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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
越境侍女と属州
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そして押し黙る。


「アレス、もういっそアンガスの演目押し付けねぇか……ちょうど空いてるだろ今」

「ふざけんな。アンガスがいねぇのに誰が教えるんだよ。一歩間違えたら一生歩けねぇじゃ済まねぇんだぞアレ」

「ロデオ達もミケランジェロもヘラクレスも全部テメェと違って命かかってんだよ舐めてんのか?」


アンガスの演目も既に把握済みの今、カラムは心の中でだけ「いやアランならば」と言葉が浮かんだ。新入りで何も知らない筈の自分では発言できないが、そうでなければ一番平和な方向だ。

言い合いを続ける先輩二人とアランを静かに見比べる。その目は「やり過ぎだ」と言っているとアランもわかった。しかしその視線に気付いても、別段肩を竦めることはしない。それどころか


「あっ、アンガスさんって空中ブランコでしたっけ?どんなのかまだ知らないですけど興味はあるんで全然やりますよ!」

アラン。と、カラムは口の中だけで止め飲み込んだ。

新人のとんでも発言に一度口を止め振り返ったアレス達だが、直後にアランから「ディルギアさんがさっき言ってましたよね」と言えば再び諍いが始まった。お前マジで新人殺す気か、話してやっただけだよ良いだろと、大人げない会話になるぎりぎり手前の言い合いに、カラムも頭が痛くなった。


自分が下働きの面々と打ち解けサーカスの内情にも探りを入れている間、きちんとアランもアランなりに探りも入れていたことは理解する。演者についてならば自分よりも現段階で詳しいだろうとわかる。

しかし、あまりにサーカス団でアランを持て余しているのが不憫になってきた。サーカスの人員として有能な分は問題ないだろうとカラムも思っていたが、実際は有能過ぎるのも考え物だったと現実を知る。

経営者側からすれば有能であれば良いかもしれないが、たった一つの技を磨き続けて来た演者にとって二番手や弟子ならばまだしも天敵宿敵はたまったものではないと思う。自分の畑には来るなとありがた迷惑するのは当然だった。

「とにかく!さっさと案内始めるぞ」

アランの演目については演目全部回ってから考えても遅くはないだろと、アレスが半ば無理矢理話をまとめ、改めてやっと新人二人へ向き直る。


「大体わかるだろうがディルギアは重量挙げ、ヘラは空中浮遊だ。他のも全部回ってくからアランはできそうなの見つけたら演目名だけ覚えとけ」

「重量挙げと体技演舞と手投げ曲芸と空中浮遊以外でな?????」


先ずは目の前の二人と演目を簡単に紹介するアレスに、ディルギアから最後の念押しだった。

頼むからこっちには侵略してくれるなと訴える先輩に、アランも「はーい」と間延びした声で返した。今朝であればその返事の仕方にも注意が入ったが今回は入らない。そんなこと些細な問題と言わんばかりに、古株達はアレスが牽引してくれるのを見送った。

代わりにカラムの方が「返事を伸ばすな」と注意をすれば、ディルギアにはそちらの新人が眩しく映った。

後をアレスに丸投げし、それ以上は大人しく彼らを見送った。


次の演目者の元へと案内を始めるアレスは、「たっく、なんで俺がいつもいつも」と悪態を吐きながらも、アランとカラムに直接は当たり散らさない。それどころか各テントや荷車、団員とすれ違う度に「ここは大道具部屋。今はもう使わねぇ昔の演目道具も置いてる」「こいつはライファ。下働きっつーか御者で馬の世話とか」と説明はそつがない。どちらかというと丁寧に部類するほどだ。


