11. 作戦会議
決起集会から数日後、再び庭でお茶会が開かれた。
「王妃様たちのお話を集めてまいりました」
ミモザがにこにこと、情報を整理したメモを見せてくれる。
「まず、殿下の産みのお母さまである、前王妃・ルリトウワタ様」
「変わったお名前ね」
「春の星座と同じお名前で、その美しさから学園では瑠璃星と呼ばれていたそうです。ベテラン教師の話では、当時皇太子だった陛下に見初められ、学園在籍時に婚約。陛下は大変溺愛されていたそうですよ」
「殿下の美貌は前王妃譲りかぁ」
モモがうなる。
「慈善活動にも積極的で、愛されるお人柄だったようです」
「娼館のマダムも言ってたが、生前は社交界のファッションリーダー的存在だったらしいな。この髪留めは前王妃がよくつけていたそうだ」
「あぁ、庶民も特別な日につけるやつですね!私も持っていました」
ヒイラギが大きなバレッタを取り出す。
ビロードの布地に、ビーズやガラス玉で装飾がなされていた可愛らしい髪留めを、モモが懐かしそうに手に取る。
「前王妃は流行り病をこじらせ、二十二歳のお若さで亡くなられました。殿下は当時まだ2歳だったそうです」
「そうだったの」
まだ若くして母親を亡くしていたのか。
続けて、ミモザは2枚目のメモを取り出す。
「現王妃様のライラ様が嫁がれたのは6年前。初の女性官僚として有名な方でしたら、王家に嫁がれるというのは大きな話題になりました」
「あら、キャリアだったのね」
「はい。彼女のおかげで女性でも家督を継ぐ特例ができたのです」
ミモザは尊敬のまなざしだ。
「ご結婚当時、すでに妊娠されていたんでしたっけ?」
「えぇ。陛下が亡くなった王妃を愛されていたのは有名でしたから、そのせいで毒婦など批判もあったようです」
話だけ聞くと、なかなかの魔性だが。
「そうそう、意外なこともわかりました」
ミモザが紅茶でのどを潤す。
「前王妃と現王妃は年が離れているので、お二人に接点はないと思っていたのですが、領地が隣同士でした。前王妃の親族である生徒に確認したところ、王妃様は幼い頃、前王妃に可愛がられていたようです」
「同郷だったのね、意外だわ」
「それに偶然かもしれませんが……」
ミモザが指さしたのは、ある記載だ。
「あら、前王妃のお誕生日って」
「はい、お茶会の開かれる日です。前王妃の命日は知っていたのですが、誕生日までは押さえていませんでした」
「有益な情報よ。細かいところまで裏取りもして、よく調べてくれたわ」
少し悔しそうなミモザをねぎらうと、モモがお茶のおかわりを注いでくれる。
「私も王城の料理人に王妃様のお好みを聞いてきました!」
「それは助かるわ」
「ハーブティーがお好きで、最近は薔薇のお茶にハマっているそうです」
「あら紅茶じゃなくて、ハーブティーなのね」
手土産にはモモ特製の薔薇のクッキーを持っていくつもりだったが、ハーブティーの酸味に合わせて別のものがいいかもしれない。
「それと、王妃様はグリッセル製の食器をコレクションされているそうです」
「グリッセル?」
「あぁ、優美な絵付けで有名な工房だ。彩度の高い色合いを出すのが得意だな」
モモの情報を、ヒイラギがサラサラと落書きで補足する。
「華美なデザインね」
「はい。ですのでお茶会の手土産にするお菓子は、色味はおさえたほうがいいかと思いまして」
ワゴンから取り出したのは、真っ白なメレンゲで縁取りした、フルーツタルトだ。
花びらに見立てたピンクグレープフルーツの果肉が螺旋状に盛り付けてあり、たっぷりの蜜をまとって輝いている。
「まるで朝露の薔薇みたいです!!」
「これならカラフルなマカロンよりも、皿が映えるわね」
「薔薇のハーブティーと相性のいい、蜂蜜を甘みにつかっています」
「完璧だわ!」
手土産は商談のきっかけとなる話題づくりの重要なアイテムだ。
銀座時代はお客様からおすすめを尋ねられることも多く、全国からお取り寄せを試したものだが。
(見栄えや珍しさより何より大事なのは、相手のことを考えて選ぶこと)
さすが、モモはしっかり心得ていた。
「料理長の話だと、この季節にしか咲かない薔薇がお気に入りで、最近はもっぱらプライベートガーデンでお茶をされているそうです」
「あぁ。招待状には一緒に薔薇を楽しみましょう、とあったから会場はそこになりそうね」
「王城の料理長が、よく教えてくれたな」
「実は三ノ宮の噂のおかげで、みんな同情的で……」
ヒイラギが感心すると、モモが困ったような顔をする。
「三ノ宮の噂って、なにそれ?」
「モモ、教えてやれよ」
にやにやとヒイラギにつつかれ、モモがしぶしぶ口を開く。
「三ノ宮は自分に歯向かう使用人を虐げ、料理が気に入らないとコックにナイフをつきつけ、情夫を連れ込んだうえに優秀な女学生を学園から無理やり引き抜きコキ使う、放蕩三昧の悪女だと……あっ私じゃないですよ!メイドたちが言いふらしているようで!」
「あながち嘘でもないところが怖いよな」
「ちっ、やっぱり全員解雇かしら」
どうもメイドの質が良くない。
「まぁいまさらだろ。薔薇の庭が舞台となると、ドレスはシンプルなものがいいな」
「そうね」
「国王陛下が病に臥せっていることも考慮すると、肌面積が少ないこのあたりがいいと思うが」
ヒイラギのデッサンの中から、若草色の襟付きのシンプルなワンピースドレスを選ぶ。
「これなら嫌味がなくて、いいわね」
「娘らしさを出したいなら、オーガンジーを重ねてもいいが」
「うーん、そうね。それも素敵だけど、今回はスカートの裾に、刺繍を入れたいわ」
デッサン用紙の隅に、ある模様を書き足す。
「あぁ!これは薔薇の葉と蔦ですね」
「そうよ。刺繍は、生地より濃い同系色で入れてね」
「あれ、薔薇の花は書かないんですか?」
「薔薇の花はつけないわ」
「え?」
モモの引きつった顔に、ヒイラギとミモザは黙り込む。
みな、隠された意図に気づいたらしい。
「この図案で、本当にいいのか?」
「えぇ」
ヒイラギの問いに、三ノ宮の主は優雅に微笑み肯定する。
「王妃はこのドレスを見て、どんな反応をするのかしらね」