Ⅲ54.越境侍女は二日目を迎える。
「……予定は以上です。異議がある方は」
そう、ステイルが締め括る言葉と共に周囲を見回した。
昨晩の作戦会議から一夜明けた今日、捜査二日目は再び商人として借りた宿で始まった。
気合を入れて早朝から集合を決めてたから、結果としてさらに早起きしないといけなくてちょっぴり眠いのも我慢する。
昨夜は騎士団長に騎士を追加でお借りしますとお断りを入れ、更にはステイル達と共に作戦会議をしたらがっつり遅くなってしまった。部屋に抜け足差し足で入ったら当然ながら母上は寝ていて、騎士が小さな灯りを用意してくれたけれど、もう勘と記憶力と手探りで自分のベッドに潜り込んだ。母上と同室自体今回の遠征が初めてかもしれない私は、母上がどの程度で目が覚めちゃうかもわからなかったもの。
早朝も、母上を起こさないようにそーっとそーっと抜け出て別室で待っていたマリーとロッテに身支度も手伝ってもらった。……ほんっとうに気苦労を考えると、粗末で狭い部屋で良いわと思うくらいには個室のありがたみがわかった。
それからステイルによるレオン達へのお迎えも含め瞬間移動で全員がここに集合した。
レオンも見た様子では昨日とあまり変わらない様子でほっとした。……その隣に立つヴァルは若干服が肌けているままな上に今も壁によりかかって眠そうだけれど。もう五度は欠伸を溢しているからそれだけでもやめてほしい。三回は私も釣られて欠伸しかかった。アネモネの宿で酒を浴びたのがもう服に染みついたお酒の匂いでわかった。
ステイルからの完璧な予定説明に、確認されても手を上げる人はいない。全員がそれぞれの役割を把握して頷いてくれた。
アラン隊長とカラム隊長が不在の分、合計三名の騎士が新たに護衛についてくれた今日はここにいる全員で集団行動ではない。
昨日は全員目的が一緒だからもあったけれど、今回はレオンとヴァル達だけでなく全体が班に分かれることにした。
「じゃあ、僕らはここの宿屋に少し話を聞いてみようかな。宿前に護衛が迎えに来てくれている筈だから、ゆっくり合流するよ」
「あ゛ー?奴隷市場なんざその辺りの裏通り歩けば良いじゃねぇか」
レオンとヴァルは、扮装したアネモネの騎士二名と共に奴隷市場へ聞き込み調査に。
正直、前科有りのこの道プロのヴァルはともかく第一王子のレオンにそんなところを丸投げなんて……と思ったけれど、この中で一番耐性も理解もあるお二人に任せることにした。
私とステイルからの依頼に、ヴァルは舌打ち一回程度はあったけれどレオンは本当にこちらが頭を下げたくなるくらいに快く請け負ってくれた。今も、この宿屋さんに奴隷市場の場所を確認して計画的かつ効率的な行動をと決めてくれている。
ヴァルみたいに裏稼業に慣れているとそういった場所もなんとなく感覚でわかるものなのかもしれないけれど、異国で知らない文化である以上やっぱり宿屋に聞くのは一番の最善手だろう。
奴隷市場といってもここでは公式に認められている商いでもあるし、裏通り一か所で済まないだろう。
普通の市場と同じように各地区に大なり小なりある可能性の方が高い。勿論市場だけではなくきちんと建物を構えてる奴隷店や収容所もあるけれど、……サーカスの資金から察してそういった奴隷店より安売りの市場の方が可能性が高い。
そちらを優先して調査と聞き込みをお願いすることにした。安売りの市場の方が違法……奴隷狩り被害者が売られてる可能性も高いし、建物の店を持ってるところなら違法に手を出してまで得た奴隷なんて余計に法外な値段だ。
「それよりカラムとアランは大丈夫かな?どの班かが様子を見に行った方が良いんじゃないかな」
「ご心配ありません。どちらにせよ今夜事前に時間を指定して僕が様子を聞きに行く予定ですし、あのお二人を僕らも信頼していますから」
少し心配そうに首を小さく傾けるレオンに、ステイルからは自信満々の笑みが返された。
私もそれに同意するように頷く。アーサー達フリージア王国騎士もこれには自信満々の頷きだ。
カラム隊長とアラン隊長は、既にサーカス団に潜入している筈だ。何か問題があればすぐに宿にでもステイルに合図を送ってもらうようにお願いしているし、あの二人なら無事だと私も思う。……確かに、実際は不安もあるけれど。
サーカス団の詳細とラスボスについての詳しい設定までは思い出してないのが特に。まぁそれでもあのお二人なら最悪対戦になっても勝てるような気がする。
お二人の安全とこの先の私達の潜入も盤石にする為にも、今はアレスと併行して他の攻略対象者やゲームの内容をもっと思い出したい。
「私もアラン殿とカラム殿のことは心配ですが、我々と関係を切ったということにしているならばやはり見に行かない方が賢明かと。それよりもフィリップ殿、私に護衛を多く割き過ぎではないでしょうか」
「我が国での立場を考えれば妥当だろう。それに、市場を回るお前が一番サーカスの団長に接触できる可能性が高い」
安心にはなっても邪魔になる護衛じゃない、と。そう続けて断言するステイルは、そのまま遠慮気味に自分の背後を手で丁寧に示すセドリックへ目を向けた。
セドリックはエリック副隊長とそして追加された護衛騎士二名と共に、街の人間を中心に聞き込みと調査に当たってもらう。特にレオンとヴァルが目撃したという酒場から中心に団長の捜索だ。早くも今の団長の姿がわかったのは大きい。
自分一人に護衛の騎士が三名というのがセドリックは少し多過ぎるように感じているのかもしれないけれど、彼だって今は我が国の民でもある。
