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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
我儘王女と旅支度
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そして成立する。


「因みに、できれば色や設計は地味なもので頼みたい。通常の眼鏡に近いものなど……」

「ハァ?!やだ!!あれ格好良いだろ!!?絶対変えねぇからな!!どうせ掛けてりゃ透明人間みたいなもんだし良いだろ!」


さっきまでとは違い、絶対聞いてやんねぇと言わんばかりにネイトは一度カラムを睨んだ後、背中をぐるりと向けた。

あまりに拒絶を全身で表すネイトに、カラムも眉を寄せて息を吐く。格好良い悪いではないのだが、作る本人が拘っての設計ならば仕方がない。ステイルとプライドからもそこまでの指定はない以上、余計なことを言って受けてもらった仕事自体をなかったことにされる方が困る。

「そうか」とたった一言で諦めの意思を示すカラムに、ネイトはフンッと鼻息荒くしたまま今度は振り返らない。自分の中で格好良いと思ってああしてやったのにどういう理由でも文句を言われるのに胃の中がグツグツ煮えた。


「ジャンヌ絶対連れて来いよ!連れてこれねぇならアレだ!!あの、遠征!遠征カラムが断れよ!!どうせ騎士なんか代わりもたくさんいるだろ!」

「そればかりは決してできない。遠征である以上、どのようなものでも危険は伴う。騎士隊長である私がそれを他者に押し付けるわけにはいかない」

ちょっとした憎まれ口につもりで叩いた言葉に、真正面から両断するカラムにネイトは喉が詰まるような感覚を覚えた。

カラムが〝隊長〟という立場なのも、少なくとも伯父よりは強いだろうこともわかっているネイトだが、やっぱりちょっとは危険なところに行くんだなと静かに理解した。ねじ二本分くらいは「行かない」を期待したネイトだったか、それは叶わない。

ネイトが心配してくれるのは嬉しいカラムだが、カラムもそればかりは譲れない。騎士が上から任務を命じられれば従うのが原則だ。しかも近衛騎士である自分が危険地帯へ向かうプライドの傍にいないなど許されない。何よりも自分が離れたくはない。

今度は無言で言い返してこないネイトの背中を見つめながら、前髪を指先で押さえる。これ以上の問答は繰り返せば余計に意固地になりかねないと考える。

ネイトが遠征と聞けば少なからず心配してくれるだろうと思ってはいたカラムは、前もって持参していた物を服の内側から取り出した。


「ネイト。ところでこの発明についても聞いて良いか?」

「……なんだよ」

唇を結びながら首だけで振り返るネイトは、それでもカラムの柔らかい口調と発明の一言に反応する。話題が変わってくれたことにネイトも正直ほっとした。

カラムが服から取り出したのは同じ形をした三つの物体だった。ネイトから貰った大量の発明を、こうして訪れる度に数個に分けて用途と使い方を尋ねることにしているカラムだが、その中でも持ち運びやすい三つを今日は選んだ。今回はあくまで任務であり、自分の休息時間でも休息日でもない。

本来ならばこうして聞く時間を設けるのも控えるべきだと考えたカラムだが、ネイトに何かしらあった時に彼の気を紛わすには効果的だった。発明の説明をする時は、必ずネイトは目を輝かせるのだから。

せっかく仕事を受けてくれた彼に、こんな状態で投げて帰りたくはないと考えるカラムからの配慮に、ネイトも気付くことはなくとも食いついた。「わっかんねぇの?!」と不要に大きな声を上げ、わざと仕方がなさそうに言い返す。


「どれだよ⁈見ればわかんッ……あー……」

風を切る勢いで振り返り、カラムの手にある物を見て一気に勢いが削げた。

眉をぎゅっと寄せた顔が伸び、カラムの顔からその手にある物へと注視した。あの形のまま口が止まる。その反応に、やはりネイトの目から見ても「見ればわかるだろ」とは言えない物体なのだなとカラムは考える。シンプルすぎるあまり理解も難しい。


カラムが手に示して見せたのは三つの輪だった。一箇所だけ留め具があるだけで、用途が全くわからない。腕輪にも見えるが、三つの輪で何かするようにも思える。留め具部分を外して繋げるのか、それとも同じものを三つくれたのかの判断も難しかった。

急に言葉数がなくなったネイトは、おもむろに立ち上がる。発明途中の器具をカーペットの上に置き「貸せよ」と椅子に掛けるカラムへ歩み寄った。

「これはこっちとこっちの二個で、えーと……取り敢えず手にこうやって……」


ガチャンガチャ。


「…………。ネイト?」

カラムには聞き覚えもある二重のその音に、反射的に肩が強張った。

大人として平静を保つが、嫌な予感が頭を過ぎりながらネイトを見返す。視線の先では未だにケロリとした顔で、ネイトがカラムの左手に輪っかを二個纏めて取り付けた後だった。

