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Ⅲ55.騎士隊長は新人いびりを受け、


「おいお前!お前だよお前新入り!!!テントの掃除はどうした!!」


やっとけって言っただろ!!と、早朝から低く震わす乱暴な怒鳴り声がテント中に響く。

サーカス団の朝は早い。プライド達が活動の為に起床した時刻にはサーカス団も一部は活動を始めていた。まだ開演予定も立てていない今、活動に重点をおかれる時間帯は灯りを使わずとも手元の見える明け方だ。

下働きにあたる人間達ほど夜は遅く、そして早朝は早くの活動が余儀なくされる。

ただでさえサーカスの状況が危うい今、誰もが先の見通しも付かず余裕がない。

焦燥や行き場のない苛立ちは弱い立場の人間に当てられる。サーカスの中でも古株に近い年配の男の太い声に、それを向けられた本人以外も振り返り足を止めた。


昨夜突如として売り込んできた新人に、その男からの風当たりは特に厳しい。

経営状況も不安かつ不透明、しかも団長不在の現状で二人も新人を雇い入れたことにもまだ納得できていない。特殊能力者である片割れは今後の売り方次第で金になるとして、もう片割れにはさっさとサーカス団の厳しさを思い知らせて冷やかしは追い出してしまいたいというのが本音だった。

雇うのが二人一緒という卑怯なやり口で仕方なく雇っただけで、新人を一から育成してやるほどの余裕は男にない。

今まではどんな新人にも厳しくはあってもいる以上は面倒をみるつもりで向き合った男だが、自身が認めた〝団長〟以外が雇うのを決めた新人など邪魔者のお荷物としか思


「あっ終わりましたよ!今先生でしたっけ?に頼まれた荷物運でるんでその後また指示お願いしまっす!!」


じゃっ!と、軽く受け流しながら駆け回る新人に、男は目を皿にした後に眉を寄せる。

アラン、とそう呼ばれた新人は重厚な木箱を抱えてテント内を横断するがその荷物は本来二人一組で運ぶ荷物だと男は知っている。

まさか中身は軽いのかと疑いたくなるが、あの手の木箱が軽かった試しは一度もない。体格に恵まれた男本人でさえ、一人で運ぶことはできてもあんなに軽快に駆けるなどあり得なかった。

運んでいる荷物が医務担当の物だったこともあり、この場で「いいから来い!!」と無理矢理仕事を放り出させることもできない。サーカス団に怪我は付きものだ。

仕方なく腹立たしさを抱えながらも地面を踏み鳴らしながらテントの外へと一人向かう。


新人いびりと言えば大人げないが、サーカス団の仕事が煌びやかで一夜のパフォーマンスで済むと思っている人間に思い知らせるのに一番有効な仕事がある。

観客を大勢収納する上にサーカス団員の巨大な大型テントの屋根。そこのブラシ掃除は、当然一人で行うには範囲も広大過ぎる上に下手に移動すれば穴を開けるか転がり落ちる。命の危険すらある、通常は命綱と共に安全を考慮しつつ複数人体制で行う業務だ。

それを命じてからまだ所用時間の半分程度しか経っていない。どうせバレないと思って適当にやったのだろうと外に出て一望した男は、……そこで絶句した。


「??!……!おいジャッキー!お前らここの新人の掃除見てたか?!」

上で手伝ったりしていないよな?!と、男は数秒の沈黙後慌てて傍にいた下働き達に声を掛けた。

代表として呼ばれた青年は、既に男が外に出て来た時点で自分が尋ねられることも想定していた。早朝からずっと外の掃き掃除を行っていた青年達は一部始終もしっかりと目にしていた。

は、はぁ……と、気の抜けた声を漏らしながら改めて上目にテントの屋根を見る。下働きとはいえ、サーカス歴は一年以上ある彼らは男からのあたりも今更大して怯えない。


「あの新人やばいですよ……。命綱無しでテント駆け回って、俺ら何度も「危ない」「死ぬぞ」って言ったんですけど……もうアレ充分見世物にできます……」

本当に心臓に悪かった、と。ジャッキーと呼ばれた青年は思い出すだけで顔色を悪くした。周囲で一緒に掃除をしていたもう一人の青年も何度も首を上下に動かす。

今まで命綱をつけてなかったら死んでいたような落ち方をした仲間もいる中、一定の長さしか当然ない命綱を「面倒だからいいや」で付けずにブラシ片手に乗り上げた新人にもう馬鹿野郎と何度怒鳴ったかわからない。それを「へーきへーき」の一言で笑いながら流して屋根の上をひょいひょいと駆けまわった馬鹿である。

