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そして貿易王子は狙う。


「でもよく知っていたね。ああいう異国の奴隷なんてそれこそ珍しいのは事実だろう?君、そういう人達とも関わったことでもあるのかい」

「あんな海向こうの連中まで狩れるわけねぇだろ。あの店の商品みりゃあ、……、………………」

「?」


突然、さっきまで淀みなく話していたヴァルが急に口を閉ざす。

言葉が止まったことを不思議に思い、ヴァルの背後からその隣に並んでみたレオンはそのまま彼の顔を横目で覗き見る。眉を寄せたまま、口を片手で自ら覆っている彼の様子から何か言いたくないことを言いかけたのかなとそれだけは想像できた。

彼の前科時代の何かか、それともやはり自分と同じ肌の人間達が並んでいたことに思うことがあったのかと考えるがそこまでだ。途中で言葉を止められては、事実を探り出しようがない。そして、過去のことも口籠ることがない彼が自ら止めたそれを、無視に聞き出そうと思わない。

どうかしたかい?と、体調の心配だけの言葉を投げてみれば、ヴァルからは沈黙だけが返された。


ヴァル自身、うっかり舌を滑らせかけた自分にまだ理解が及ばない。

ヴァルも実際にそこまで異国の人間と裏稼業でも商品にも関わったことはない。国外の裏稼業とはいえフリージアとアネモネの狭間を根城にしていた組織は、地続きの国の人間しか網にもかからなかった。しかも自分は奴隷を売り買いする中間業者ではなく、ただ奴隷にできる人間を捕まえては売り飛ばしていただけだ。奴隷市場に行けばある程度商品も目にしたが、逐一売られていく奴隷に興味を向けたこともなければ自分が買おうと思ったこともない。奴隷事情にはいくらか詳しくても、言葉の通じる人間がいることすら知る筈がなかった。


それを知っている理由など、ヴァルにとっては前科がつくより遥かに昔の記憶だけ。


ちょうどあの店に自分と同じ褐色肌の人間も売られていたから、どうせそういうことだろうと察しがついただけだ。

しかしそれを言えば、最終的にケメトとセフェクの名前の話になりそうだと思えば危機感を覚え早々に口を閉じた。以前にセドリックに何故かバレかけたことを思い出せば、王族相手にもう同じ墓穴は掘りたくない。

その危機が過った瞬間早々に手を打ち口を閉ざしたヴァルだったが、今の戸惑いはそこではない。

うっかり自分がレオン相手にそんな昔のことも含めて話そうとしたこの口だ。


昔語りなど好きでもない自分が、ケメトやセフェクでもない相手に何故ぺらぺらと口が回ろうとしたのか。

自分で物理的に口を塞いで冷静に考えれば、今の今まで少し話過ぎたと今更になって自覚する。異国奴隷の話なんかは「知らねぇな」の一言で流せば良かったし、あんな押し売り男などどうせフリージアを取り扱っていないとわかった時点で無視して通り過ぎれば良かった。市場に出されている分は一目でフリージアか違うか程度の判断はできる。


うだうだと引きずっているレオンに対しても、本人が言わないならわざわざ自分が掘り返してやる必要などなかった。どうしてこんなに自分は舌に脂が乗ったんだと思いながら、塞いだ手の下で二度舌打ちと繰り返し牙のような歯を奥まで食い縛った。

自分で思っていたよりもこの奴隷市場巡りにお喋りになるほどに飽きていたのだなと無理矢理頭を納得させ、それ以上は考えないようにする。今更過去のことになど拘る気はさらさらないが、だからといって昔語りなどをする自分は吐き気がする。


「……そういえば、さっきの男に貧困街や団長とサーカスのことは探りをいれなくて良かったのかい?」

「アァ?……この辺の奴隷も取り扱ってねぇ店があんなジジイやサーカスに売れるような芸持ち取り扱ってるわけねぇだろ」

「貧困街については?」

「めんどくせぇ。どうせ同じだろ」

二分近い沈黙の後、何事もなかったかのように変えられた話題にヴァルも今度は返事も早かった。このまま前の話題を持ち越すよりはずっと良い。

揃って奴隷市場を歩き値踏みしながらも、もっとまともな情報を持ってそうな店はねぇかと目を凝らす。


奴隷市場で集める情報はなにもフリージアの奴隷の取り扱いだけではない。消息不明の団長に唯一接触して顔を確認できた二人は、二度目の遭遇と発見も比較しやすい。

更にはプライドが調査していたサーカスと奴隷の繋がりもその容疑が完全に晴れたわけではない。これから起こる変化か、それとも既に前科があるのかは謎のままだ。

少なくともほんの一年ほど前までは、フリージア王国の人間であろうとも正式な売買手続きを奴隷容認国で行えば合法だった。その間に特殊能力者目当てにサーカスが奴隷を買い取っていた可能性は充分にある。