左手だけだから大人しく着けられたカラムだが、これが両手だったら間違いなく着けられる前に回避していたと自覚する。特殊能力者の作った輪、しかも稀代の天才少年の作った物であれば十分こういう形状もあり得る。

だが、うっすら手のひらが湿るカラムの焦燥は知らず、ネイトはつんつんと手首に装着された輪を突いた。その途端、二重になった輪の内の一つが凄まじい光量を放ち出す。

一瞬、閃光弾かと過ぎるほどの光にカラムも左手を遠退かせ、右手目を隠し顔を背けた。まさか爆発するのではないかとまで思う。が、それ以上は何もない。


「留め具触るとすげぇ光る」

「わかった、わかったが消すにはどうすれば良い?」

光るだけ。そうネイトから確認が取れたカラムは胸を撫で下ろしながらも、まずはこの光の塊をなんとかしたい。

一度手元から外そうと眩しさに耐えきれず腕輪を掴んだが、……外れない。ベルトのように完全に自分の手首の大きさに固定された為、抜くことも不可能だった。最終的に光が漏れないように反対の手で掴み覆う。ネイトから留め具をもう一度押せば止まると言われ、目を絞りながら手早く留め具部分を手首の触覚だけを頼りに把握し触れた。指が触れた途端、さっきまでの眩しさが嘘のように消える。


「ネイト。これの外し方は?あと光る以外の効果は無いか?輪は二本で一組ならば残りの一本は」

いや先ずはやはり外し方をと。

カラムにしては珍しく纏まらない早口になる。片手だから良いが、やはり固定されたものが外れないのは落ち着かない。

慌てる様子のカラムが面白くなったネイトも、わざとすぐには答えない。「し〜らね」と言いながら残りの一本を手に後頭部へ回し、のんびりとした足取りで元の作業場所のカーペットへ戻る。

「ネイト!」と声を上げるカラムもこれには席から立ち、逆に歩み寄った。カラムも特殊能力で力尽くでならば取れないかと過ぎるが、ただ光るだけの輪を破壊するのも気が咎めた。


「外し方はちゃんと教えてくれ。最低限の使用説明だろう」

「うっせーばーか!むかつくからもう一個はやんね」

「ネイト。外し方は」

「……。あと二回使い終わったら外れる」

振り返ればすぐ鼻の先まで迫ったカラムに肩へ手を置かれ、仕方なく答えた。

しかしネイトの返答に、カラムはがっくりと目に見えて肩を落とした。つまりはあと二回あの眩しい光を使用するまで取れないのかと。ここで連続して二回外すのは簡単だが、しかしネイトの折角の発明を無駄遣いするのもと考える。

手首に気にならないわけではないが、戦闘で邪魔になるほどの違和感はない。やはり一度外すかと考えながら二重の腕輪を纏めて掴みつつ腕を摩れば。


「無駄遣いしたら爆発するからな」

「流石に嘘だろうそれは」


あまりの条件に、カラムもすかさず言葉を入れる。

しかし「い」の形で意地が悪く笑って見せるネイトは敢えてそこで認めない。へへーんと笑いながら「良いだろ付けてろよ」とだけ返し、自分も返さないと言わんばかりに没収した一本を左手首に付けた。ちらりと見れば本数は違うが、自分とお揃いの腕輪だ。

フフンッと鼻歌混じりに腕ごと腕輪を摩るネイトにカラムは、……勘付く。


「……ネイト。まさかこちらの腕輪、───────……?」

ギクリ、と。

腕輪一本を指で引っ掛け撫でながら尋ねるカラムの言葉の続きに、ネイトは分かりやすく顔色を変えた。

さっきまで上機嫌になったネイトが、最初とは異なる方向に気分が急落下する。ギギギ……と強張った顔と滝のような汗を溢れさせるネイトは、今はカラムと目が合わせられない。なんで、どうしてわかったのかと図星を突いたカラムに思う。

手首を押さえながら思わずカラムから背中を反らし、逃げたいが自宅では逃げられない。ちらっと目を向ければ、先ほどよりも真剣な眼差しの赤茶色の眼光に留められた。

久々に受ける眼差しに今度は怖いもの見たさのように逸らせなくなる。

認めたらそれこそ自分では逃げきれないくらい本気で外す方法をカラムに言及されることになる。今まで学校でも一度もカラムから逃げられたことがない自分では勝ち目は無い。

喉が異常に乾くのを感じる中、とうとう「ネイト?」と低めた声で言われればもう耐えきれない。


「な、でわかっ、……。〜っ」

「君の発明を知っていればわかる」

やはりか、と。

ネイトの返答に、自分の予測が合っていたことを確信したカラムは腕を組む。

じわじわと滝の汗が溢れさせごくりと喉が鳴らせるネイトは、怒られる前のように肩幅から背中まで丸くなった。カラムが思っていたよりも馬鹿じゃなかったのだと知る。

むしろ本当にそれだけで気付かれたのが信じられない。まさかカラムは心を読む特殊能力者なんじゃないかとまで考えた。

「ネイト」とまた呼ばれ、座ったまま床についた両手で半歩分後退った。このまま怒られるか嫌われるくらいならその前に負けを認めようと覚悟する。歯を食い縛り、あああクソ‼︎と声を上げてから逆ギレるように目を尖らせた。

