そして反省する。
「すまないなティアラ。俺はそろそろ戻らないといけない。ジルベールに話を聞くのは構わないがお前も休息時間だろう?ゆっくり休んでくれ」
「兄様達のことちゃんと知れないと落ち着いてなんていられないでしょ。兄様こそ無茶しないでねっ」
ぷぅ、と少し頬を膨らませながら兄の気遣いを受ける。妹の可愛らしいすね方に、ステイルも優しくその頭を撫でた。
ありがとう、明日も何時に通信をするかはわからないが姉君にも心配していたと伝えて置くと。言葉を重ねながら、妹をしっかりと労った。
自分と女王である母親がいない間も身を粉にして国を回す父親や叔父のこともよろしくと頼み、ウェーブがかった金色の髪をそっと撫でおろす。
小さな顔をぐっと自分の方へと上げてくれる妹の顔を最後にまじまじと見つめ、顔色が良いことに安堵した。がんばっていることは間違いないが、ちゃんと無理はしていない。
「……ジルベール。お前に限って心配ないとは思うが、一応無理をするなと命じておく。俺達の依頼も本業に支障をきたすなら断って良い」
「ええ、ええわかっておりますともステイル様。勿論でございます。御心配頂き心より感謝致します」
〝心配ないと思うが〟と言われた時点で本当は「勿論です」と答えようとしたジルベールは、敢えて最後まで聞いてから深々頭を下げる。
今それを言えばせっかくお怒りを鎮めて心配までしてくれた彼の言葉を無碍にすることになる。
やはり自分の思った通り心配してくれていたことに胸を温めながら、頭の旋毛が見えるほどに感謝を礼で示した。先ほどまで怒っていたにも関わらず、そこで謝罪の分働けではなく無理をするなというのが彼らしいと思う。
ステイルの優しさを受け取ったところで、ジルベールにほんの少しだけ悪戯心が湧く。「ところでステイル様」と今にも瞬間移動で消えそうな彼へ呼びかけた。
ジルべールに呼ばれ、まだ何かあるのかと眉間に皺を寄せるステイルが顔を向ける。やはり仮の姿ではなく彼本来の顔でその不機嫌な顔を見れるのは幸いだと思いながら、ジルベールは反省しつつもフィリップに頼んだのは正解だったとも思う。やはり確かな顔色を確認できた安堵は大きい。
そしてその安堵と優しさに、ほんの少しだけ意地の悪さが勝った。
「 」
直後、カァアアアア!と顔を真っ赤に赤らめたステイルは返事もせずに漆黒の眼光を鋭くして姿を消した。
きょとんと目を丸くするティアラも、そしてフィリップもその言葉の意図はまだわからない。しかし、間違いなくジルベールが何かしらステイルが怒るとわかってそれを投げかけたのだということは彼の楽しそうな笑みで理解した。
それではティアラ様、と。ステイルが消えたのを見送ってからジルベールはティアラへ呼びかける。
ステイルから許可を得た以上、ティアラに詳細を話すことは構わないが可能ならば客間かティアラの部屋に場所を移したいと望むジルベールにティアラもすぐに頷いた。ならば比較近い、この王宮内にある客間で落ち着いて話しましょうと提案するティアラは、早速侍女達にお茶の用意をと気合を入れて一足先に部屋から去っていった。
「待ってますね!」
笑顔で小さく手を振るティアラに合わせて手を振り返すジルベールは、そのまま扉が静かに閉ざされるのも足を止めて待つ。完全に扉が閉じ切り外界を謝罪されてから一呼吸置いた。
しんと静まり切った部屋で、ゆっくりと身体ごと正面をこの部屋にもう一人へと向ける。
「フィリップ殿。……本当に、この度は御無理を強いてしまい申し訳ありませんでした」
「?!いいえ、お、私から言い出したことですので。私の所為で殿下に宰相様までお咎めを受けてしまい、こちらこそ申し訳ありませんでした……」
まさかしっかり謝罪を受けるとは思っても見なかったフィリップは目が転がりそうなほど見開く。
ステイルへ向けたのと同じほど頭を深々と下げる国の宰相に、流石のフィリップもおろおろと挙動が揺れ視線が逃げ泳ぐ。王子専属従者すげぇ!と今更過ぎる感想が頭を過りながら、どうやって頭を上げさせればいいのかと考える。今まで目上な立場の相手に頭をしっかり下げられたことなどない。常に自分が下げる側の立場だったのだから。感謝や礼儀程度ならばまだしも、今回はあまりにもしっかりした謝罪だから余計に戸惑ってしまう。
血色まで悪くのを感じながら顎を反らし両手を左右に振るフィリップはなんとか「どうぞ頭を上げて下さい」の言葉を絞り出した。
それすらも目上な立場の相手に軽々しく言っていい言葉なのか判断つかない。国の宰相に謝罪を受けるなどなかなか受けられる経験ではない。
フィリップからの言葉に時間をかけて頭を上げたジルベールだが、本当に反省があった。まさか、あそこまでステイルが本気になって怒るのは予想の範囲外だった。
今までも勝手に自分の従者と仲良くするなといった系統の圧力を向けられてはいたが、今回は本当に怒っていたと確信する。
ステイルに怒られるのはまだしも、本気で彼に不快な思いをさせてしまったことも彼の大事な存在を困らせたこともそれに関しては今後も気を付けなければとジルベールは考える。
自分もまだまだだと省みながら、音もなく息を吸い上げた。
「お詫びにはなりませんが、今日はどうぞここでお帰り頂いて結構です。従者達には私からも伝えておきます」
