Ⅲ61.越境侍女は備える。
「でも、アレスお兄ちゃんとラルクさん仲良くしてるの見たことないよ……?」
「庇うっていうよりもむしろただ諦めてるだけじゃ……」
間違いないって!と全力で二人に大きく首を、振るクリフ君は、確固たる自信があるようだった。
そうかな?と女性陣二人は疑問のままに細い眉を寄せていたけれど、今は本当に彼の情報に助けられる。ゲームの設定通りなら、きっと彼らの言葉はどちらも間違ってはいない。
アーサーに肩を支えられながら、自分の記憶が押し寄せるのに比例して全身の血が引いていくのを感じる。アラン隊長とカラム隊長が大丈夫かどうかも確認しないと。……ものすごく聞きにくいけれど。
第二作目の後で油断していた。ラルクについても未だに思い出せた部分があってもまだしっくりこないのも不安だけれど、とにかく今思い出したことはそのままにしておけない。止めないといけないのが一気に二人も増えたことにすごく今から心臓に悪い。
バクバクと心臓がまだ煩いけれど、手のひらでぎゅっと押さえながら口の中を飲み込んで落ち着ける。アーサーに「大丈夫」とお礼を言って自分の足でしっかり立つ。
肩を支えてくれる右手を、代わりにぎゅっと掴ませてもらった。それだけで心臓が少し落ち着く。
私の緊張が移ったのか、今度はアーサーの手がビクリと大きく震えた後に強張っていくのが手のひらに伝わった。けれど今は気持ちを貸して欲しい。
「……そのラルクは、今どうしていますか……?」
息も切れそうな感覚で、尋ねる。
さっきよりも落ち着けて話せたと思うけれどそれでも緊張は彼らにも伝わったのが空気でわかった。言い合う彼らがぴたりと止まり、私を見返す視線が片膝のままのステイルも綺麗に合わさっていた。恐らくステイルも私の〝予知〟関連だと気付いてくれている。
問いに、一拍置いてからリディアさんが「私達が最後に出た時は」と怖々とした声で答えてくれた。演目やサーカス団での立場こそ伏せられたけれど、彼女達よりも古株のラルクがどういう状況で、……どう、思われているのか。
「……なので、私達も今はもうあまりラルクのことは。ただ、アレスと同じであの人も団長を探すことには否定的でした」
でもだからといってあの二人が仲が良いとはとても、と。そこは首を捻る彼女は嘘を言ってはいないとわかる。
やっぱり予想した通りの状況に顔が勝手に苦くなる。今これから注意すべき問題を頭の中に浮かべながらも「そうですか」と言葉だけでも納得させる。
まだ違和感の残るラルクだけど、とにかく彼の為にもアレスの為にもこれ以上一線は越えさせないのが最優先だ。
最後にぎゅっとアーサーの手に力を込めてからゆっくり指を解き、離す。同時に深呼吸を意識して、なるべく自然な笑みで笑いかける。
「とても、参考になりました……。リディアさん、ユミルちゃん、クリフ君。本当にありがとうございます」
侍女らしく最大限の礼を尽くし、頭を下げる。
特にクリフ君は本当に助かった。初対面である私達に一番警戒してたのに話してくれたのは、やっぱりユミルちゃんとリディアさんのお陰だろう。
私が頭を上げてからステイルが御礼を重ね、三人に酒場の場所を教える。その間に私は今思い出した前世の記憶から、備えるべきことを精査する。
今、思い出せた中で一番危機的なのは恐らくアレス。いつになるかはわからない、だけど今のうちに手は打っておかないと。昨日アラン隊長とカラム隊長に調査と並行してお願いした
団長が帰ってきた時の〝護衛〟だけじゃ、きっと足りない。
「フィリップ様、少しお時間宜しいでしょうか……⁈」
本当にありがとうございました!とリディアさん達にお礼を告げ、私達は一時離脱する。
さっきの人影の少ない通りへ移動し、声を潜めてステイルに必要最低限だけお願いする。一応気配は気にしているけれど、仮にも貧困街にいる以上どこで誰が話を聞いているかわからない。ここでは「予知した」の一言も話せない。
今思い出したゲームの設定の中で、緊急性が高い部分だけ伝えてカードを書かせてもらう。
