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14.銀座流おもてなし


三ノ宮へ戻ると、三人が出迎えてくれる。


「どうでした?」


ミモザの問いに、黙って薔薇のブローチを見せると、すぐに察したようで口を開けて笑う。


「それより、これから殿下が三ノ宮へ来るわ」

「今からですか!」

「えぇ。急いでおもてなしの準備を」


時間がもったいないので、髪をほどきながら指示を出す。


「モモ、今から言う料理をつくってもらえるかしら?」

「はい!」

「料理は全部、一品づつ少量を小鉢にいれてね」

「コースではなく小鉢、ですか…?わかりました!」


モモは首を傾げながらもメモをとると、すぐに厨房へ走っていく。


「ドレスも着替えるだろ?」

「そうね。柔らかい印象で、手元を綺麗にみせたいのだけれど」

「了解!それならレモン色のプリーツドレスにしよう」

「ドレスの準備が終わったら、応接間の準備をお願いしても?」

「任せとけって。また髪のセットをしに戻ってくるよ」


ヒイラギは充実してきたクローゼットの中から迷いなく一着を選ぶと、靴と小物をドレスに合わせて部屋から出ていく。


急いでシャワーを浴びながら、ミモザと殿下に関する情報をおさらいする。


「スイレン皇太子は御年28歳。学園卒業後に騎士団へ入団し、一兵卒として辺境防衛や組織犯罪対策に従事。めきめきと頭角を現し、最年少で副団長へ昇格されました」

「お飾りの地位じゃなさそうね」


火事の時の機敏な動きを思い出す。

あれは守られる側というよりも、守る側の人間の動きだった。


「一人で山賊集団を退治したとか、一晩で人身売買組織を壊滅させたとかはもはや伝説ですね」

「とんだ武闘派ね。皇太子なんだから、本来守られるべき立場でしょ」

「そう言われればそうですね。うーん、殿下より腕が立つ人がいないのでは?」


あのときの炎の中の捨て身の救助は、自分に自信があってのことだったのか。

助かったが、王族としては少し自重してほしいものだ。


「王妃から、殿下はもともと文官を目指していたと聞いたのだけど」

「そうなんですか?」


新情報に、ミモザも驚いている。


「そういえば学園の教師も、殿下が在学中に一級官僚試験に合格したと言っていた気がします」

「文官志望から転身したきっかけが、なにかあったのかしら。帝国の侵攻から国を守るため?」


ミモザが少し考えて口を開く。


「侵攻が激化したのは帝国の皇帝が代替わりした5年前。殿下が騎士団へ入られたのは8年前ですから別の理由がありそうですね」


調べてみます、とミモザが頷いた。


「皇太子としての評価はどうなの?」

「副団長としては有名ですが、そちらの話は聞かないですね。表舞台に出られることも少ないですし」

「王子様やってるより悪人殴ってるほうが楽しいのかしら」


あの美貌には剣よりも白馬の方が似合っている気がするが、そんな性格ではなさそうだ。

殿下のことは調べるほど、どんな人間なのか分からなくなる。


「皇太子というより、副団長として接したほうがよさそうね」

「どうされるのですか?」

「妻ではなく、部下になるわ」

「は?」


風呂の鏡には、ニヤリと楽しげに笑う痩せぎすな女が映っていた。


さぁ、銀座のプライドにかけて、おもてなしを始めよう。






(三ノ宮に寄らなければ)


遠征帰りで疲れた足が、さらに重くなる。

皇太子妃たちの中でも最も若く、まだ少女である三ノ宮。


どう接してよいのか迷っているうちにお茶の誘いもなくなり、これ幸いとそのまま距離をとっていたら大変なことが起きていた。


(俺の足元で、執事の不正を見逃し続けていたとは)


完全に自分の怠慢だ。

だが、三ノ宮は責めることもなく自分の不始末だと頭を下げた。


(火事場でもそうだった)


