表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
我儘王女と旅支度
8/289

Ⅲ5.騎士隊長は依頼し、


「ハァ?!カラムが?!」


なんだよそれ!とさっきまで手元に集中していた少年は一気に身体ごと振り返る。

狐色の目を吊り上げ、発明を組み込む手も止まった。折角の上機嫌が一気に地へ落とされた。

ついさっきまでは間違いなく機嫌も良かった。いつもは実力確認の試験の時くらいしかなかなか姿を現せない騎士が、呼んでもいないのにわざわざ自分の家に訪れたのだから。

学校帰りに家の玄関前で立っていた時は最初に騎士の団服を見て目を疑い、その後もちゃんと顔を確認して自分の知る騎士かどうか確認する為に二度見三度見した。もしかしたら自分が忘れていただけで学力確認と発明を提出するのは今日だったのかとも考えた。


結局、自分を迎えた騎士へ言えた第一声は「なんだよいきなり!!?」だったが、カラムから「突然すまない」と「今日は別用で来た」と言われれば安心できた。

が、結局中に入って発明を始めながら話を聞けば、来月の実力試験と発明の提出日をずらして欲しいという要件だった。

早めるでも遅めるでも良い。取り敢えずずらして欲しいと言われたこと自体はネイトも別段構わない。もう既に次回の提出分は作り終えているネイトにとって発明はいつ渡しても良ければ、勉強の方で考えれば後回しにしたい欲もある。昼休みの度に勉強を教えてくれる特待生達のお陰で今はなんとかついていけている。

それよりも、日取りをずらさないといけない理由の方が気になった。

別に良いけどなんでと、純粋な疑問を投げながらも予期せぬ来客に落ち着かず発明へと誤魔化したネイトにカラムの返答は簡潔だった。


〝遠征で長期間城下から離れることになった〟と。


「遠征ってなんだよ?!左遷?!カラムなんかやらかしたのかよ?!」

「色々と違う。先ず、遠征は左遷でも罰則でもない」

一概には言えないが、と断りつつも血相を変えたネイトにカラムも言葉を選ぶ。

確かに遠征という長期間任務を厄介払いのような扱いで押し付けられたり何らかの罰として担わされる場合も組織や方針、状況によってはある。しかし、騎士団での遠征は基本的に任務の一貫だ。騎士団にとっても何ら珍しいものではない。

隊や人物によって課せられる遠征も異なるが、国内での討伐任務の為に遠征することもあれば、治安維持の為に広大な国内の各地の統治を監査すべく巡ることもある。

そして今回は王族の遠征による護衛任務。左遷どころか任じられることは騎士としては誉れである。


しかし、それを関係者でもないネイトに言えるわけもない。ただでさえ今回は極秘任務も含まれている。

あくまで遠征というのは騎士には珍しくない任務の一つで、むしろ信頼があってこそ任される責任ある仕事なのだと丁寧に説明すれば、やっとネイトも正しく理解できた。ほっ、と丸い息がネイトから出たところでカラムも立ち話の状態から落ち着いて話せるようにと体勢を変える。

カーペットの上に座り込み作業をするネイトに断りを得て、自分も近くの椅子に腰を下ろした。


「具体的な期間は言えないが、ひと月前後といったところか。そこまで長くはならない」

「ひと月も?!どこが長くねぇんだよ!!」

ハァ?!と二度目の悪態で八重歯を剥く。

一週間そこらだと思ったのに一か月。ネイトにとっては長すぎる。

しかしカラムからすればたったひと月の遠征はそこまで長期間には入らない。「そうか?」と小首を傾げるカラムは、それよりもネイトに何か心配ごとでもあるのかという方が気になった。

「何か問題でもあるのか」と尋ねれば、直後には「ねぇけど!!!」と自分の三倍の声量で怒鳴られる。誤魔化しているのかとも一瞬考えたが、その後のネイトもむくれた表情から単に会えないことを寂しがってくれているくらいかと理解した。まだネイトと知り合って数か月しか経っていないが、そう思ってくれることは嬉しくも思う。

前髪を指先で軽く払い、「それと」とカラムは話題を変えた。今回、休息日〝でないにも関わらず〟演習場から離脱を許されたのはこの本題があるからだ。


『カラム隊長にも早々にお願いしたいことがありますので』


「可能であればで良いのだが、ジャンヌからの頼みだ。君の発明を買わせて欲しいそうだ」

実際はステイルとプライドからの。と、その事実は飲み込んでカラムはステイルからの依頼通りにネイトへ尋ねた。

その品名を口にすれば、ネイトも眉を寄せながら額の発明を指で突く。「……これ?」と示す発明にカラムも深く頷き、言葉でも肯定を返す。彼の発明の凄まじさはカラムも、そしてステイル、プライド、アーサーも目にしている。


ジャンヌから、という依頼にネイトは正直に首を捻る。

手紙はないのかと確認したが、今回は親戚のアランから言付けを得ただけだと言われれば確認する方法はない。しかし、よりにもよってカラムがジャンヌの名前を使って自分を騙そうとするとは思わない。

もう来月分の発明を作り終えている今、言われた発明を作るのはネイトも構わない。むしろ趣味の範中だ。だが、ちゃんとジャンヌから直接手紙が来ないのは腹立たしい。

何度カラムに預かってもらう為に手紙を書こうとしては途中で放り出してしまう自分と違い、ジャンヌなら字も綺麗で言葉で気持ちを書くのも上手な筈なのにと胃がちくちく突かれるような思いだった。