ペンとカードをステイルから借り、ここは機密性優先で私が直接書く。私の書くカードの内容をステイルだけでなくアーサー達にも覗き込んでもらう形で共有した。私がカードへ素早く書き切れば、四人分の息を飲む音が聞こえた。
……まだ、杞憂だったら良い。けれど、思い出した以上は手を打たないと。
今夜にはアラン隊長とカラム隊長からも話を聞ける筈だし、そこで詳しく話そう。取り敢えずは今すべきことだけ伝える。
ステイルが渡したカードをポケットに仕舞うふりをして瞬間移動させてくれた。カラム隊長か、アラン隊長かどちらに送ったかはわからないけれどきっとすぐに共有してくれるだろう。
二人にサーカス団への調査と重ねてお願いした依頼。サーカス団の団長がもし帰ってきたらその時は守って欲しいと彼らに任せた。あくまで調査をしながらだけど、団長が帰ってきたらサーカス団も大なり小なりの騒ぎになる筈だし潜入中でも問題なく気付ける筈だ。もしくは、私達の誰かが今度こそ団長を確保できればそれでも良い。
……ただ、今の指令は少し難しいかもしれない。彼らは既に、ジルベール宰相の提案のもとにそれぞれのやり方でサーカスへ潜り込んでいる最中だから。
〝アレスのことも守って下さい〟
そしてラスボスへの注意。今さっき書いたカードの内容を思い出しながら、私は胸を両手で押さえる。
サーカス団も決して安全が約束された場所とは限らないと、今はわかる。それでも潜入したい意志は変わらないけれど、とにかく彼らとそしてアレスを守らないといけない。
アレスはまだ団長を探しにいくことに反対してるようだし、容易に外には出ないと思いたい。今は貧困街が近くにいるし、サーカス団員自体も気軽に出はしない筈だ。ならば同じテント内にいるアラン隊長とカラム隊長二人はそれだけでも別行動でもアレスを守りやすい立場にある。
「大丈夫だと良いのだけれど」
「大丈夫です。新入りでしたら伴う理由にもなりますし、それに今夜には合流しますから」
願うように自分へ言い聞かせながら、私は改めて貧困街での聞き取り調査を始めた。
…………
ガチャン、ガチャン。
金属音が不規則に響かせる中、男達は笑うこともなく機械的にただ働く。
既に日常に溶け込んだ行動一つ一つに罪悪感など覚えない。檻の中に閉じ込められる商品に情も沸かなければ、優越感も今更嘲る気もない。肉にされる家畜をみるのと同じ感覚で、ただ檻の鍵を開けては再び閉めていく。
暴れて面倒な商品は檻の中で更に鎖や枷で、高い薬は使用しない。たとえ暴れても脅威にならない者は檻の中にただ纏めて詰められる。
「今月は売上も順調そうだな」
「売れるのが互いに一番だ。こっちは稼げて餌代も減るし、こいつらも俺らに管理されるよりは大概まともな生活になるだろ」
ちげぇねぇ、と。そこで片割れが初めて笑い声を短く漏らした。
商品が自分達の会話を聞いていることもわかった上で、しかし横槍を入れられるとは思わない。そんなことをすれば鞭を振るわれ食事を抜かれる彼らはただただ黙することが正しいと知っている。たとえ、自分達への扱いが最低以下なのだと思い知らされても、殺されるよりはマシなのだから。
今日は昼飯どうする?と仲間同士で語らいながら、シャベルで奴隷に〝餌〟を檻の鉄格子の隙間から与えていく。ボトト、と半液状の物体が、月単位で洗われていない器へと注がれる。
奴隷商人とはいえ、奴隷の扱いは方針によって様々だ。肌艶の良い、質の良い奴隷を店頭に並べたければまともな〝食事〟も与える。今後の奴隷が自分を買った主人達に良い扱いをされていると錯覚させる為に敢えて粗雑な扱いをして教育する店も、……ただただ少しでも利益を得る為に死なない程度に餌代など経費も手間も削る店もある。
奴隷大国の支配下の元、法律の中でも奴隷への扱いはたとえ〝どう〟死なせても何ら咎められるものはない。
「ま、次もさっさと仕入れねぇとなぁ。どうする?あ〜あ、貧困街なんざなけりゃあなあ!」
