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10. 秘密の同盟



国が誇る王城から少し離れた三ノ宮。

薔薇が咲き誇る中庭をのぞむ応接の間では、飴色の丸テーブルを囲んで華やかな声がする。


「素敵!薔薇の形のクッキーなんて初めてです!」

「クッキーを1枚づつ花びらの形に薄く整え、重ね合わせました」


スイーツにはしゃぐミモザの様子に、モモは嬉しそうだ。

アフタヌーンティーのタワーには一段ずつ美しい焼き菓子と軽食がのっている。


「食感もサクサクで美味しいです~!サンドイッチの塩気も最高!太っちゃいそう」

「ドレスの仕立てなら、いつでも相談にのるよ」


ミモザの止まらない手をみて、ヒイラギまで軽口をたたいている。


「もう領地は落ち着いたのかしら?」

「はい、やることは山積みですが一通りの引継ぎは終わりました!」


官僚試験に合格し、無事爵位を継いだミモザは笑顔で頷く。

目の下にクマはできているが、瞳は希望で輝いている。いい目だ。


「侯爵就任のお祝いよ。皆で選んだの」

「万年筆……!大事にします!」


胸の前で小箱をにぎりしめたミモザを大人たちが優しく見守る。


「ユーリ様がまさか制服を着て、学園に潜入するなんて」

「おかげで俺は制服を用意しているところを姉貴に見つかって、すっかりロリコン扱いだ」


優男のヒイラギがげんなりとした表情で不貞腐れるので、みなで笑ってしまう。


「しっかり三ノ宮の執事として、政務補佐を務めさせていただきます!」

「それはこれからする話を聞いてから決めて頂戴」


ミモザの張り切った声に、しずかにティーカップを置くと、三人の視線が集まる。


「そうだな。このメンツで、一体なにを始めるつもりなんだ?」


ヒイラギが強い視線でこちらを見る。


「私、皇太子妃をやめたいの」

「はぁ?!」


あっさりと口にした言葉に、ヒイラギは顔をしかめ、モモは口をあんぐりと開き、ミモザが悲鳴をあげる。


「ええっ!」

「まさか皇太子妃を降りるということですか!」

「そうよ。私、自由がほしいの」


肯定すると、ヒイラギは呆れたような顔をする。


「皇太子妃なら権力も金も、充分自由にできるだろう」

「与えられた餌だけを食べて狭い籠の中を飛びまわることが、自由?」

「それは……」

「私は一人の人間として、自分の足で生きたいの」


みな思い当たる節があったのか、黙り込む。


「皇太子妃の廃嫡をたくらむなんて、下手したら国家転覆罪に問われるぞ」

「たしかに、そんな前例ありませんね」

「もちろんこのまま聞かなかったことにしてもらっても、かまわないわ」


円卓の静寂を破ったのは、モモだった。


「私はユーリ様とご一緒します!料理人として、ユーリ様のもとで学びたいことがまだまだたくさんあるんです!」


勢いのあるモモの言葉に、ミモザが続く。


「私はユーリ様のおかげで、諦めていたものを手に入れることができました。うけた御恩は必ずお返しするのが我が家の家訓です」


にっこりと微笑む女子二人をみて、ヒイラギもニヤリと笑う。


「まぁ、あんたが地位を捨ててまでほしい自由ってのには興味があるな。面白そうだ」


そういうと、皆それぞれの思惑で笑顔を浮かべる。


「ふふふ、自分らしく生きるための秘密の同盟ってところですね!」

「いいですね!」

「ルールをひとつだけ決めてもいいかしら?」

「ルール?」

「どんなときも自分の人生は、自分で決めること。そしてメンバーはその決断を、必ず尊重すること」


自由であるためには、自分の生き方を自分で決めなくてはいけない。

それは自由気ままなようで、一番難しいことだ。

自由の重さを知っている三人が、深くうなずく。


「それでは、この世界で気ままに自由に生きるために」


シャンパンを注いだグラスを持ち上げる。


「自分の可能性のために」とモモがグラスを高く掲げる。

「私の未来のために」とミモザが続く。

「己の尊厳のために」とヒイラギが笑う。


(最高のチームになるわ)


円卓を囲むメンバーの顔を一人ずつ見る。


国内トップクラスの調理技術に、思いやりと成長欲をあわせもつ料理人、モモ。


(舌も目も喜ぶ食事は、どんな人も篭絡できる)


