そして片付ける。
「君も驚かないんだね?」
「あーー?どれにだ。バケモンなのは今更だ」
ヴァルからすればレオンよりも遥かにプライドのそういう面は知っている。
命令さえされていなければ、当時彼女が盗賊相手に何をやったかも酒の肴にしたくなる。ただし、その場合は当然自分の醜態も言わなければならなくなると思えば自分の意思でも口が閉じた。
むしろ、こうして見せつけられるとプライドに刃を突きつけられる男の方がヴァルは自分に重なった。当時のことは嫌なほど脳に焼き付いているが、自分は当時十一歳のガキにやられたのだから余計に腹立たしい。
ぴりぴりと焼き切れそうなほど緊張感と殺気を張り詰める男達に反し、プライドの背を見守るレオン達は落ち着いたものだった。その様子に、未だ床に転がるアレスはじわじわと目を見開いた。
彼女達が駆けつけた時と変わらず、床に転がされたまま放置されていたアレスは今も体勢は変わっていない。
しかしいつの間にか自分の背後に回ったらしい何者かに口をそっと手で塞がれていた。「音を立てるな」と一言耳に最小の声で囁かれた後は、今も何も話しかけてこない。もともと話す体力も奪われたままのアレスは、突然口を封じられた時も目を剥くだけで声すら出なかった。
このままどこかに引っ張られるなりすれば暴れたかったが、ただ自分の口を封じる以外なにもしてこない相手に今は振り返るどころか身じろぎせず静かに待った。たとえ縛られていなくても、昔から物音を立てず動かないことには慣れている。
そして今、自分は変わらず床に転がっているのにまるでいないかのように慌てふためく男達にアレスを眉を寄せた。自分の方へ全員が顔を向けたが、目が合わない。それどころか「どこにやりやがった!!」と怒号を上げられればこれはやっぱり自分は夢でも見ているのかとすら考える。その場合自分が団長を助けに殴り込んだところから夢か、返り討ちにされて気を失っているのかとそちらの方が悩むには現実的だった。
乗り込んでから人狩り集団へ身一つで進み出たプライドを心配した者は、いない。
部屋の真ん中へ進み出た彼女と数百センチ離れた程度、距離にも入らない。アーサーも、ハリソンも、そしてステイルも文字通り一瞬で彼女の窮地に駆け付ける距離だ。何より、明らかに彼女の実力では彼ら程度は敵ですらないと確信できた。
だからこそ自ら彼らの〝注意を引き付ける〟役を買って出た彼女を、黙して見守った。
自分達が暴れるだけなら、他の面々も注視されアレスを奪われまいと手を打たれる。だが女性一人、しかも大立ち回りをして見せれば間違いなく全員の注意は一時的にでも彼女一人へ向けられる。
そしてプライドの思惑通り、注目が集まるその隙に無事アレスは確保された。
透明の特殊能力者であるローランドにより透明化した彼の姿はプライド達にも確認できない。
「商品もいないのに、それが奴隷がどうかの実証など確かに不可能ですね。……ジャンヌ、そろそろもう良いでしょう」
溜息混じりに彼らへ投げかけるステイルの言葉に、プライドも息を短く吐いた。
呼吸音を一つ残し、次の瞬間には男の首に突き付けた剣を首へ空気一枚分残し引き抜く。しかしそこで終わらせず、捻り上げた手を離す直前に反対の手で男の右足を剣で切りつけた。
ぐああっ!と大げさにも聞こえる叫びと共に男が自由になった両手で右足を押さえ、床に転がる。軽い一閃ではあるが、走って逃げるには労する傷と武器を奪われた男はもう戦力にはならない。
男を突き離すと同時に一歩飛びのき離れたプライドの手にはまだ男から奪った剣が握られていた。しまう鞘もなく、しかし安易に奪い返されないように手に握ったまま一番近くに立っている敵へとその剣先を向け牽制する。
「フィリップ様、この先はどう対処するのが良いとお考えでしょう?アレスさえ奪い返せればとは思ったのですけれど……」