「演者名以外に役職名も覚えろよ。怪我したら先生んとこ、あと飯は一人しかいねぇけど料理長。あと団長が……あー、で次が」

アレスの説明を一つひとつ聞きながら、なんとか早々にサーカス団内の把握をできた二人は並び目を合わす。

お互いの表情からも、やはり現状のサーカス団はプライドの予知したような惨状ではなさそうだと思い合う。まだ新人の自分達が上手く隠されている可能性も充分あるが、少なくとも目の前の案内役を含めそういう類の人間には見られない。


「そういやここにはどれくらい滞在予定ですか?」

「基本はテント設営、演目構築、準備、宣伝と前売り券販売、予行演習、本番公演で何日か稼いで休んでまた稼いで、撤収して次まで数日から一ヶ月程度だな。金掛かってるから本番公演数最優先で他巻いてる」

いつもならな、と。今はイレギュラーであることを暗に示しながらのアレスの説明は完璧だった。

案内を続けていくにつれ、流石は大規模サーカス団と言えるほどの演目数と人員全貌を理解する。昨夜自分達を見に来ていた面々も全員ではなかった。


しかし、そうして案内をされていく中でアランが知る演者にも、カラムが知る下働きやアンジェリカも紹介される中、二人が最も会いたい人物にはたどり着かない。

テント裏手にある小テントや練習場、荷車まで案内されたところでそろそろ案内も終えるのだとアランもカラムも察した。自分達が紹介されたい人物には手つかずのままでだ。

最初に、カラムが尋ねるようにアランに目を合わせたがこれにはアランの方が首を横に振った。自分も演者には何人か情報を聞き出すことはできたが、そこまでは至っていない。その返事を受け、カラムは一度前髪の指先で整えてから「あの」とアレスの背中へ投げかける。


「まだご挨拶できていない幹部の方がいると思うのですが。団長が不在であることは聞き及んでいますが、アンジェリカさんから今は「自称代理」がいらっしゃると聞きました。それに」

「アンジェ……あのお喋り女」

カラムが言い切る前に、忌々し気なアレスの声が上塗った。

下働き同士の会話の中で、〝団長不在〟の代理がいることはなんとかカラムは聞き出すことができた。しかしあくまで「団長の代わりがあの子って本当かなー」程度である。それ以上はレラを含む他の団員に口留めされ、アンジェリカも話していない。しかし、今のカラムとアランには充分な引き出し材料だった。

既に自分達が知っている情報であろうとも、それを〝サーカス内で公式に聞き得た〟だけでも次に繋げられる。

カラムの言葉に頭を掻きながら「あんなの代理じゃねぇっつっただろ」と彼らとの初対面での会話を思い出しながらアレスが振り返る。その言葉に、やはりプライドが差していた代理と団員の共通意識の代理が同一人物なのだと再確認する。


「あれは飾りっつーか……そういうので、絶対団長できるやつじゃねぇ。団長だってその内ひょっこり帰ってくんだから間違ってもあいつを代理なんて呼ぶな」

「飾り、ですか……」

「飾り飾り。だから会う必要もねぇ。その内帰ってきたら団長にはちゃんと紹介してやるから、取り合えずお前らは昨日話した興行のことだけ考えてろ」

カラムが聞き返しても無理矢理に打ち消すアレスは、そこで「取り合えず演目については全員分紹介したぜ」と話題を変えた。

最後にメインテントである大型テントに戻れば、それで全てだ。アランには気になった演目を決めて置けと指示し、カラムには今日中には演目内容決めるから覚悟しとけと伝えたところで、その場解散を告げた。アレスにとっても長く語りたい内容ではない。

団員からは口を噤まれ、そしてアレスにも挨拶どころか話題にするのも阻まれる〝代理〟への謎だけは、サーカス団の全貌と比例せず深まるばかりだった。

宣言通り買い出しへ行ってくると逃げるように速足になるアレスへ、アランもカラムも声を合わせて荷物持ちを名乗り出たがそれも「ついてくんな」と断られる。


「この辺貧困街連中のたまり場になっちまってあぶねぇから。お前らも下手に外出んなよ」

そう告げ、お疲れさんと後ろ手を軽く振ってくるアレスを見送りながら二人は暫く棒立ちになった。

ひねくれた口ではあるが、自分達のことも心配するあたりやはり根は良い人間なのだろうと心の中で評価する。一度テントの中へアレスが消え、二人きりになったところで三秒の沈黙と周囲に気配のなさを確認する。

