13. 王妃の答え
「どうしてここにいる」
美貌の主は、絶対零度の視線でこちらを射貫く。
「あら、私がお誘いしたのよ」
王妃にとりなされ、皇太子はなにか言いたげだったが、怪我をしたミラ王子を優先することにしたらしい。
「……あとで三ノ宮に顔を出す」
「お待ちしております、殿下」
殿下に抱っこされたミラ王子は去る瞬間、こちらを見てこっそりとウインクした。
兄に似ず、可愛らしい少年に思わず微笑む。
王妃が感心したように、私の背中をさすってくれる。
「そんな華奢な体で、よくミラを背負えたわね。あなた見かけによらず力があるのねぇ」
「体重移動のコツがあるのです」
酔っ払いの介抱や酔い潰れた客をタクシーに押し込んでいたので、慣れているだけだ。
「安心したわ。あなたならスイレン殿下とも上手くやっていけるわね」
「そうでしょうか」
先ほどの皇太子の犯罪者を詰問するかのような会話の、何をどうしたらそんな結論になるのかわからないが、王妃は勝手に納得している。
「王妃様は殿下のことをよくご存じなのですね」
「えぇ、殿下が幼い頃はよく勉強を抜け出しては、私が働いていた王城の執務室に遊びに来ていたから。母親を早くに亡くしたせいか大人びていてね。早く文官になって一緒に働くと張り切って、職場の皆にとても可愛がられていたのよ」
「殿下にも、そんな愛らしい時があったのですね」
「えぇ、てっきり官僚として経験を積んでいくと思っていたのに、卒業後気付いたら騎士になっていて驚いたわ」
(最初から騎士団志望ではなかったのか、脳筋かと思ってた)
意外な事実に驚いていると、王妃様が侍女に小箱を持ってこさせる。
「本日の御礼に、良かったらあなたにもらってほしいのだけど」
「まぁ……!」
王妃が差し出したのは、ピンクダイヤでつくられた精巧な薔薇の花のブローチだ。
透き通った薄紅色は乙女心を刺激するが、これは―――。
「私が娘時代に愛用していたものなの」
「そんな大切なもの、よろしいのですか」
「きっと今日のドレスにも合うはずよ」
王妃は高貴な顔に、優美な微笑みを浮かべる。
(これが、王妃の回答か)
今回、薔薇の葉だけを刺繍したドレスには二つの意図があった。
表向きは、庭で咲き誇る王妃の薔薇を立てて、客人として控える意味が。
もうひとつは、薔薇すなわち王家として、次代の薔薇を咲かせるつもりはないという意思表示だ。
噂通り、第二王子を王位につけたいのであれば、乗ってくるとおもったのだが。
(私に薔薇の花を渡すということは、王家の次代を託すということ)
手のひらで輝くブローチが、重く感じる。
「スイレン殿下は不器用だから色々苦労しているけれど、幸せになってほしいの。もちろんあなたにも。夫婦として力を合わせてね」
そう語る王妃の瞳に敵意はない。
(ミラ王子と殿下の関係も良好だし、不仲説はただの噂だったか)
こっそり肩を落とした私に王妃は微笑むと、私の髪をそっと撫でた。
髪飾りにも気づいていたようだ。
「ルリトウワタ様のお誕生日だと、よく気づいてくれたわね。今日は一人で過ごしたくなかったの」
王妃は懐かしそうに眼を細める。
「あの方は私のことを妹のようにかわいがってくださったのよ。いつも薔薇が咲く季節になると思い出すの」
「そうでしたか」
「見た目は天使のように美しい方だったけど、おしゃべりで頭の回転が速くて。あなたのおかげで、今日は久しぶりにルリトウワタ様と過ごした少女時代の気分だったわ」
「こちらこそ、とても楽しい時間でした」
どこか楽しそうな王妃に、礼をとる。
「ミラ王子のこともありがとう。あの子には、王家にふさわしい人間になってほしいと、つい厳しくしてしまうのよ」
完璧な淑女だった王妃が、一瞬、母親らしい表情になる。王妃は王子の秘密のコレクションをご存じだったようだ。
「そちらの御礼もしなくてはね」
王妃は少し考え、背後に控えていた年かさの侍女を呼ぶ。
「アヤメ」
「はい」
侍女が頭を下げる。
穏やかな微笑みを浮かべる侍女は、存在感が薄く、地味な印象だが。
(この人、相当できる―――!)
この気配の消し方、銀座の老舗高級クラブのママと共通するものがある。
「アヤメはスイレン殿下の乳母であり、私の妃教育もしてくれたのよ」
直感通り、やはり王家に精通している重要人物だ。
内心警戒していると、王妃の爆弾発言が続く。
「三ノ宮で、アヤメを侍女として置いてもらえるかしら?」
「えっ!!」
まさかの展開に、驚く。
もしやそちらが今日の狙いだったのか。
「まだ年若いあなたには、使用人の扱いが難しいこともあるでしょう。アヤメがあなたの補佐をするわ」
「そんな、王妃様の侍女をお借りするなんて」
「おしゃべりな小鳥には、ちゃんと教育が必要よ」
王妃は三ノ宮のあの噂をご存じだったようだ。
何も言えない。
「それにアヤメは礼儀作法には厳しいわよ」
チャーミングにウインクする王妃様。
ミモザに習ったものの、どうやら私のマナーでは、この国の妃としては甘かったらしい。
ここは素直に頭を下げる。
「ありがとうございます。アヤネさんは、三ノ宮でよろしいのですか?」
百戦錬磨な侍女は、穏やかな表情で頷いた。
「老いた身ではございますが、少しでもユーリ皇太子妃のお力になれましたら、光栄でございます」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「皇太子妃様、軽々しく頭を下げてはいけません」
「は、はい!」
やりとりをみていた王妃様が笑う。
「今日はお開きにしましょう。あなたをあまり独占しては、スイレン殿下に怒られてしまうわ」
「王妃様」
「またお話しましょうね」
美しい王妃に、まんまと最強侍女と皇太子を押し付けられる。
(あちらのほうが一枚上手だったか)
唇を噛むが、収穫もあった。
(それより今は殿下の訪問をなんとかしなければ)
ポケットの中でカラコロとボタンが転がるかわいい音をききながら、三ノ宮へ足早に戻った。