Ⅲ52.騎士達は踏み込む。
「結局なんなんだろうな。このカード」
「出すな仕舞え。もう目と鼻の先だ」
指の間に挟んで掲げるアランに、カラムが声を潜め注意する。
数分前、突然自分達の目の前に表出したカードをアランはまじまじと色々な角度から眺めてしまう。それが誰からのものなのかはアランもカラムも推理するまでもなくわかっている。問題はその内容だ。
現れたカードには二人別々に妙な指令が書かれていた。事前に口頭で言うのではなく、しかし報告を待たず今の段階でということはそれなりの理由があるのだと察せられる。たがそれにしてはどちらも妙な指令だった。
緊急事態でないだけ幸いだが、それでも意図はどうしても気になった。
「指令なのだからその通りにするだけだろう」
「いやそうだけど。これもアレに関わるとかなのかなーとか」
予知、にと。そうアランが差していることはカラムも当然理解する。
プライドもしくは女王、またはフリージアにいるティアラが予知をし、それが自分達の指令にも繋がるのか。しかしそれならもっとわかりやすく書いても良いものである。
自分達の居ないところで何かあったのかと、そう考えれば引っかかるのはアランだけではない。カラムも眉の間を寄せながら前髪を指先で払った。あくまで今は任された任務に集中すべきだと、足が向かう先へと意識を向ける。
プライド達と王族宿泊の宿まで同行した後、着替えを済ませステイルの手により商人宿泊の宿に瞬間移動した二人は今は騎士の装いではなかった。持参したカラムと、そして着替えをエリックから汚すこと前提で買い取ったアランは二人とも一般人に馴染んでいた。アランの方はシャツこそ前のボタンは留めずに開けたままだが、上着の方は日中も来てたお忍び用の上着の為寒くはない。
プライド達と最初に行動した時と違い、今は自分達へ振り返る者はいない。
宿を出てから貧困街傍を経由し直線距離でサーカスに向かった二人だが、日も暮れた悪さもしやすい環境であるにも関わらず一度もそういった被害に遭うことはなかった。
それが身体付きから狙いにくいと判断されたからなのか、プライド達との約束通り貧困街がエルドの命令通り行動を控えているのかはわからない。
とうとう目視でも捉えられる距離までサーカスのテントに近付いたアラン達は、周囲の気配を注意しながら歩み寄る。
周辺は、静かだった。テントの向こうすら昼間と同じく騒がしさの欠片もない。本来ならばどこかしらの時間に練習をしていてもおかしくない。
やはり、元サーカス団員の話から判断しても完全に停滞しているのだろうかとカラムは考える。周辺の観察に足を止めるカラムに代わり、アランがテントの入り口表面を軽く叩いた。
「すみませーん!サーカス団員募集中って聞いて来たんですけどー‼︎」
入って良いですかー?と、近所迷惑を考える必要のない空き地に構えるテントへアランの発声が響く。
あまりの大声に、カラムは両耳を塞ぎ顔を顰めた。隣に自分がいることを考慮しろと言いたくなりながら、今は繰り返し呼びかけるアランから自分の鼓膜を守る。
アランが四度目の呼び掛けをしたところでやっと「うるせぇ」と覚えのある声が返された。大股気味のズンズンとした足取りで近付く音にアランも口を閉じる。
良くも悪くも自分達の唯一の顔見知りが眉間に皺を寄せて現れた。硬そうな茶髪に身体つきにも恵まれた男、アレスだ。
「!アンタら、今朝の奴と一緒にいた……?」
「あーはいそうです。いや今回はそっちじゃなくて、サーカス団員に俺らもなれたらなーと」
「アラン、順を追って話せ。怪しまれるだけだろう」
あまりにも雑に話を押し進めようとするアランに、カラムが間に入る。
しかし二人がジャンヌ達と一緒にいた人間だとひと目で気付いたアレスからすれば、既に怪しさ満点である。開けた入口を今すぐ下ろそうかと考えたが、「突然夜分に申し訳ありません」と謝罪するカラムに取り敢えず説明を聞き終えるまではと睨んで待つ。
切り札で押し通そうとしたアランと違い、カラムは既にそれらしい言い訳も考えていた。
ジャンヌ達の仲間だとは知られている自分達だが、まだアレス達には騎士とも知られていない。あくまで商人の一団だ。
もともと自分達はサーカス団の噂に興味を持ってジャンヌ達に同行させて貰った。先ほどはジャンヌ達とアレスとのやり取りの手前、言い出せなかったから出直した。下働きでも構わないから試しに数日雇って見てほしいと。そう順序立てて説明するカラムに、アレスは眉を寄せながらも聴ききった。