ふぅ……とそれぞれ溜息にも似た呼吸音と共に肩を降ろした二人は、今度は目を合わせるだけでは終わらせない。


「アラン、やり過ぎだ。馴染むどころか敵視されたら意味がないだろう」

「わりぃわりぃ。なんかやってみたら全部わりとできるからさー。ぶっちゃけカラムも大体できるだろ?」

「鍛錬バカのお前と同じにするな」

できるわけがないだろう、と肩をわざと竦める動作と共にカラムははっきり否定する。

ジャグリングや空中浮遊などは練習すればとは思うが、アランのように目についてすぐにひょいひょいできるわけがない。騎士としてある程度実技関連や身のこなしの基礎が標準より高いことはカラムも自覚はしているが、あれだけサーカスの見学した曲芸殆どを網羅できるのはアランだけだろうと確信する。

エリックは器用だが、それもあくまで努力に裏打ちされた上での技能。身体能力がものを言うサーカスの演目は、技術だけなら自分よりもアーサーやハリソンの方が向いていたとすらカラムは思う。むしろ個人特化型の八番隊騎士相手にも競えるか勝てる域にいるアランが異常なだけだ。

だが、ここで冗談でも「今からでも曲芸師になるか」と言う気にはならない。いくら身体能力がずば抜けていたとしても、それはあくまで彼が騎士として生きる為に伸ばした技術でしかないのだから。


そうかなー、と軽く首を傾げるアランは頭の後ろの両手を回し伸びをする。

取り敢えず身体勝負の大体はできそうなのは案内でわかった。特殊能力者であるカラムだけでなく、自分もサーカスで一時しのぎとはいえ立場を確立することは難しくなさそうだと考える。

正直サーカス団に迷惑がかからなければ見せ物でも何でも良いと思うが、……やはり。


「……この後の考えると、やっぱアンガスさんのやつかなー。その方がいろいろ都合も良さそうだし」

「敢えて指摘はしないが。……指導者なしでやり方はわかるのか?」

「本人にこっそり聞けば良いんじゃねぇ?まぁそうじゃなくても多分ディルギアさんらならもう何でも教えてくれそうだし」

行方不明である前任者の居場所を知っているからこその堂々たる真似宣言に続く作戦に、カラムは大きく首を垂らし呆れた。

若干これから脅迫まがいの手法で動こうとしているようなアランに「ほどほどにしておけ」と忠告するが、止めはしない。アランが卑劣に至る男ではないことは理解している。

一番大事なのは最短で情報を集め次へと繋げることだ。


まだ初日昼過ぎにも関わらず、順調以上に情報も引き出しサーカス団にも入り込めている現状に、そこでカラムは昨夜のカードを思い出した。ステイルの指示か他の誰の発案かはわからないが、これも全て織り込み済みだったのかと考えればいっそ恐ろしい。


「行くぞ、私は下働きに戻る」

「いやー、カラムがどんな演目見せてくれんのか楽しみだなー」

はははっと、楽し気に声を漏らすアランにカラムは前髪を抑えながら口を結んだ。

顔を僅かに俯けながら、表情筋全てを中心に力を込めてしまう。じんわりと耳が熱くなった。

今日回った演目のどれもが華やかで美しく、……自分もどんな派手なことをさせられるのか今は不安にもなった。アランは性格上問題ないだろうと思うが、自分はものによっては少々恥ずかしい。

あくまで任務の為でなければ絶対に望んでやろうとは思わない。


これは任務だと、それだけを念じながらアランと共にテントへ戻った。


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