給与はしっかりと一日分に加算しておきますのでと、言葉を重ねるジルベールにフィリップは純粋に「やった!」と心の中で思いながらも困惑した。
そんな悪いです、最後までやらせて頂きます、と言葉を続けるが、その間も頭の隅では早めに帰ればその分買い物をする時間もできると思ってしまう。もともと従者や使用人としての仕事歴はあっても、役職に対してのそういった意識は高くもない。
遠慮するフィリップの顔色をしっかりと薄水色の瞳に捉えるジルベールは「いえ」ときちんと断る。
今回は自分の失策である上、今後それでもステイル達との通信時はまた特殊能力を明かして施してもらいたい以上、自分もそれなりの誠意をみせなければならない。
早足にならないように留意して歩み寄り、フィリップへ握手を求めるように片手を差し出した。彼が意図を理解して特殊能力を解くべく触れてくれるまでに、反対の手を自分の服の中へと忍ばせ軽く探る。握手を交わし、目の前の好青年らしい顔つきの彼が、見慣れた美男子の従者に変わったことを確認してからジルベールは反対の手で探り当てたものを両手で握手する形で握らせた。
「こちら、お詫びの品ではなく大変申し訳ありませんが。御心配なく、賄賂といったものではなくあくまでおつかいのついでです」
へっ、おあ?!と気の抜けた音の直後にうっかり大声を上げてしまうフィリップの手には、大金と呼べる金貨が一枚握らされていた。
流石に金を直接渡しての謝罪が卑しいことはジルベールも当然わかっている。だからこその「おつかい」と彼が金額を確認する前に銘打ったまま、にっこりと優雅な動作で彼から手を離す。
ここで金を払って済ませたなどと知られればステイルに後日もっと怒られるだけである。
「第一王子殿下の専属従者殿の御力をお借りしたお礼です。王都に美味しい焼き菓子の店がありまして、今から行けば間に合うかと。そのお使いを今日は最後の仕事に直帰して頂いて結構です。私は焼き菓子一箱だけで充分ですので、残りのお釣りはどうぞご自分に買うなりご自由にお持ちください」
謝罪の菓子を本人に買いに行かせる形で、早退の良い理由も提供する。そのジルベールからの気遣いはフィリップもすぐに理解した。
えっ、いえですが!と思いながら、時計を見れば焼き菓子店であれば閉まってもおかしくない時間である。どう考えても菓子一箱に金貨一枚は高すぎるが、ジルベールからその菓子店の名前を聞けば判断もつかなくなった。貴族の従者だった頃も実際に買いに行ったことはないが話題ではよく耳にした、有名な高級菓子店である。
確かに金貨一枚は必要かも!と、相場もわからず考えるフィリップは遠慮の時間も勿体なくなってきた。目上の相手に頼まれた以上、役目は完遂させなければならないということだけは身体に染みつけられている。
思わずこの場でネクタイを緩めそうになるほど慌てる彼にジルベールも「着替えは部屋でお願いします」とゆっくりした口調で注意した。王宮は服を緩めて良い場所ではない。
「慌てずともこれから向かえば徒歩でも間に合います。ご家族にお土産も良いと思いますよ」
「あ、ああありがとうございます……!お心遣い重ね重ね感謝致します大変申し訳ありません、それではこれにて失礼致します……!」
まだ混乱が抜けないまま、定規で図ったかのようにガチガチの動きで礼をするフィリップは一目散にそこで退室を決めた。
徒歩でとは言われたが、着替えたら速攻で買いに走ろうと決める。ジルベールに頼まれた菓子であると同時に、こんな時間に帰れる日も高級菓子店に行ける機会も滅多にない。今度アムレットが帰ってきた時に食べさせてやりたいという欲求も膨らめば、選択肢は他になかった。
廊下へ出たところで走りたくなる衝動を大股早足で進み、ステイル達が住む宮殿の従者用の裏部屋へと急ぐ。
宮殿で働く為の従者服で外に出ても良いが、走って汗を掻くには躊躇う上等さの為やはり城へ通う為の通勤用従者服に着替えなければと思う。
菓子店の場所が王都のどの辺だったか確認するのを忘れた、金貨を脱いだ服の中に忘れないようにしないと、ジルベール宰相の分も忘れず買うように!と。頭の中を精査しながら、全く別の片隅では思考の巡りに伴い別の疑問も浮かぶ。
ステイルの従者である自分に対してあそこまでしおらしく謝ってくれる上に、どうみてもステイルのことを気遣って大事にしているようにしか見えない。そのジルベール対し、どうしてステイルは妙に刺々しいのか。
そして宰相だからとはいえ、何故ステイルの見ていないところでも自分にまでこんなに親切にしてくれるのか。
何より、そこまでステイルに腰は低くて丁寧で礼儀も尽くしている彼がそれでも、最後の最後に不機嫌がちょっと治ったステイルに対して
『ところでステイル様、〝侍女〟との会話はつつがなくできておりますか?』
何故、わざわざ怒らすような言葉を言ったのか。
何故あれでステイルが赤面したのかまでも理解が及ばないフィリップだが、しかしステイルが顔色を変えたのもそしてジルベールのしてやったり顔もそれだけは目に見えてわかった。
ステイルと仲良くしたいのか、それとも怒らせたいのか虐めたいのか嫌われたいのかわからないジルベールとステイルとの関係は、旧友専属従者にも未だ測りかねるものだった。
本日二話更新分、次は木曜日に更新致します。
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