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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
越境侍女と属州
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Ⅲ49.宰相は叱られ、


「兄様っ…兄様なの??こっちに戻ってきていたの?!」


「久しぶり、……といっても一週間も経っていないな。元気だったかティアラ」

扉を開けたところで思わず口を覆ったティアラに、ステイルは軽く視線を投げる。

ジルベールの執務室。打ち合わせと知恵を借り終えたジルベールを再びそこへ戻すべくプライドの許可を得て瞬間移動で共に戻ったステイルだが、そこでちょうどジルベールの部屋へノックを叩いたティアラと鉢合った。


コンコンとノック音に最初は口を結んだステイルだったが、ノックの主がティアラと知ればそのまま留まった。

衛兵により廊下から扉を開かれたティアラも水晶のような目を丸くして声を上げそうになったが、扉が完全に閉じられるまでは我慢した。閉じられ、一歩二歩三歩と扉から離れ部屋の奥へと進んだところで初めて兄へ声を発すれば、最初は少しひっくり返りかけた。

ジルベールがラジヤに到着したプライド達と通信兵を介していると、王配である父親の補佐業務を行っているティアラも当然知っていた。もう打ち合わせは終わったところだろうとは察していたが、休息時間を得た今ジルベールから通信兵を介しての姉達の様子だけでも聞ければと訪れれば、まさかだった。


自分のノックに部屋へ入ることを許されたその先には、ジルベールとそして新入り従者であるフィリップ、そして兄……と同じ背丈、と眼鏡をかけた青年が立っていたのだから。

フィリップの特殊能力により姿を変えたプライドは確認しているティアラだが、兄の姿を見るのは初めてで断定できず首を傾けた。しかし自分からの呼びかけに眼鏡の黒縁を押さえる仕草もそして話し方や声も全てが自分の知る兄そのものだ。


「もちろん元気よ」と歩み寄るティアラは、ステイルの顔から目が離せない。

フィリップの特殊能力の優秀さは知っていた筈だが、それでも黙っていれば兄には見えない。力強い兄のイメージから、顔つきだけでむしろヒョロリと不健康そうな印象まで持てる。まるで朝日を浴びていない鶏さん、と思いながらうっかりその人相だけで「兄様こそちゃんと寝てる?食べてる??」と心配してしまえば、ステイルの方がうっかり笑んでしまった。

赤の他人だけでなく可愛い妹にまでそう言われてしまうとはと、この顔の出来栄えは上々だと思う。


「ジルベールを借りていた。今は少し個人的な話をしていただけだ。これから戻るが、お前の顔が見れて良かったよ」

「もう行ってしまうの?お姉様はお元気?アーサーや近衛騎士の方々は??ヴァルとは合流できた?レオン王子に、……っ、せ……セドリック王弟はまたお姉様達にご迷惑とかっ……」

途中からもごもごと口ごもる妹に、今度はステイルが首を傾げてしまう。

引き留めようと最初の勢いが嘘のように歯切れが悪く顔を自分から伏せてしまったティアラは、細い両肩が上がっていた。セドリックの話題で急に薙いだ妹の言葉を聞きながら、未だ防衛戦でのことを気にしているのかと考える。

奪還戦ではセドリックと共に自分や騎士の制止も振り切って戦場を駆け抜けていたティアラだからそれなりに彼への信頼はあると思っていたが、こう心配するのを聞くとまだ道のりを遠いなと他人事としてセドリックへ思う。

若干の不憫さを感じながら、セドリックへ協力も邪魔もしないことにしているステイルはせめて事実だけはきちんと伝えておいてやろうと考える。

眼鏡の黒縁を再び指で押さえながら溜息まじりに口にすれば、自然と視線は赤面を隠すティアラではなく斜め上宙へと浮いた。


「姉君は元気だ。アーサー達も順調に姉君へ協力してくれている。ヴァルとも無事合流できて今はレオン王子が面倒をみてくれている。セドリック王弟も今日は色々と活躍してくれた。彼のお陰でサーカス団の場所も特定できたし結果として新たな協力者も得られた。お前が心配するような問題は起こしていない」

話しながら脳裏にはセドリックが姿を変える前は女性に愛想を振り撒いて無駄に目立ち注目を集めた時が過ったが、忘れたことにしてやる。

セドリックがこの場にいれば少し弄ってみるには良い話題だが、彼のいないところでそういった陰口を言うのは気が進まない。それに実際、セドリックは本当に今日はよく健闘してくれたとステイルは思う。

少々拗らせかけた時もあったが、ハナズオにとって目の仇、むしろ宿敵と言っても良いラジヤの地で、奴隷に囲まれ更には〝兄〟を蹴落とした元王族を前にあの程度で済んだのは幸いだとすら考える。

彼にとって間違いなく今の滞在は不快この上ないのに、それに関しては文句ひとつなく自分達に最善で協力してくれている。


兄からの含み一つない報告を聞きながら、眼差しから少しずつティアラの視線が上がっていく。

ちょこりと途中から兄を見上げようと顔の向きも上げれば、至近距離にいる兄よりもその後方にいるジルベールと目が合ってしまった。にこにこと微笑ましいものをみるジルベールの笑顔に、今だけはティアラの肩が大きく上下する。