昨日の調査とプライドの予知からも、サーカス団の一人であるアレスは特殊能力者であることがほぼ確定している。

ヴァルの言い分にレオンも「まぁそうだね」とすんなり肯定する。もともと自分もそれが心配でわざわざ確認したわけじゃない。


「今のところは団長は無事かな。昨日のあの姿じゃ間違われそうで奴隷狩りに遭わないか心配だけど」

「昨日まで無事でいやがったんだ。野宿さえしなけりゃあわざわざ狙われねぇだろ」

聞き回った時点で、団長の情報は何もなかった。そういった容姿の男ならばいくらでも取り扱っている店はあったが、昨日から仕入れた〝新商品〟の中に彼はいない。昨日も平然と酒場に通っていたことからも考えて、団長は世渡りも上手い方なんだろうとヴァルは考える。サーカスという大規模商業を経営していることから考えてもそういった術には長けていると考えた方が正しい。粗末な恰好ではあったが、それでも貧乏人と思える程度。奴隷狩りが狙うには僅かだが敷居が高い。

レオンには見通されたが、長年の付き合いの店主にも正体を知られず、そしてサーカス団を抜け出してまで探しに来た団員にも足取りの掴めなかった男である。


途中で、レオンの視線が止まる。「あの店とかどうかな」と比較高級志向に見える店構えにヴァルの肩へ手を置き、視線で差す。

通り過ぎる手前ばかりに目を通していたヴァルも、仕方なく視線を上げれば確かに目ぼしいと考える。他の屋根や檻しかない青空状態と違い、背後に荷馬車が控える店。その中でも立派な荷馬車が控えているのは奴隷の在庫が豊富か、もしくは安易には見せ開かせられない奴隷を取り扱っている場合が多い。

狙いを定め、僅かに足を速める。途中、レオンの手が乗ったままなのを気付き肩を回し振り払う。歩み寄れば自分達の視線に気付いた店の男は「いらっしゃい」と落ち着きのある声で迎えた。

良い商品あるよ、とお決まりの言葉を言う男に早速レオンが問いかける。フリージアの商品は取り扱っているか、昨日から仕入れた商品はあるか、そして。


「今この街に来ているケルメシアナサーカス団に商品を卸したことのある業者とかは御存知ですか?」

「サーカスぅ?やっぱりあそこの仕入れってそうなのか。どうにも毎年入れ替わりが多いと思ったが……少なくともうちで買われたことはねぇな」

フリージアの品はない。団長らしき新商品も覚えがないと答える男は、最後の問いに眉を寄せた。

この街で商売を続けて二十年以上にもなると語る男は、サーカスも常連客でもある。しかし、今まで一度もサーカスが奴隷を仕入れたという話はパボニアでは聞いたことがない。商売仲間の内でも商品がサーカス団で働いたと聞いたこともなかった。

そう語る男にレオンも言葉を選び、誤解は解く。サーカス団に興味を持ってきたが、そういう人材を手に入れるのもてっきり奴隷市場で有望な人間を購入しているのかと思ったと続けるレオンの言葉に男は「なんだ」と肩を降ろしてから片手を左右に振った。この辺の市場のことは詳しいが聞いたことがないと断言する男にレオンは言葉を返しながら、思考の中では首を捻る。

少なくともプライド達の話では、サーカス団に所属していたという貧困街の少女は自分が「元奴隷」で、他にもそういった人間がいると告白していた。

ならば、彼らはどうやってサーカスに行きついたのか。やはりラジヤ周辺を回っているということからも、ここ以外のどこかで仕入れているのだろうかと考える。


「そういう噂がねぇわけでもねぇが。逆にサーカス団員を奴隷として買い取らせて欲しいって業者が多い」

サーカス団の演目を見て、安く買いたたいて金持ちに売り付けたがる業者は多い。未知のショーを繰り広げ続けるサーカスに、特殊能力者がいるという噂は大昔からある。しかし、少なくとも業界内でそれに成功した業者を聞いたことがないと男は続ける。

サーカス団は確固たる団結力を持ち、団員が抜けることは許しても売ることは認めない。華やかなショーで観客は歓迎されるが、そういった申し出は水をかけられ唾を吐かれ力尽くでも追い出されると。その言葉を聞きながら、レオンはなるほどと深く頷いた。

