表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
越境侍女と属州
87/289

持て余され、


「ああわかった!!つまり俺も出てけって言いてぇんだな?!!」


違う!!そういうつもりじゃなくてだな?!と、野太い怒鳴りに更に野太い声が重ねられた。

突然の騒ぎ声に、カラムも目を丸くする中で早速穏やかではないと身構える。必要であれば止めるか仲裁をと口の中を飲み込む中、アレスは「ああくそ」と頭をまた掻いた。奥歯を食い縛り、またやってんのかと思う。

足が自然と早まりそして駆け出せば、ぎゃあぎゃあと騒ぎ声はすぐに近付いた。着けば今にも殺し合いに発展しそうなほど血走った目で怒鳴る男二人と、そして脅威の新人が気配に気付き呑気に手を振っていた。


「よっ、カラム。あとアレスさん〜だったか?お疲れ様でーす!」

アランの伸びのある声は、男二人の怒鳴り声にかき消え殆どカラム達には届かなかった。

アランが寛ぐように両脚を乗せしゃがむ中、目下では今もサーカス団重鎮二人の諍いが続いている。アレスも「おいやめろ!」と加わり男達の間へ入る中、二人の怒鳴り合いの内容にカラムもすぐに喧嘩の理由もアレスの頭痛の原因も理解した。

アランお前は…、と溢しながら前髪を指先で押さえ、己も薄く唸る。


「アレスてめぇは黙ってろ!!ディルギアがふざけた新人押し付けてきやがったんだ!マイキーの代わりに俺の飯の種潰しにかかりやがって!」

「仕方がねぇだろミケランジェロが他に回せっつってナイフ投げてきやがんだから‼︎俺もアレしか取り柄ねぇし空中浮遊なら流石にアイツでもビビるかと……‼︎」

「嘘つけ!!噂のテント登ったやつだろアレ!どう見てもこっち側だ!」

見ろ!!と男が指差せば「空中浮遊」という名の吊るされたポールの上に平然としゃがみ寛ぐアランがいた。サーカスの見どころの一つである演目の設備、天上から吊るされた二十メートル近い布二枚にのみ手足を引っ掛け、空中で自在に動いてみせる演目だ。

足を置く場所こそ綱渡りよりは幅のある布安定とはいえ、それを吊るすのは布しかないことは変わらない。

足を置けば重心の些細な違いで大きく揺れ、降下も上昇も自分の腕力で布を掴み制御するしかない。その不安定さと、力尽きて布を手放せば落下は免れない。落ちれば命はない高さが、観客の緊張と興奮を誘う。

命綱と低い高さから少しずつ慣らしていき、やっと誰もが天を仰ぐ高さまでへと芸を到達させていった演者の男には、今の光景は屈辱的だった。


天井に吊るされる最高地点の高さで、足を布にひっかけるまでもなく、布一本片腕一本で平然と空中にぶら下がり続ける新人の姿が。


突然「こいつにお前の芸を見せてやってくれ」と、連れてこられた新人。

自分の芸の恐ろしさと素晴らしさを目に見せてやるまでは良かった。自分が一枚に片足をひっかけ、もう一枚を掴みポーズをとってみせれば感嘆の声を上げ、わかりやすく賞賛の声と拍手、そして満面の笑みを浮かべる新人の反応は、開演が滞り客に飢えていた身には心地良かった。

しかし試しにやってみるかと言えば、もうそこからは自分の方が驚かされるしいっそ己が発言の後悔しかない。


低めの位置まで布を下げてやろうと思ったのに、「良いんですか?」という意気込みに返事した途端、自分と同じスタート位置の高さから軽々と布に飛び移り、そのまま軽々吊るされた。しかも自分より遥かに軽やか且つ素早くに。

ただその位置と高さを維持するだけで充分喝采を浴びるのに、助言するまでもなく布を引っ張り、手繰り自分自身を軽々を持ち上げ、そして降下も自在に制御する。「面白いですね!」と明るい口調は全く高所への緊張感の欠片もなかった。

指南してやるどころではない、完全に自分の十八番を奪われた。このまま同じ舞台に立たせれば間違いなく自分は二番手に落ちると確信した。


「アレス!!さっさとあの曲芸荒らしどっかに回してくれ!!!ラルクに見つかる前に決めねぇと本気で俺らの持ち芸が奪われる!!」

「うるせえ!!!だからこうして新人回収にきてやっただろ!!」

あまりにも手に余り過ぎる新人に喚くディルギアに、アレスも目と声を尖らせる。

本当なら二、三日後に済ませる新人への案内紹介を速めることになったのも、これが原因だった。教育係のつもりだったディルギアがアランをたらい回しにして既に三件目である。