「同意見です。ただの喧嘩で済ませれば楽でしたが、常習犯のようですし……他にも彼と同じように違法奴隷が含まれていないとは限りません」
ちらり、と、ステイルはプライドからの投げかけに視線を檻の方へと向ける。
自分達が乗り込んできてからも騒ぐ気力も削がれているのかそれともたが無関心なだけなのか、黙して檻に閉じ込められたままの奴隷達を見定める。未だ見慣れない、人を人として扱わない光景にも顔を顰めたが、彼らの中にどれだけアレスのような状況に落とされた人間がいるのかと考えるとそちらの方が今は不快だった。
駄目もとで「この中で、不正に奴隷にされた者はいるか」と尋ねれば、何人かは手を弱弱しく上げてきた。しかしそれが本当か、助かりたいが故の嘘かも自分にはやはり判断できない。「証明は?」と尋ねれば、今度は誰も手を上げられなかった。
事実、違法に奴隷にされた人間はこういうところで確保するよりもみつかりにくい場所に隠すか、もしくは早々に売るのが常套手段だろうとステイルは冷たい思考で考える。
衛兵がまともに仕事もしないということはエルド達からも聞いたが、流石に現行犯であればそれなりに処理はしてくれるだろうとステイルは軽くレオンへと振り返った。
「リオ殿、先ほどの衛兵達はまだあの一帯に?」
「恐らく。わりと長くなりそうでしたからまだ間に合うかと」
都合が良いことに、今は仕事をする気力のある衛兵への伝手も一つあった。
自分達が合流した時にレオンとやり取りをしていた衛兵達を頭に浮かべるステイルに、レオンも滑らかな笑みでそれに応えた。
彼らののらくらしたやり取りに、わなわなと男達は武器を握る手を怒りで震わせ始めた。まるで自分達がいないように呑気に構えているのも腹立たしいが、それ以上にまるで自分達をここで制すること前提で会話していることも腸が煮えくり返った。
なにを呑気に!!と怒鳴りたい気持ちを押さえ、それよりもと無言のままに気配を消して男達も行動に出る。ステイル達が会話で注意が逸れている間にと、仲間の影を利用し一人が懐へと手を伸ばす。奴隷商としてそれなりに大きくなった彼らは、銃を買えるほどに資金にも恵まれていた。弾が勿体なく基本は脅し用でしか使わないが、こういう時にこそ使う意味がある。
機会は一瞬。懐の銃さえ確かめれば、あとは標的だけ決めて一瞬で取り出し撃ち抜くと男が銀髪の青年を睨んだその時。
ガキィ、と。剣が飛んできた。
男の近くを過ぎ切っただけの剣は、背後の壁にすら刺さらなかった。
刃を光らせそのまま飛んできた剣は半回転しながらもそのまま男にも仲間にも掠ることもなく、壁に不出来にぶつかり軽く弾かれそのまま床に落ちた。攻撃という攻撃でもない、刃が向くようにも投げられなかった上に誰にも命中もしなかったそれはその辺の物を投げたのと同じ程度の脅威でしかない。自分の方へ投げられた剣が無意味に壁にだけぶつかり落ちたことに、男は振り返りながらもほっと息を吐いた。……直後、今度は男自身の後頭部が壁へと減り込んだ。
バキャア、と耳へ直接壁が割れる音を響かされながら、壁と距離があった筈の男は何が起こったかもわからない。せっかくこれから起死回生の一撃をお見舞いしてやろうと思ったのに、と考えがその先へ行く前に意識を手放した。引き金に指を掛けたままだらりと手は懐から降りる。
男の銃が手から落ちたところで、剣を投げた構えのままプライドはほっと息を吐いた。
もともと自分の腕では剣で戦うことはできても投げるなんてアーサーみたいな大技が決まるとは期待もしていない。ただ、〝予知〟したままに男が銃を撃ち放つ前に手を止められれば充分だった。予知した先でもアーサーは銃声と共にそれを避けていたが、だからといって彼が撃たれるとわかって黙ってられるわけもない。
自分が剣を投げつければそれだけで男は攻撃の手を止め、そして注目された彼の不審な構えに騎士二人が動かないわけもなかった。