仕事柄、困っている人を救助することは多いが、女性はなにを勘違いするのかそのまま抱き着いてきたり、妙な眼で言い寄ってきたり、なにかと厄介だ。


(自分よりも先に、子どもを助けろと怒鳴られたのは初めてだったな)


初めて会ったときの、王族らしからぬおどおどした態度は何だったのか。

執事の悪事を追求する姿は、まるで歴戦の武将のように堂々としていた。


(なぜか今日はミラを背負っていたし、おかしな妃だ)


母に似て人目を引く自分の顔を、なにかを期待する目でみる女たちとは違うようだが、妃とは馴れ合うつもりはない。


(異常がないかだけ確認したら、すぐに宿舎へ戻ろう)


三ノ宮を訪ねると、見慣れた姿の女性が扉を開けた。



「アヤメ、どうしてここに」

「スイレン殿下、ご無沙汰しております」


乳母のアヤメが、いつもの穏やかな顔でエントランスに立っていた。


「本日より三ノ宮で、ユーリ様へお仕えすることになりました」

「お前が?」


アヤメは温和な貴婦人然としているがその実、好き嫌いが激しいことは身内なら知っている。


「王妃様からお許しいただいております。さぁ、皇太子妃様がお待ちですよ」


久しぶりにみた有無をいわせぬ笑顔で、応接室に通される。

俺はそこで目を見張ることになる。


ソファセットがあったはずのそこは、数十種類の酒が並ぶ木のカウンターになっていた。

絶句していると、窓際に佇んでいた少女が立ち上がる。


「おかえりなさいませ」


少女は三ノ宮の主らしく、優雅に微笑んだ。




殿下は模様替えした応接間に驚いた様子だったが、すぐに部屋をぐるりと見まわし、避難経路を確認している。


(さすがというか、職業病というか)


銀座時代も、店に入るなり扉の位置や出口への導線を確認するのは、警察関係者か暴力団関係者だった。


(警戒心が高いのね)


どんな生き方をしてきたのだろう。

少しでも安心感を与えられるよう、柔らかく微笑んで迎える。


「殿下の無事のお戻り、心よりうれしく…」

「その後、なにか問題は?」


殿下は私の言葉を遮り、単刀直入に本題へはいる。

ここで異常なしと答えれば、すぐに踵を返すであろう。


(もう少し懐へ入りたい)


「殿下はまたお仕事へ戻られるのですか?少しでも喉を潤していかれてくださいな」


質問には答えず、控えめにカウンターを勧める。


(ソファより、背もたれがなく立ち上がりやすいカウンター席のほうが心理的なハードルは低い)


殿下は少し逡巡したが、喉が乾いていたのか椅子に浅く腰掛けた。

席につけばこっちのものだ。


「お酒でよろしいですか?」

「……軽いものなら。長居はできないぞ」


酒のラベルをちらちら気にしているところを見ると、どうやらお酒は好きなようだ。


「お好みはございますか?」

「任せる」

「それではなにかリフレッシュできるものを、すぐにご用意しますわ」


カウンターを跳ね上げて中へ入る。

まさか私が酒を作るとは思っていなかったのか殿下が警戒したのがわかる。


(毒でも盛るつもりかと言わんばかりの視線ね)


今日は少し汗ばむくらいの陽気だった。

日中にこもった熱をスッキリ流してくれるようなものがいいだろう。


(ここはシンプルに。初手はハイボールで)


殿下の視線が、酒をつくる手元に注がれるが、見られることには慣れている。


(いままで何百回つくってきたことか)


冷やしておいたグラスを手に取り、氷を多めに入れ、マドラーで転がす。

ここで氷の角を丸くしておくと、炭酸の口当たりがグッとよくなる。


そこへウイスキーを注ぎ、マドラーで混ぜる。

次に、ソーダを氷にぶつからないようにそっと注ぎ、マドラーを静かに引き抜く。


最後にレモンをひと絞り。


爽やかなレモン色のプリーツのそでが、一連の動作をより優雅に演出してくれる。


「どうぞ」


透明な琥珀色に泡を閉じ込めたような、美しく魅惑的なグラスを差し出す。


(氷多め、レモン濃いめのハイボールの出来上がり)