最初に案内した二人一組構成の肉体曲芸。

二人で道具も補助も使わず行う高等組体操を芸術に昇華した究極技へアランを押し付けようとした。

二人組だしもう一人筋肉バカがいれば芸もさらに派手になるだろと。自分のように重量挙げだけで、跳んだり跳ねたりといった動きは苦手で明らかに大柄な身体のパフォーマーと異なり、アランならば他の二人と並んでも問題ない。そう判断したが、結果馴染み、そして抜き出てしまった。

試しにこんな技があると二人一組の芸を見せるまではやはり良かったが、最終的には二人の磨き合わせた技術も全てアランが三度練習する必要もなくこなしてしまった。もともと今まで二人一組の芸から三人組の芸を考えるのに時間が必要だということ前提で、このままではそれが思いつくまでに自分達二人のどちらかがアランに食われると判断し「せめて三人一組のが思いつくまでは他のとこにやってくれ……」と返却された。


ならば今度は肉体だけでなく技術面で苦労する方向におしやれば新入りらしくなるだろうと、今度はナイフも使ったジャグリング師へと弟子入りさせたがそれもアランには何ら難しいものではなかった。

もともと騎士として刃物を使うことに抵抗もなければ、反射神経も運動神経も飛びぬけたアランはすいすいと真似するままにこなせてしまった。……結果、連れて来たディルギアが「俺の演目は譲らねぇぞ!!」とナイフを投げつけられてしまった。


いい加減に自分では手に余るからなんとかしてくれとアレスに泣きついてからの三件目。やはり、アランがお株を奪う宿敵として見られる事故は変わらなかった。


アランからすれば、最初こそなかなか紹介もされなかった状態から上手く三種もの演者と接触できた上に身体を動かせるなかなかの楽しい体験ばかり続いたのだから良いこと尽くめだが、何年もかけて腕を磨いてきた演者達には完全に悪夢だった。

自分のお株を奪われまいと、上下関係を重んじる男が必死に自分の立場を守ろうと右往左往した結果は同業者達に恨まれるばかり。呪いの装備を得てしまったかのようなどうしようもなさだった。

顔を鼻先がぶつかりそうなほどの距離で向き合う先輩二人を前に、カラムも息を吐く。「アラン」と少し喉を張り、今も足場すら不要での平然とぶら下がる騎士隊長へ呼びかける。


「降りて来い。これからアレスさんがサーカス団を案内して下さる。体力バカのお前は先ず見分を広めてから演目も検討すべきだ」

「?!良いこと言うな新人!!!」

呆れ混じりのカラムの言葉に、ディルギアが目を限界まで開き輝かす。

まさにその言葉を待っていたと言わんばかりに全肯定し、彼は味方とカラムの肩を力いっぱい感謝を込めて叩く。うっかり普通の相手ならば前のめりに転ぶ勢いで叩いたが、慣れたカラムは少し前のめる程度で済んだ。


カラムからすれば遠回りにアランへ遊び過ぎ且つ目立ちすぎだという指摘だったが、アランを持て余す先輩にはこれ以上ない言い訳でもあった。

もうなんでも良いからこの荒らしを回収してくれと押し付けるディルギアに、アレスもわかったわかったと応じる。カラム達からの命令に、アランもすぐに布を揺らし、彼らの元へと最短距離で降下する。

流石に危険を覚える高さにアランもその場で落下はしなかった。しかし布の端を掴むまで降りた後は、振り子のように布を大きく揺らし勢いをつけて飛び降りた。空中で回転をつけ、落下を緩める。

言った傍から悪目立ちするアランに、いっそわざとやっているだろうとカラムが考える中、アレス達は息を飲んだまま瞬きもできなかった。

「お待たせしました!」と着地後もいきいきした楽し気なアランの横顔からやはり確信犯だとカラムは理解する。

あまりにも飛びぬけた身体能力を惜しげもなく披露するのはプラデスト潜入中のアーサーも思い出したが、無自覚だった彼と比べ、狙ってやっているアランの方がタチが悪い。


「アレス、もういっそアンガスの演目押し付けねぇか……ちょうど空いてるだろ今」

「ふざけんな。アンガスがいねぇのに誰が教えるんだよ。一歩間違えたら一生歩けねぇじゃ済まねぇんだぞアレ」

「ロデオ達もミケランジェロもヘラクレスも全部テメェと違って命かかってんだよ舐めてんのか?」

大体あいつテントの屋根にも、と。再び言い合いを始めようとする二人に、カラムは一人眉の間を指で押さえた。

アレスは温厚な方だとは思うが、比較的に喧嘩もしやすい人間だと考え直す。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