気付いた瞬間、傍にいたステイルを掴み共に避けようとしたアーサーと殆ど同時にハリソンが駆け込んだ。まだ特殊能力の使用を許可されていない為高速の足は使わなかったが、それでも持ち前の足で槍のように鋭く懐へ駆け込み男ごと銃を無力化した。
アーサーへ銃を向けようとしたのだろうと直前の身体の向きで察しがついたハリソンは、このまま男の頭がかち割れて死んでも良いと思う。檻以外は大して造りも上等ではない壁は、残念ながら男の頭より脆くできていた。
あまりにも一瞬で、男が銃を持っていることは知っていたがまだ構えてもいなかった彼が潰されたことに、仲間達も口をあんぐり開けたまま今度は声も出なかった。
「第、……フィリップ様。ご命令は頂けますでしょうか」
ぎらりと紫の眼光を誰よりも鋭く研ぎ澄ましながらの淡々とした投げかけに、ステイルは軽くプライドへ目を向けた。
もともとアレスの確保をするまで注意を引く為に誰も動かないでと命じたのはプライドだ。扉の前を塞ぎ更にはアレスを捕まえていた男達二人は現行犯で即断だったが、その後はハリソンもそしてアーサーも敢えて黙していた。
しかし、自身の隊長を狙われてハリソンが許すわけもない。冷静ではあっても許すかはまた別である。
アーサーに肩ごと掴まれ、立っていた位置から数十センチずれた場所で引っ張られ身体ごと傾いているステイルもまた、それは同じではある。
もう実行犯の男は意識を手放している為気は済んだが、プライドへ目を向ければあまりにも容赦ないハリソンに口端が小さくヒク付いていた。
可愛がっているアーサーへの攻撃だからか、と察しながらも現時点で一番大怪我にあたるだろう男性を凝視し、ステイルの視線にプライドも気付くのが遅れた。コホン、とステイルが咳き込みで呼びかけてやっと気づいた。
彼の視線の意図とハリソンの投げかけを結び付け、プライドもそこで口の中を一度飲み込んだ。状況によっては誤解を解いてアレスだけ回収する気もあったが、あきらかに彼を商品にするつもりらしい話し声と縛られたアレスを見ればもう間違いない。ここに来るまでにレオン達から聞いた情報からも彼らの有罪は決まっている。
「……一人か二人、まだ確認したいことがあります」
ぽそりと、まるで独り言のように呟いたプライドはそこでコクリと頷いた。
彼女からの攻撃許可に、ステイルが「二人は意識を奪わないように」と指令を出すより一秒前にハリソンの目が光った。追ってステイルの命令を脳へと遠しながらも、早速また手近な男へ今度は剣を鞘ごと掴み振り被った。ガコン、と鈍器と化した剣に殴られ男が鼻血を拭いたところでアーサーも同じく掃討すべくステイルの傍から駆け出した。
先ずは何処よりプライドの傍にいる敵から潰すべくハリソンと別方向に床を蹴りながら、声を張り上げる。
「ッハリソンさん!!!!全員潰しちゃ駄目っすよ!!!?」
二人は残して下さい!!と、ステイルとプライドからの指示をちゃんと聞いていたのかも不安になり繰り返せば、その大声は小屋の外で見張っていたアネモネ騎士にまではっきり届いた。
アーサーがプライドの近くにいた敵をその隣の仲間ごと長い脚で蹴り飛ばし、反動で一瞬だけ宙にふわりと浮いた。着地と同時にハリソンから「聞こえている」と短い返答はあったが、そう言っている間も別の標的へとナイフを三本投げ放った後だった。ただ投げるだけだったプライドの剣と違い、間違いなく刃先が一点へと刺さるように投げられたナイフは一度に男の両足と右手の自由を奪う。
許可を下ろされた瞬間、瞬く間の内に敵を掃討する騎士二名が場を制するのに、三分も掛からなかった。
床に今も転がっているだろうアレスと、彼を保護するローランドに当たらないように敵が辿り着く前に潰すことを徹底した彼らの攻撃を眺めながら、プライドはふう……と息を吐く。いま自分の目には見えないがそこにいるであろうアレスの方へと目を向ける。
本題はこれからだと、そう思いながら。