「わッわかったよ!今すぐ外してやれば良いんだろ外せば!!もう返せって言われても絶対返してやん」



「いや、ありがたく貰おう」



「………………………へ?」

予想外の言葉に、ネイトの声が間が抜けてしまう。

手首を腕輪ごと押さえ、ぐるぐると回すカラムはもう外そうとは思わない。やはり一度はネイトに協力を得てサイズ調節が必要とは思うが、特殊能力がちゃんと使えるかだけ後で確認しようと考える。可能ならば外したい部分もあるが、今はそれよりも腕輪の詳細を尋ねたい。まさか本当に爆破などされては堪らない。輪自体も細いの為、手袋や鎧の下につけても支障はなく目立たない。

詳細を聞かせてくれと改めて頼むカラムに、ネイトも「良いけど」と今度は丸い声が出た。外さなくて良くなったのは胸の軽さを覚えたが、なんでバレたのに逆に怒られもせず付けてくれることになったのかもわからない。それどころか、詳細の説明を終えた途端。


「因みに、こちらも更に四本。私個人が買わせてもらうことはできるか?」

四つ⁈と、ネイトの喉がひっくり返る。

まさか外すどころかもっと欲しがられるとは思ってもみなかった。作りは簡単だから難しくはない。だが、……そんな本数を何に使うのかは疑問だった。


「なんでそんなに……」

「今度の遠征に持たせて欲しい。勿論ジャンヌからの依頼を優先させて欲しいから余裕があればで頼みたい」

ネイトにとっては挑戦的にも聞こえるカラムの配慮に、直後には「ハァ⁈できるし‼︎‼︎」と怒声に近い声が上がった。

売り言葉に買い言葉をした後には、遅れて〝遠征〟という単語が頭に残る。どう使うのかはネイトには想像もできないが、少なくとも役に立つかもしれないのだということはわかった。


「……なんかに使うのかよ?」

「いや、使わないかもしれない。だが安心材料にはなるだろう」

安心、と。その言葉にまたぴくりとネイトの肩が揺れる。

今まで自分ばかりが思って貰ってばかりのそれを、逆に渡せるならと思えば少しむず痒くもなった。

使わないのかよ‼︎と怒鳴りたかった喉が、不発のまま勢いを無くす。痺れたように固まった唇がじわじわ振動する。どちらにせよ、カラムの役に立つのだという事実に足の先から熱が上がった。


へ、へぇ〜〜?とあまりにも隠せていない声で、自分の口の端が片方だけ緩んでしまっているのにも気付かない。

代金も当然払うとカラムが言葉を続ければ、そうまでして欲しいんだと今度は完全ににやけた。

ジャンヌからと同じくカラムからも代金など寧ろ貰いたくないが、同時についさっきのやり取りを思い出せば悪知恵も働いた。金なんかいらねぇけど??と本題前から少し浮かれた声になる。

明らかに何か企んでいる顔のネイトにカラムも少し思考の中で身構えた。金銭を断られたということは、それ以外が欲しいということもあり得ると先に理解する。

そして、予感は的中した。


「じゃあ〜来月までにこっちも間に合わせてやるから、代わりにカラムも俺の言うこと聞けよ」

「条件による。先に聞いておこう」

にまぁぁ〜〜と、更にネイトが悪い笑みを広げる。

条件によるとは言われたが、これは絶対聞いてくれるとカラムの顔を見て思う。滅多に自分に頼ってはこない、今まで説明してやった発明も実際使うかはわからないしジャンヌ発案の光景を紙に写す発明以外は使ったのを見たことがない。そのカラムが自分の発明を頼って欲しがって、手に入れる為なら言うことも聞いてくれる。

嬉しくないわけがない。楽しくないわけがない。ならばここはいつもは絶対頼んでも聞いてくれないことを強請るに限る。




「遠征帰ってきたらカラムん家か騎士団。絶っっ対遊びに行く」




わかった。約束しよう、と。

その言葉に「よっしゃあ‼︎」と両手を上げて喜ぶのは、買い物から帰ってきた母親が玄関を開けるのとほぼ同時だった。


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