カラムからの頼みとはいえ、それはそれとしてジャンヌから直接頼まれないのは腹立たしい。むぅ……唇を尖らせながら発明から完全に手放し腕を組む。

「無理にとは言わない」とカラムに言われれば、反射的に「無理じゃねぇし!」と言いそうになるのを歯を噛んで押さえた。

必死に頭を回し、やっと口を動かせば最初に出た言葉は「良いけど」というネイトなりの低い声だった。


「……次からはちゃんとジャンヌから直接手紙寄越せよって言っとけよ。ていうか頼む時くらい手紙寄越せよ。山に勝手に帰って今度は発明もっとくれとか偉そーに……」

「わかった。伝えておこう。だが、その気持ちも先ずは君から手紙で書けば良いんじゃないか?手紙が欲しいと。良かったら手伝うか、もしくは代筆しよう」

「ッは。ハァ?!やだよ!そんなことしたらカラムも手紙の中身読むじゃねぇか!!馬鹿!ヘンタイ!!」

ビクリと思わず肩を上下させるネイトは一気に頭に血がのぼる。

カラムに手紙を手伝って欲しい気持ちもないわけではないが、それよりも手紙の中身を読まれるのが恥ずかしい。しかも今のカラムの言い方ではまるで自分がジャンヌからの手紙を欲しがっている〝みたい〟に聞こえる。

両親に頼むなら良いが、カラムに代筆されるのも恥ずかしい。学校でやっと字の読み書きもクラスの平均以下くらいまでできるようになってきて、周囲の子どもは自分よりもすらすら書けているから余計に羞恥心もあった。


しかしカラムからすれば、善意での申し出だったにも関わらず、また不名誉な暴言を投げられてしまった。

子どもの言うことだからと気にしないが、それでも常用されることは防ぐべく「そういう言葉を安易に使ってはいけない」とだけ注意した。それこそ新たな喧嘩や諍いの火種にもなりかねない。

学校で授業を受けるようになって少しずつ常識や学力を身に着けている筈のネイトだが、相変わらず罵倒の脈絡がおかしいとカラムは思う。


「代金の方は私が立て替えるから心配しなくて良い。ジャンヌの親戚も私と同じ騎士だから金額も遠慮は」

「要らねーし!!!俺天才だぞ?!もうレォ……ぉ、王族……にも売ってるくらいすげぇしちゃんと金も父ちゃんと母ちゃんが受け取ってるし!!わざわざジャンヌなんかに取り立てるほど困ってねーし!」

フンと胸を張りふんぞり返るネイトだが、未だレオンのことを名指しで呼ぶことも王族と関わっていることも家の中でさえ遠慮してしまうところは彼らしい。

そう思いながらカラムは少しだけ笑いそうな頬の筋肉を引き締めた。いっそジャンヌの祖父が山の主のような設定を前に出そうかとも考える。

まだ両親と違い、自分の発明の値段を知らないネイトはそれを安売りする節がある。しかし実際は、今後ミスミ王国のオークションにも出されるような高級品だ。流石に無料で得るわけにはいかない。

もう何度目からもわからないネイトへの発明の安売りは止めるように言うべく口を開いたカラムだが、呼びかけるより前に「代わりに」とネイトが言葉を続ける方が少し早かった。

言い分を先に聞くべく口をぴたりと閉じるカラムが目を合わせれば、ネイトは数秒言葉に詰まった。言おうとした言葉は決まっていたのに、それをカラムに頼むのが少し恥ずかしい。だが、それを手紙でわざわざ頼むのも嫌で、自分から顔ごと目を逸らしてから続きを言った。


「ごっ、ゴーグルいくつか作ってやる代わりに!今度ちゃんとまた会いに……来いよって。ッ俺に!……それちゃんとあの親戚に約束させろよな。勝手にジャンヌ達取っていったあの騎士に」

「ジャンヌ達が山に帰ったのはアランではなく山の方の御親族の関係だが……わかった。伝えておこう」

この場で王女の予定に自分から確定はできない。しかし、プライド達ならば頷くのだろうと考えながらカラムは表向きの理由と共に伝言にだけ同意した。


王女に会わせろなどと大それた願いではあるが、ネイトの発明と引き換えにとなればある程度の釣り合いは取れる。ただでさえ、ネイトのゴーグルが欲しいのは〝第一王女の安全を確実に守る為〟なのだから。

早速目の前でレオンへの発明を作り途中で止め、ゴーグルを作り始めようとするネイトにカラムも感謝する。

提案したステイルが「金額はレオン王子が買い取っている額の倍額もしくは相応のもので支払いましょう」とプライドに合意を得た時点で、つまりはそれほどに今回の遠征に必要なものだとカラムも理解する。

一個につきたった三回しか使用できない発明だが、だからこそ複数あるにこしたことはない。もし万が一プライドをよく知る何者かが居合わせても、それさえあれば凌げる。


「因みに、できれば色や設計は地味なもので頼みたい。通常の眼鏡に近いものなど……」

「ハァ?!やだ!!あれ格好良いだろ!!?絶対変えねぇからな!!どうせ掛けてりゃ透明人間みたいなもんだし良いだろ!」


できれば掛けていない時も装備していて目立たない装飾にと思ってのカラムの提案だったが、これはネイトも一刀両断だった。


Ⅱ597

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