2.身体づくり
指通りの悪いきしむ髪をなんとかひとつにまとめ、着替えようとクローゼットを開き、絶句する。
「なに、この悪趣味なドレスは」
明るいピンクやレースがふんだんに使われたドレスがかかっているが、年季が入っているうえ、手入れもされていないのかシミが浮き出てしまっている。
この貧相な身体で着たら、チンドン屋仮装大会である。
「ねぇこれ、流行っているの?」
『いえ。急に嫁ぐことになったので仕立てが間に合わず、姉たちが使っていたお古のドレスを』
「さっきのメイドのほうが、よほどいい服着てそうね」
ため息をつくと、ユーリは恥ずかしそうに俯く。
装飾が少なく汚れの目立たない紺色のドレスに着替えるが、全身ブカブカである。
このガリガリに痩せた身体じゃ、ドレスどころか着物も綺麗に着こなせない。
「ねぇ、この身体でどうやって生活してたのよ」
『一人で食事をする気も起きず、ずっと部屋引きこもっておりましたので』
「それにしても栄養不足だわ」
『私には、この国の宮廷料理は脂っぽくて。最初は無理して食べていたのですが、胃が荒れて余計に食べられなくなってしまい』
「食べ物を受けつけなくなってしまったのね」
ふらつく身体で部屋を出ると、赤い絨毯のひかれた広い真っすぐな廊下にでる。
随分と広い屋敷だ。
掃除が行き届いているところをみると、雑なのは奥様の扱いだけのようだ。
「他の妃も、ここに住んでいるの?」
『いえ、それぞれ離宮で暮らしています。一ノ宮には武に秀でたユーカリ皇太子妃が、二ノ宮は芸に秀でたフリージア皇太子妃がお住まいです』
「そうすると、ここは三ノ宮ってわけね」
『はい』
「へぇ。皇太子はどこ?」
『騎士団の寮にいらっしゃいます』
「は?王族なのに?」
『殿下は、騎士団の副団長を務めていらっしゃるので』
「なにそれ、空気読めばいいのに」
どうせお飾りの役職だろう。平騎士たちに同情する。
階段を降り、ようやく厨房にたどり着くが、少し動いただけでゼェゼェと息切れしてしまう。
息を整え、厨房の扉を開けると、だらしない格好で料理人たちが休憩していた。
「だれだ?」
「こんなメイドいたか?」
この家の主人が来たというのに、みな首をかしげている。
背筋を伸ばし睨みつけると、腹の出た中年の男がハッと立ち上がる。
「ま、まさかお妃様!こんなところまで、どうなさいました!」
「料理長、この人がお妃なんですか?」
間抜け面をした料理人を一瞥し、
「全員、そこの壁に一列に立って手を前に出しなさい」
顔を見合わせる料理人たちを整列させ、一人ずつ服装と、指を見ていく。
「これで全員?」
「あ、野菜や果物の下処理をしている者がいますが、料理人ではなくただの下働きです」
「その者もここへ」
「えーっと、外で芋を洗っているはずだ。連れてこい!」
勝手口から連れられてきたのは、髪の短い女性だった。
女性はこちらを一目見るなり、青い顔で慌てて頭を下げ、列の端に並んだ。
全員そろったのを確認し、一列に並んだ料理人たちに正面から向き合う。
「皆、今までご苦労。もうここには来なくていいわ」
「どういうことですか!」
「全員クビよ」
「なにを馬鹿なことを!我々は王宮から派遣されている皇室料理人ですよ!」
鼻息あらく詰め寄ってくる料理長たちに対峙する。
「あなたがこのコックコートを洗濯したのはいつかしら?シミが飛んでいて、襟が黒いわ」
「この不潔な爪は?この手で私が食べるものを触るつもり?冗談じゃないわ」
「あなたは香水がきつすぎる。これでは料理の匂いも分からないのではなくって?」
ひとりづつダメ出しをしていくと、料理長が悲鳴をあげる。
「我々が心を込めてつくっても、お妃様は残してばかりでなにも召し上がらないじゃないですか!」
「あなたの仕事はなに?脂ぎった料理をつくって出すだけ?」
「失礼な!伝統ある宮廷料理ですよ!」
「皇室料理人が聞いてあきれるわね。あなたはコレを見てなにも思わないのかしら?」
「な、なにを……」
ゆっくりとドレスのボタンを開き、浮き出たあばら骨を見せつける。
「ひっ……!」
「これがあなたの料理がつくった身体よ。恥を知りなさい」
料理人たちは絶句する。
彼らもなけなしのプロ意識は残っていたようだ。
「今すぐ厨房から出て行きなさい。罰を受けたい者だけ、ここに残りなさい」
料理人たちは気まずそうにゾロゾロと出ていく。
結局残ったのは下働きの女性だけだった。
短髪に丸顔の人の良さそうな女性は、深く頭を下げる。
「皇太子妃殿下。お口に合わず申し訳ありません。どんな罰でも受けます」
「潔いのね」
「料理人はお客様の命を預かる仕事です。料理を提供する以上、自分の命をかける覚悟はできています」
「そう。顔をあげなさい」
手はアカギレでボロボロだが、こちらを見る瞳は澄んでいる。
「あなた、名前は?」
「モモと申します」
「いつも水差しを用意していたのは、あなたね?」
「はい」
モモはうなずく。
「あなた、腕が立つ料理人でしょう?」
そう指摘すると、モモは驚いた顔をする。
「どうしてそれを……」
「水に浮かんでいたレモン。皮の部分が苦味が出ないよう処理されていて、切り口も綺麗だったわ」
商売柄、水割りにはちょっとうるさいのだ。
水差しに浮いていたレモンをみて、一目で高い技術持っていると分かった。
モモは褒められなれていないのか、頬を赤く染める。
「どうして下働きをしているの?」
「個人的な理由になります」
「良かったら聞かせて頂戴」
厨房の椅子に腰かけると、モモはさっと温めたミルクを出してくれる。
(どんなときも相手の腹具合を気にかけることができるのは、いいことだ)
モモは、ぽつりと話始めた。
「実家のレストランは表通りの人気店でした。私はそこで料理長をしていましたが、5年ほど前に火事で店をなくしました」
ぎゅっとこぶしを握り締める。
「料理長としての経験はあっても、女というだけで雇ってもらえず、弟たちの学費を稼ぐこともできず途方にくれていたところに、王城の厨房で人を募集していると聞き、応募したのですが」
「料理人ではなく下働きだったのね」
「下処理も大事な仕事ではありますが、それ以上は女に、鍋は持たせられないと任せてもらえませんでした」
悔しそうなモモに、大切な質問をする。
「モモ。あなたの願いはなにかしら?」
「ねがい、ですか?」
「なんでもいいの。よかったら聞かせて頂戴」
モモはじっと考え込み、顔をあげた。
「やっぱり私は、料理がしたいです!!もっと料理をきわめて、自分の腕を試したい」
瞳が輝いている。うん、いい顔だ。
「あなたの願いをかなえるために、私のもとで料理長として働いてくれるかしら」
「よろしいのですか?!私は庶民ですが」
「えぇ。私が命を預けられるのは料理人の身分ではなく、心意気よ」
ウインクすると、モモは嬉しそうな顔をする。
「命をかけて、美味しいと思っていただけるような食事をつくります!」
「任せたわ」
こうして、料理人を仲間につけ、身体改造計画が始まった。