確かに自分とジャンヌとの喧嘩越しのやり取りでは言い出せないのも無理はないと思う。しかし、やはり彼女の手先だという疑いは拭えない。
カラムから「試用期間中は無償で構いません」と最後に好条件で締め括った後も口を固く結ぶアレスは、やはりすぐには受け入れられなかった。
「どうですかね。わりと身体動かすのは俺も得意な方ですし、さっきも団員だったか居ないみたいなこと言ってましたよね。その代わりに」
「下働きどころか演者張る気満々かよ」
「不在という団員は演者の方だったのですか?」
直球を投げるアランへ再び表情筋へ力を込めるアレスにカラムはあくまで事情を知らない設定で話を進める。
うっかり口が滑ったアレスもこれには口の中を噛んだ。逃げた団員の名前を零したのは自分だが、演目までは言ってなかった。
怪しさからすれば今すぐ追い払いたいのは事実だが、演者が足りないのも事実。サーカスの都合上どんな演目でも身体を動かせる人間はいくらいても足りない。
目の前の二人が服の上からでもわかるしっかりとした身体付きであることも考えれば、自分の一存で追い出すのは躊躇われた。特にアランに至れば本人の自信通り何かしらの演者になるのも難しくなさそうな逞しさだ。
何より、自分はサーカス団の団長でも何でもない。
単に客や部外者ならばいくらでも追い払えるが、サーカスの主戦力になりえる人間は自分の独断で追い払って良いか決めて良いわけがない。
「私は特殊能力者です。詳細と証明は中でさせて頂ければ幸いですが、少なからずお役には立てるのではないかと」
「あ、コイツ雇うなら俺も一緒に雇うのが絶対条件でお願いします」
ハァ⁈と、思わずアレスが今度は声を響かせた。
今までもサーカス団で雇う前に技能を尋ねることはあったが、特殊能力者が自ら売り出しに来たことは一度もない。年中募集はしていたが、一度もだ。
嘘だろ⁈と叫んだまままじまじとカラムへ顔を近付ける。眼球がこぼれそうなほど見開いて凝視するアレスに、カラムは改めてもう一度証明はテントの中でと促した。
ただの技術者ではない、特殊能力者だ。演者にのるならサーカス団員としてもここで見逃せるわけがない。
さっきまで自身が佇む形で塞いでいた入り口に、自ら道を開けとうとう二人を招き入れた。
「ちょっとそこで待ってろ。今団長の代わり呼んでくる」
血相を変えてテントの奥へと一人駆け出すアレスにカラムが一言で応じる中、アランは軽く手を振り答えた。
やっぱり細かい嘘説明をしなくてもカラムの特殊能力を仄めかすだけで中に入れたんじゃないかとこっそり思いながら、結局中には入れたんだから良かったことにする。カラムと目線は合わせずアレスの去った方向を見つめたまま、口だけ動かし声を潜めた。
「……団長の代わり、ってことはやっぱアレだよな?」
「恐らく。団長が未だ不在であることも間違いないようだ」
状況は自分達が得た情報からあまり変わっていない。
それを互いに確認し合いながら、頭中は今日一日の情報がめぐる。
団長の代わりと呼ばれる、一夜でサーカス団を掌握したと言われる女性。元団員達すらその詳細を持ち合わせていないその人物に、直接会えるのだと僅かな緊張が指先に触れた。
アレスが招き入れたことと駆け出したことにより、他の団員達もそろそろと姿を現し顔を覗かせた。目が合う度にぺこりと頭を下げるカラムと、友好的に手を振るアランに何人かは反応も返した。
「……あー、俺が関わるのあの辺かなぁ」
ぼそりと、隣にいるカラムしか聞こえない大きさでこぼすアランの声は笑顔のまま僅かに低められていた。視線の先では未だ物陰から出ずに鋭い眼差しで自分達を監視しているいかつい男だ。今更その程度で圧迫感を覚えるアランではなく、まぁまぁ大丈夫だろと思う。
カラムも視界に入れれば「そうだな」と一言返す。アランならば問題ないだろうとあまり心配もしない。それよりも自分はと視線を回したが、今のところユミル達のような子どもの姿は見えない。物陰から敵意はなく、こそりと細い手足と自分を守るような低い姿勢と汚れた裾の女性や身嗜みを考えない泥のついた衣服の青年が見えればあの辺だろうかと検討付けた。
自分達が見られているようにこちらからもテントの内側の彼らを観察して間もなく、アレスが戻ってきた。彼の背後に続く影に、アランもカラムも向き直る。
ヒールを鳴らし、現れたのはアレスよりも細身で色の白い
女性では、なかった。