


意外にも皇太子は、年若い少女へ誠実に頭を下げた。


(まぁ少しでも妃を気にかけていれば防げたことだ、ちょっとは反省してほしいけど)


「執事には、別の者を手配しよう」

「お心遣い痛み入ります。ですが、今後、三ノ宮は私がしっかり仕切らせていただきますわ」


笑顔でやんわり断る。


「……先ほどの男を執事にする気か?王宮の執事は、文官職と決まっているが」

「いいえ、彼はデザイナーです。私はこちらの文化に疎いので、きっと私の至らないところを補ってくれるでしょう」


殿下はなにか言いたげだったが、黒焦げのメイド服を着た私を上から下まで眺めると納得したのか、小さく息を吐いた。


「それでは執事は文官の中から好きに選ぶといい。俺は火事の始末がつき次第、2週間ほど遠征にでる」

「かしこまりました」


殿下は、話は終わりだといわんばかりにサッと踵を返す。

笑顔をキープしたまま背中を見送っていると、扉から出る瞬間ちらりとこちらを見る。


「またお待ちしておりますわ、殿下」


いつもの癖でついそんな言葉を口にする。


殿下はそんな私を一瞥すると、二度と振り返らず、出て行った。


(あれが皇太子、か)


浮気性で、妻をかえりみない身勝手な好色男かと思いきや。


顔がいい男を見飽きている私でなければ、見惚れていたね。


執事を断罪する正義感。

それを自分の失態だと謝る潔さ。

火の中に自分の身をさらしても人助けをするのは、彼の善性とみるべきか、ただの英雄願望か。


(真面目な清廉潔白な皇太子というには、どこか違和感があるのよね)


不思議な男だ。


(しかし、タチが悪いわね――――)


好きの反対は嫌いじゃなくて、無関心ってやつだ。


俗物的な男なら簡単に手玉にとれるが、これでは取り付く島もない。


(まぁいい。宮の支配権は取り戻した)


重厚な飴色の書斎机をゆっくりと撫でる。


「ここから、よ」


皇太子妃は静かにひとり笑った。



「お茶をお持ちしました~」


モモがティーカップに紅茶を注ぐ。


テラスでのティータイムが気持ちの良い季節になってきた。

紅茶のふくよかな香りが漂い、イチゴジャムがのったスコーンとサンドイッチが美しくタワーになっている。


「このしょっぱいの、ウマいな」

「塩バニラビスケットです!」

「また腕をあげたわね」

「えへへ、ありがとうございます」


最近はモモとヒイラギとこうしてテラスでお茶をするのが日課だ。

モモは部屋の奥に広がる光景をみて、歓声をあげる。


「わぁ!」


ヒイラギが集めた使いきれないほどの化粧品や布地が、広い応接室いっぱいに並んでいる。


「どれも最高級品ばかり!!」


キラキラとした贅沢な空間に、モモが目を輝かせている。

前執事は、随分と私腹を肥やしていたようだ。


「まさか本当にロクなドレスが1着もないとは」


クローゼットを確認していたヒイラギは、苦笑いを浮かべた。


「外出用、訪問用、お茶会用、デイパーティに夜会用、最低でも春服20着はすぐに必要ね」

「そうだな」

「初夏の分もお願いね」

「もちろん」


ヒイラギとの会話に、モモは目を白黒させている。


「ドレスってそんなに必要なんですね~」

「皇太子妃は、この身体が商売道具だからね。ドレスは戦闘服だ」

「戦闘服?」

「身に着ける服にはちゃんと意味があるのよ」

「そうそう、旬の季節の柄で先方への敬意を、色柄で想いを込める」

「他人の服装なんて気にしたことなかったです」

「見る人が見たら、ちゃんと伝わるのよ」

「料理に通じるものがありますね!」


モモの言葉に、ヒイラギも微笑む。


「新しいドレスの型はどうする?最近の流行りはこのあたりだが」


ヒイラギは、デザイン見本をテーブルに広げる。

ぱっくりと背中の空いたデザインや大き目のフリルで派手に飾られたデザインだが。


「私には似合わないわね」


この肉付きの薄い身体では、貧相さが協調されてしまうだろう。


「そう言うと思った」


ヒイラギがニヤリと、別の紙を取り出す。


デッサンに描かれていたのは、上半身は短い丈のケープで覆い、腰から下はふんわりと膨らむドレスだ。


「かわいい!ユーリ様が着たら、きっと妖精みたいですね」

「これなら身体のラインも出ないし、ボリュームもあるから上品に見えそうだわ」

「なにより、ケープの内側に収納スペースがあるんだ。スピーチの原稿もいれておけるぞ」

「あら、便利ね」


働く女性を熟知する、ヒイラギらしいアイディアだ。


「他にもいくつかお姫さんに似合いそうなものを、用意してきた」

「あら、素敵ね!なるべく早く欲しいのだけど、お願いできるかしら?」

「えぇ、火事で焼け出された職人たちが喜びますよ」


火事の経験があるモモが心配そうな表情になる。

結局、ヒイラギの店をはじめ、職人街は火事で焼け落ちてしまったのだ。


「お店は残念だったね」

「偶然近くにいた騎士団の救助活動のおかげで死人は出ませんでしたが、全焼です。復興には時間がかかりそうです」

「ユーリ様もヒイラギさんも、ご無事でよかったです!」

「火事の原因は?」

「どうやら計画的な放火のようだとか」

「やっぱり……」


小声でつぶやく。

これは急いだほうがよさそうだ。


「もうひとつ、大至急用意して欲しい服があるのだけれど」


二人に告げると、絶句する。


「えっ!!そ、それは」

「用意できるかしら?」

「必要とあらばなんとかするが……でも一体何をするつもりだ?」

「私、化けるのは得意なの」


怪訝な顔をする二人に微笑み返し、お茶を飲み干した。





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