「仕方ねぇさ。そういうのは奴隷狩り連中に任せときゃ良い。俺らはただ売るだけだ」
「店長も目玉商品探しに国外出ちまったしよぉ、さっさと連中が良い商品狩って補充してくれりゃあ良いが」
あくまで自分達は商品を管理し、そして売るだけ。
用心棒も兼ねる奴隷狩り達は、昔は日中も狩りに闊歩していたが今は夕方までは基本的に建物の中で寝入っていることが多い。日が暮れ夜になればそれだけ人も狩りやすい。
奴隷への管理も質も最低店の店だが、それでもこの地では長く生計を成り立たせている方だ。奴隷の見かけも頭も気にせずただ労働力が欲しい客が、格安で手に入れることができる。奴隷の補給も管理も売り出しも人手を増やすことで中間業者を通さず賄い、自分達で賄える商売ならばなんでも手を広げ幅広く取り扱うことが功を評した。奴隷狩りも雇うことで人に恨まれる仕事も恐れずできる。
「そういや今朝来たあの商人達なんだと思う?市場通りの店のとこに来た、あの」
「ああ人探しと奴隷探ししてた連中だろ。ぶっ!はは!!フリージア人なんかこんな簡単にあるかよって話だよなあ!」
よし休憩だと、笑い飛ばしながら肩をぐるりと男は回す。
市場の中でも店に立ち寄れば人探しと、そしてよりにもよって希少なフリージア王国の商品を探した彼らはそれなりに印象には残った。しかも奴隷は買わずともそれなりに役立つ話さえすれば、ある程度の金までくれる。
「貧困街のことなんざ、なぁ?ありゃあもう誰も話す気あるわけねぇぜ」
「人探しっつってたから貧困街にいるとでも思ったんじゃねぇの?ほんっと……どうにかできねぇかなぁあの害獣共」
自分達の中では屈辱であり、恥にも近い。
誰もが口をつぐみ、今後も話そうとは思わない。全て引っくるめて無かったことにし、今後も黙認し続けることが彼らにとっての長生きの仕方だった。
貧困街が目障りなのは間違いないが、それは決して街の治安や正義感からではなくただただ自分達が商売しにくくなった程度。貧困街を敵に回すよりも、避けながら遠回りでも順調に商売できる道を選んだまでだ。結果として今も自分達はこうして順調に立場を得てる。
互いに肩を含め、首を窄ませ、眉を寄せながら彼らは一度奴隷置き場から出……ようとした、その時。
ガシャアアンッッ!!!
「ッどこだァア!!」
突然、外から凄まじい怒号が轟いた。
内側から掛けていた筈の鍵が扉ごと壊され悲鳴を上げ、聞き覚えのない声が彼らの鼓膜を殴る。
敵襲など初めてではないが、それでも突然の明らかな敵意と攻撃に置き場から出ようとした男達も一瞬肩を硬らせた。しかしそれも本当に数秒だ。直後には臨戦体制へと切り替え、奴隷の餌用のシャベルを握り、懐のナイフを確かめ、扉の左右傍で一度構える。
一人が扉を小さく開け、隙間から覗き込めばちょうど声の主が自分達のいるこの部屋に長物を振り上げていた。
扉ごとやられると、覗き込んだ男は急いで扉を閉めたが鍵はない。奴隷をしまう為だけの部屋は、外からの鍵しか存在しなかった。
扉を壊されはしなかったが、代わりにバタン!と勢いよく扉が襲来者によって蹴破られる。
なんだこいつ!!どういうつもりだ?!何の用だ!と誰もが声を荒ぶれさせる。現れた襲来者に負けぬ声で怒鳴り、威嚇しつつも奥で寝ている奴隷狩り達が起きてくるのを待つ。
扉を蹴破った男は、瞳の奥が燃えていた。
ギリリと歯を軋ませ、殺意した持たず長物を肩まで振り上げる男は、目の前の男達相手に多勢で無勢であることも気にしない。ギロリと鋭い目で檻を見れば、奴隷達の誰もが怯える声と悲鳴を上げ餌を掬い上げる手も離し、背後へ腰を落としたまま後ずさった。
男達も負けじとシャベルやナイフを構える中、男はもう一度声を荒げる。答えなければ殺すと言わんばかりに歯を剥き喉を荒げる。
「ッ団長をォ‼︎‼︎どこやったっつってんだァ!!!」
そう、怒り赤い視界の中でアレスはまた団長を探す。
騒ぎを聞き付けた奴隷狩りにまで敵うわけがないとわかっていても、止まる気は微塵もなかった。