駆けつけ一杯用に、飲みやすく、少し物足りなくしてある。


殿下は少しためらうが、グラスに口をつけると一気に半分ほど飲み干した。


「やけに手際がいいな。下町の酒場ではウイスキーと炭酸を同時に入れて割ることがあるが、こんな飲み物は初めてだ」


いかん、貴族はストレートで飲むのが普通だったか。


「こちらの国では珍しいのでしょうか?」


キョトンとした顔で首をかしげてごまかす。

秘儀・上京したてのフリ。


「お口に合いませんでしたか?」

「いや、美味くて驚いた」


殿下のグラスが空いたのを見て、すかさず二杯目をつくる。

次は少しだけウイスキーを濃い目に。


「よろしければこちらも。空腹のままお酒は体に悪いですわ」


酒の合間に、総菜の入った小鉢を出す。

中には生サーモンとオニオンのペッパーマリネが入っている。


遠征先が海から遠い場所だったとミモザに聞き、新鮮なシーフードのつまみにしたのだ。

モモ特製のマリネの酸味が、疲れた身体に沁みる美味さだ。


殿下は心が動いたらしく、上品につまんでいる。


(さすが腐っても王子様、食べ方が綺麗ね)


2杯目のハイボールと一緒に、もう一つ小鉢を出す。


「これは!」


小鉢の中の、キノコが入った卵焼きをみて、殿下が目を見開く。


「お母さまの好物だっとか。王妃様に教えていただきましたの」

「たしかに子どもの頃、よく食べていた」


ゆっくりと口に運び、ぽつりとつぶやく。


「そうか、今日は母の誕生日だったか」


カウンター越しにグラスを構えると、殿下はグラスを合わせてくれる。


「お母様のお誕生日に」

「母のために祝うのは初めてだな」


そのまま殿下は黙りこんだ。


(ここで無理して会話をしなくていい)


こういうタイプは黙っている間も思考しているので、場を持たせようと話かけると逃げてしまう。

普段から気を張り詰めている有能な管理職に多いパターンだ。


こういう時は女性として癒したり、刺激を提供するのは逆効果だ。


ただ同じ空間にいて、指示を待つ。


これぞ『有能な部下』作戦だ。


同じ空間にいることが当たり前に許容されるようになれば、しめたものである。


あとは相手の思考の途切れるタイミングを、じっと息を潜めて待つのだ。


お腹にたまるようなポテト系の小鉢を出し、3杯目のハイボールを飲み切ったところでようやく殿下が言葉を発する。


「先ほどアヤメに会った。執事は決まったのか」

「えぇ。ミモザ・リーブル女伯爵にお力を借りることになりました」

「リーブル伯爵のご息女か!今、会えるだろうか?」


ミモザに用があるというので、扉の前で控えていたヒイラギに呼んでくるよう頼む。


「お初にお目にかかります、この度、伯爵位を継承しましたミモザ・リーブルと申します」


突然呼ばれたミモザは緊張している。


「御父上のことは残念だった。彼には物資の調達でとても世話になっていた」

「そうでしたか」

「生前、伯爵からあなたが伯爵位を継ぐ意思があるのならば力を貸すよう頼まれていた」

「父がそんなことを……」

「領地へ手紙を送ったはずだが、届いていないか?」

「隠ぺいされた可能性があります」


ミモザは心当たりがあるのか、苦々しい顔をする。


「伯爵になったのだな」

「はい、ユーリ様のおかげです」


ミモザの言葉に殿下は怪訝な顔をするが、すぐに話は終わったとばかりに立ち上がった。


「殿下」

「帝国との国境沿いがきな臭い。またしばらく留守にする」

「承知しました」


それだけいい、扉から出ていこうとする殿下を引き留める。


「殿下!ひとつお願いがございます」






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