優れた洞察力と感性で、女に武器を与えてくれるスタイリスト、ヒイラギ。


(この身一つで戦うために、潤沢な服飾は、何より大事なこと)


誰よりも知識を欲し、ある意味誰よりも貴族らしい、最年少で女伯爵となった執事、ミモザ。


(彼女の学園で培った人脈と時流を見極める教養は、この世界を生き抜くための指針になる)


ようやく戦いのスタートラインに立てた。


目的は違えど、信頼できる仲間たちに微笑みかける。


「さぁ、自由を取り戻す戦いをはじめるわよ!」

「「「乾杯!」」」


皆でグラスを合わせると、雲一つない青空にここちよい音が響いた。




「皇太子妃を辞めたいと、ストレートに殿下へお伝えしたらよいのでは?」


モモが純粋な瞳で尋ねると、ヒイラギが首を振る。


「この結婚は、実質、帝国に対抗するための四国同盟だ。そう簡単に放棄できないさ」

「同盟が破綻すれば帝国に侵入を許しかねません。戦争になります」


ミモザもお菓子を片手に難しい顔をする。


「それは避けたいわ。できれば円満に、迅速に皇太子妃をやめたいの」

「……いま思い浮かんだだけですが、おそらく3つほど方法があります」


お菓子をお茶で流し込んだミモザは、指を三本立てる。


「一番簡単なのが、病気を理由に辞退することですね。仮病を使うのはいかがですか?」

「私が死の淵をさまよっても、誰も気にしないもの。それは無理ね」

「なんつーか、どんまい」

「その節は大変申し訳ございません……」


皆、かわいそうなものを見る眼だ。


「次は、今回の政略結婚の目的である四国同盟が白紙になること。帝国の脅威がなくなれば同盟は無意味になります。そうすれば円満に離縁できますね」

「そりゃ無理だ。帝国の侵攻は激化している」

「停戦は現実的ではないですね……」


二つ目の案は可能性が低そうだ。首を振る。


「三案目は、皇太子が王位を継承しないこと」

「えっ!」

「おいおい、皇太子妃の廃嫡どころじゃないぞ。過激なこと考えるなぁ」


モモとヒイラギのツッコミに、見た目よりも肝が据わっているミモザは平然としている。


「殿下が王位継承を放棄し、第二王子が王位を継げば、皇太子妃も廃嫡となります」

「第二王子が王位を継承する可能性はあるんですか?」

「非公式な情報ですが現・国王陛下は現在病に臥せっているそうです。まだ第二王子は未成年ですから、このままだと殿下が王位に就く可能性が高いですね」


国王が病気とは知らなかった。


「へぇ。王妃と再婚してから姿を見ないと思ったが」

「官僚の間では公然の秘密ですが、最近では陛下に代わり、公務はすべて王妃様が担っておられます」

「優秀な方なのね」

「そのせいで王妃様が国王陛下に毒を盛っているなんて噂もあるようです」


モモが、これもただの厨房の噂ですが、と恐る恐る口にする。


「王妃様は第二王子を王位につかせたがっているために、殿下とは不仲だと聞いたことがあります」

「もしそれが本当なら、利害が一致するわね」


ここで、1枚の手紙を取り出す。


「招待状ですか?」

「ええ。実はその王妃様から、お茶のお誘いをいただいたの」

「え!」

「招待されている皇太子妃は、私だけのようだから、おそらく執事の不祥事が耳に入ったのね」


第一王子陣営を切り崩すなら、皇太子妃として役立たずなユーリに目をつけるのは当然だ。

この機に三ノ宮へ干渉して、第一王子の弱みを握るつもりか。


「噂が本当かどうか確かめる、ちょうどいい機会だわ」

「でも、そんなの敵地に乗り込むようなものじゃないですか!」


モモは心配そうだ。


「みな、お願いがあるの。王妃様と前王妃様の情報を集めてもらえるかしら」

「殿下の実のお母さまの情報も?」

「えぇ。生年月日、出身地、食べ物の好み、どんな些細なことでもいいわ」


情報さえあれば、戦い方はいくらでもある。


「さぁ、戦いの準備をするわよ」

「承知しました!」


この世界で初めてできた仲間は、力強く頷いてくれた。



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