自分達が訪れた時に拒まれたのは、単純に開演前だったからだけではないのかなと推理する。


「団長が捨て値の奴隷をどっかで買い叩いて芸を仕込んでは高く裏で売り飛ばしてるって噂なら聞いたことあるな。まぁ、どうせ断られた業者の嫌がらせだろうがよ」

実際入れ替わりもあるサーカスで、そうやって経営を回しているんだろうと根も葉もない噂だと男は笑い飛ばす。

似たような噂なら他の市場でも聞いたことがあるなと、レオンは二番目の市場での話を思い出した。大したことのない噂話だと思ったが、こうして二度目になると少しだけ引っ掛かった。

昨日会った団長を思い出すとそういう男にも思えなかったんだけどなと、少しだけ情のようなもので疑いたくもなる。だが、そんな個人的感想で目を曇らせるわけにはいかない。

ここは第三者の意見も聞いてみようと、さっきまで隣で黙して聞いていたヴァルへ視線を向ける。


「……どう思う?」

「噂なんざ火種でもどこでも降って湧いてくるもんだろ。団長がやらねぇでも、サーカス団の誰かがやれば責任は団長だ」

欠伸混じりにどうでも良さそうなヴァルの言葉に、レオンも一理はあるかなと考える。

火のない所に煙は立たないが、誤解やなんらかの事実がねじ曲がってそうなる可能性は充分ある。レオン自身、噂の恐ろしさは身に染みてよく知っている。噂の全てが真実ではないということも、よく。

そうして棒立ちで考えるレオンと、めんどくさそうに顔を顰めるヴァルに店主の男もさっさと商売に戻ろうと話題を自分から戻す。そんなことよりどうだい、答えてやったんだから一人くらい買ってくれよと、並ぶ檻の中を手で示す。

しかし、もとより奴隷を買う気のない二人はもう少し情報を引き出すか去るかしか考えない。「フリージア人しか買う気はない」と言えば、これまで通りに「うちにはないからな」で済ますことのできる売り文句だ。

しかし今回の男はそれなりに良い情報をくれたと、レオンは奴隷は買わずとも情報料金程度は置いて行こうかと懐に手を伸ば




「フリージア人はいねぇが、隣のアネモネ人の奴隷なら一匹荷馬車にいるぜ」




似た顔だろ?運が良かったら血ぐらい混ざってるかしれないぜと、愛想の良い笑みを浮かべながら背後の荷馬車を親指で差す店主にレオンの表情が凍り付く。

今はほとんと廃止が済んでいるとはいえ奴隷容認国ではあるアネモネ王国ではあるが、……自国では奴隷を売ってはいない。奴隷に堕ちるのはあくまで重罪人の刑罰で、それも売買用ではなくあくまで国内での強制労働者としての取り扱いのみで定めている。


一概には言えない。異国で刑罰や借金の過多に奴隷堕ちした可能性ももちろんある。

しかし直後には「今なら〝綺麗な〟状態だ」と言われれば、間違いなく男の背後に控える馬車の奥にいるのは……と。それは、レオンだけではなく護衛のアネモネ騎士も、そして本当に起きた展開に嬉々として商人の男へ悪い笑みを浮かべるヴァルも、全員が一瞬で理解したことだった。


「へぇ」とレオンの零す声は今日一番低く、平たい。

懐から財布を出そうとした手が止まり、絶対零度よりさらに低い温度の目で男を見下ろす。フリージア王国のように奴隷制のない国の民であろうとも、その後に正式な手続きをされて売買された奴隷の取り扱いは違法ではない。もうその国の〝物〟である。

ここでレオンが己が正しい立場を主張したところで、正式商品なら男に返還義務はない。他国の王族にできることなど、正規の方法で購入した後に〝解放〟という形で奴隷から人間としての立場に戻してやることくらいである。正規であれば。


急に身体が寒くなってきたのを感じながら男は笑顔を維持する。

目の前の客が、もともと強面の人相に見えた青年が、その眼差しすらも研ぎ澄まされていくのを不思議に思いながらも客商売に徹する。この界隈が長い男にはそれぐらいの心臓がなければやっていけない。……しかし。


「とても、興味深い。是非荷車のその商品を確認させて頂けますか?」


冷たく妖艶に光る眼差しと目が合った瞬間、今度こそ全身の血が冷え切った。

逸らすこともできず、愛想笑いの余裕もなくとうとう強張る。もともと機嫌も絶好調ではなかった第一王子に見降ろされた男は、何故そんな目で睨まれるかよりも爪先の震えが正直だった。


「前金で取り置きも可能でしょうか」と滑らかに笑む今の青年は、今まで会ったどの同業者よりも凶悪に映った。


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