最後はテントから梯子も使わず滑り最後は飛び降りたと。そう語るジャッキーの言葉に男は聞き返したくなった。

しかし、実際に目の前のテントの屋根は余すところなぐ汚れがこそぎ落とされている。磨き残しのかけらも無い。


「ビリーもクリフもいなくて最近人手不足だからテント屋根早く済んでこっちは助かりましたけど……」

「今回逃げ出した奴らは設備壊さねぇし金も盗まず怪我人出さずで良かった方だよなぁ」

茫然と、目の前の光景の中で起こったであろう事象にただただ立ち尽くしていると、時間を忘れる間にその新人からの呼び声がテントから漏れ聞こえてきた。

今度は怒鳴ることもできずに振り返ると、そのうち「こっちか⁈」と足音の方が近づいてくる。バサリ!と勢いよく入口の布がめくられ、驚異の新人が顔を出す。


「!いたいた!!すみません次何すれば良いですか?!自分まだ昨日入ったばっかの新人なんでご指示お願いします!やることないなら空いてる演目指導か団員紹介して欲しいん」

「ッうるせぇ!!新人のくせに百年早ぇ!自分でやることくらい探せ!!」

「じゃあディルギアさんの演目設備借りますね‼︎」

待てコラ?!と、直後には男の方が目を飛び出すことになる。

しかし発言したアランは宣言と共にテントの中に駆け込み消えるまでが一瞬だった。男としても本音は別の業務を押し付けたかったが、もともと、テントの屋根に新人一人なら五倍以上の時間が掛る筈だった。

そこで予定を狂わされた上に昨日までの人数で回るように役割分担されていた為、今すぐに空いてる業務もすぐには思いつかなかった。

苦し紛れに怒鳴っても、怯むどころかよりによって自分の大事な演目設備を狙う新人に泡を食う。おい!おい!!と怒鳴りながらも目を剥き急ぎアランを追いテントの中に飛び込んだ。

あの大荷物を軽々と運び駆ける馬鹿力に自分の大事な商売道具を壊されるのも怖いが、……それ以上の危機感も覚え、止めに急ぐ。自慢演目が食われればそれこそ恥どころの話じゃない、下剋上だ。

しかしすぐに追った筈が、テントの中に入ったところで既にアランの背中はなかった。既に自分の演目設備置場へ消えたところである。


「待て新人!俺の道具に触るなマジで!!」

足で敵わないと自慢の声で待ったをかける男に、アランは聞こえながらもなかったことにする。

やっぱ困るよなー、と。心の中でわかりつつ先輩指導係ディルギアの大事な商売道具を前に腕を組む。昨晩、紹介と共に自分の指導係として名乗り出た男が、目の前の商売道具を手に「下手に触ったら折れるどころじゃ済まないぜ」とドヤ顔笑いをしたのを思い出す。

あの時はうっかり怒らせて追い出されるのが困るから黙って受け流したが、アランにとってはこの国に来て一番触りたくて仕方がない道具でもあった。


「ぃよっ……、……んー……?いや偽物ってほどじゃねぇけど……?」

「触るなっつったろクソ新人!!」

「すみませんこれって何製ですか??純正じゃないですよね」

全く歯牙にも掛けず、アランが片手に持ち上げたバーベルに男は悲鳴をあげかけた。頭を抱え怒鳴りながら、本気で嫌になる。

何製も何も鉄と混ぜ物に決まってる。客を楽しませる為に必要以上に巨大な大きさを誇るバーベルは、純鉄でなくても充分に成人ニ人でなんとか数センチ持ち上げるのが精一杯の重さだ。それを片手で悠々と膝の上まで持ち上げるアランは、脂汗の一つもかかず涼しい顔で首を捻っていた。しかも平然と喋る余裕もある。


「良いんだよ!!客には重さより派手さの方が受けんだから!さっさと降ろせド新人!!」

「けど客の前で重さ証明するって昨日言ってましたよね?じゃあもっと重い方がウケるんじゃないですか?あっ、これ2番目か。じゃあ一番重いのはこっちのー」

「わかった演目やる!!馬鹿でもできる身体自慢の演目他にあるから!それ探してやるからもう触るな!!」

「あ、じゃあ演者も紹介してくれます?」

本気で自分の立場を強奪されると、渾身の叫びは怒声ではなく悲鳴だった。

目の前の新人に立場をわからせてやりたかった筈なのに、このままだと逆に自分がこの上なく惨めな立場に追いやられる。上下関係を重視するからこそ驚異の新人に脅かされたくない。

確実にサーカスのどんな演目でも軽々と喰ってくるに違いない新人を、彼が本気で標的を決める前にせめて被害者の少ない演目に落ち着かせることを最優先に考える。

こっち!こっちださっさとしろ!!と肩裾を乱暴に掴まれ引っ張られるアランは、適当に足並みを合わせながらも目はダンベルとバーベルの棚に行く。

騎士団の演習所には遠く及ばないが、まぁまぁ良い重さだしまた目を盗んでこっそり借りたいなと狙う。鍛錬不足の身体にはなかなか魅力が高い。最初から本気で演目を奪う気もないが、しかし。


……俺よりカラムの方がこの人の天敵だろうなー。


文字通り他人事。と、そう思いながらも少し気の毒にアランは思う。

自分もこの指導役よりは腕力があると確信するが、真の脅威は今も洗濯物の籠を手に自分達の横をすれ違っていったのを、振り返らずにただ見送った。


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― 新着の感想 ―
なるほど、立場が低いとか上下関係に拘るってアラン隊長たちの狙いの人物ってことか。
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