国際郵便機関の統括役でもあるし、これくらいの護衛はおかしくない。実際はエリック副隊長一人だけでも安心して任せられるとは思うけれど、ステイルの考えを踏まえても安全に越したことはないもの。
配属を告げた時からエリック副隊長だけでなく残りの騎士にも頭を下げて握手も求めて挨拶するセドリックの様子から人見知りの心配もなさそうだった。彼の記憶なら、ばっちり騎士二名も顔見知り以上だろう。……騎士の方からは私達の顔が別人に見えたままなのは申し訳ない。
有能従者ファリップの特殊能力は最低限隠す方向だから仕方がない。セドリックも我が国の騎士には礼儀を尽くしてくれているしエリック副隊長も一緒だし、初めての班構成でも問題はないと思う。…………私達よりも、はるかに。
「よろしくね、ローランド」
「はぃ。っ……ッはい。宜しく、お願い致します。……」
私とステイルの護衛にあたるのは、アーサーとハリソン副隊長。そして母上のご命令により強制護衛に付かされてしまったローランドだ。実力は問題ないとして、……正直すっごく不安だったりする。
今も私からなるべく自然にと意識して笑いかけてみたけれど、返事がちょっぴり消え入りかけていた。
小声で、というよりも喉が空回りした印象だ。自分でもそれが恥ずかしかったのが、それともまだ緊張しているのか、言い直した後も顔色がピシッとした表情に反してじんわり赤いまま頭を深々下げてくれた。
王族である私から目は離さないようにしっかり合わせてくれているけれど、それが余計に無理してくれているなぁとわかる。あまりにも一生懸命目を合わせてくれているから申し訳なくなって、結局また私から自然に視線を逸らすことになる。
ローランド。我が騎士団の本隊騎士で、透明の特殊能力を持つ十番隊の本隊騎士。
象牙色のさらりとした髪と、ちょっぴり釣り気味の黄色の目をした騎士だ。
確か、推薦してくれたのはカラム隊長だったと聞いたけれど。……この場にその推薦者のカラム隊長が居たらもう少し今も円滑にやりとりできたのかなと人任せに思ってしまう。カラム隊長が早くも恋しい。
昨日騎士団長に依頼後速やかに私達の元へ呼び出された彼は、狼狽えることなく任務から今後の詳細の策も聞いてくれ、今は絶対色々いっぱいいっぱいだろうなぁと思う。
初めての母上の近衛騎士というだけで凄まじいプレッシャーなのに、よくわかんない設定重ねていきなり予知だの人探しだのがっつり言われちゃったのだもの。
しかも、自分を推薦してくれたカラム隊長はお留守。我ながらタイミングが最悪過ぎる。いや、彼に依頼したのはもとはと言えば私ではなく母上なのだけれども!!
ハリソン副隊長は言わずもがな、アーサーもローランドへフォローを入れるまでは難しいように唇を結んだまま心配そうに見つめていた。
セドリックの背後に苦笑気味のエリック副隊長を見ると、ローランドの為にもエリック副隊長もこちらに付けるべきか悩んでしまう。けど、一人くらいセドリックに話しかけられる立場の騎士がいないと正直セドリックのことも心配だ。
あの子にとっても奴隷国はまだ落ち着かない上に理解できない受け入れられない部分が大きいし、他の騎士はまだセドリックに一言言えるほどの関係じゃない。エリック副隊長の人柄を考えてもここは彼を任せたい。
八番隊ではない騎士だしアーサーとも仲が良くないわけじゃないのだろうローランドだけれど、確か年齢はアーサーより上で立場としては部下且つ後輩でもあるからちょっぴり話しにくいのかもしれない。…………正直、アーサーが入団から昇進までが脅威的だから無理もないのだけれど。
アーサーはほとんどの騎士に対してと同じように、ローランドと話す時も敬語だったもの。未だアーサーの敬語基準はわからない。
私とステイルは、この三名の護衛騎士と共に引き続き貧困街で聞き込み調査をすることになった。
元サーカス団員にも団長の目撃情報を伝えないといけない。アーサーとハリソン副隊長は良いけれど、ローランドは昨日エルドと面通ししていないから透明の状態で付いてきてもらうことになる。
一人くらい大丈夫とは思いたいけれど、それでも護衛の騎士がまだ他にいるのかとこれ以上エルド達に不信がられても困る。なるべく貧困街には昨日顔見せした面々以外で入らないようにすべきというのが昨日の結論だった。
協力関係は結んだとはいえ、エルド達のこともまだ完全に信用できたわけでもない。これには今朝アーサーもステイルと目を合わせながら深く頷いて全力同意してくれた。
この宿に移動してからステイルはアーサーから聞いたという……そしてアーサーは部下であるノーマンから昨晩聞いたらしい話を今日の予定と一緒に私達にも聞かせてくれた。
貧困街がつい数十年前には存在しなかった、そしてし得なかったという状況。そして奴隷の立場も格差も変わっていないのに貧困街だけがポッと出たという謎の状況。……正直、ゲームの突然後付け設定かと言いたくなるような普通じゃありえない状況だと思う。今日の調査でそこも確認できれば良いのだけれど、素直に語ってくれるかは正直期待できない。
微かな可能性を増す為にも、やっぱり彼らからの不信の種は避けたい。その為にも母上からの御目付け役騎士が透明の特殊能力者で良かった。
「それでは、合流時間だけは厳守でお願いします。何か問題が起きればいつでも、合図を」
ステイルからの言葉と共に、今日の作戦会議が終了する。
昨日顔を合わせていない護衛騎士をステイルが一足先に瞬間移動で宿の外に出し、私達も追って正面から宿を出た。
捜査二日目、たったの一瞬も無駄にはできない。