ジルベールには自分の気持ちも半分以上知られている気がしてならないティアラは、思わず細い喉を鳴らした。「よ、良かったわ」と声もひっくり返り気味になりかけた。胸をぎゅっと両手で押さえ、それから二回早めの深呼吸を繰り返してからやっと視線を別人顔の兄へと上げる。


「ジルベール宰相とはどんなお話をしていたの?あと、フィリップも何かあった??」

「…………ちょうど、それについて話していた」

ジルベールの後に視界に入ったもう一人の人物の様子を尋ねれば、ステイルからは低い溜息が放たれた。さっきまでは妹に対しての温かな眼差しだった眼鏡の奥が、不健康な顔つきに似合いじんめりと薄暗く淀んでいく。

自分の知る兄とは別人の姿ではあるが、それでもきっと本当の姿なら漆黒色の目が濁っているのだろうなとティアラは妹として理解した。


自分が部屋に入った時には、王女の惨状になんとか切り替え姿勢を正したフィリップだが、未だジルベールにもティアラにも顔を向けられないままだった。ぐっと背中が反るほど伸ばしながらもジルベールに後頭部を向け、赤らんだ顔で目尻に羞恥の涙の痕を残したままの彼をティアラが見過ごすわけもなかった。

まさかジルベール宰相に怒られちゃったのかしら?と思うティアラだが、ジルベールが兄の大事な従者を虐めるとも思えない。しかし、兄の薄暗い怒りは間違いなく疑惑ではなく確定した時のものだった。

再三の根に持つステイルにジルベールも眉を垂らし肩の角度も下げる。もう今日だけで四度は謝罪しているのに未だステイルの怒りは治まらない。

「お前からもジルベールがフィリップに無理強いしないように目を光らせてくれ。フィリップの特殊能力を知るのは極一部だが、こいつに知られるのは一番面倒だったと思い知った」

「あの、殿下……私はもう気にしておりませんので……。ジルベール宰相にも、私からお力添えさせて頂けるのならばと申し出ただけで」



「それがこの男の手口だと言っているだろう。お前のお人好しを甘くみていた俺の失策だった」



指先でまだ染みる涙を自然な動作で払い誤魔化しながらあくまでジルベールを庇おうとするフィリップを、すかさず一喝する。

その兄とフィリップ、そしてジルベールの様子にそれだけでティアラはどんなことがあったのか大幅に察せた。きっとジルベールが何かフィリップに敷居の高いお願いをしてそれが兄にバレたのだと。そこまで理解すれば、当然頭に浮かぶのはフィリップの特殊能力だった。

今でこそレオンをモデルにした整った顔立ちの彼だが、その本当の姿はまだティアラもちゃんと見たことがない。一体どんな顔かしら?と興味が湧いたことは数知れないが、本人が隠したがる為無理強いしようとも思わない。誰にだって隠したいことの一つや二つあるのは自分だってよくわかっている。

半分なんとも言えない笑ってしまう顔になりながら、兄とフィリップそしてジルベールを順番に見比べた。


ジルベール自身、無理強いとは言わずともフィリップを誘導した自覚はあった。

通信の時点でも声は同じでも姿は別人のステイルに違和感を抱いたのは拭えなかった。プライドとは直接顔を合わせた分良かったが、ステイルは別である。しかもステイルの策謀の一つだろうと理解はしつつも、やはり不健康そうな顔つきのステイルを見ると落ち着かなかった。

数日とはいえ開けた上、慣れない奴隷生産国ラジヤに身を置いたステイルが本当に心身どちらかの調子を崩したのかと心配すればきりがない。アーサーという親友を共に置いているのだからと考えても、やはり。

ただでさえステイルが精神上支障をきたし限界を迎えたのをジルベールは目にしたことがある。

目の下にクマらしくものを持ち、顔つきもげっそりという印象を拭えない彼の本当の顔つきを確認したいと思うのは避けられなかった。


ステイルが与えてくれた十五分の猶予の間に、フィリップを呼び出し遠回しに〝心からお慕いしているステイル様達の顔を数日ぶりにちゃんと見たい〟ということを重ねて訴えてみれば、ジルベールにとっては簡単な篭絡だった。


そしてフィリップは未だに、本気で自分の意思だったと思って疑っていない。

話題を投げたのはジルベールではあったが、そこから数日ぶりの身内の顔をちゃんと見たい気持ちは痛いほどわかってしまった自分だからの提案だ。自分だって可愛い可愛い妹のアムレットや弟のような親友のパウエルが遠くに行っていて数日ぶりに顔を見れたと思ったら知らない別人の顔だったら落ち着かないし満足しないかもしれないし場合によっては泣きたくなる。

そこを突かれれば、色々と世話になっているジルベール相手に黙っていられるわけがなかった。


ジルベールにまで自分の顔を必然的にみられることになるのは死ぬほど羞恥が襲ったが、それでも背に腹は代えられない。

どうせ特殊能力の数で負担を感じたことはないしと、恐る恐る提案すれば思った以上に喜ばれ、引っ込みも付かなくなった。この人なら自分の本当の顔がこんなでも馬鹿にしたり蔑んだりはしない筈という信頼もちゃんとあった。

しかし、実際にジルベールへ特殊能力を施した途端、持て余した時間じっと顔を隠すわけにもいかず、その間にまじまじと切れ長な目を開いて顔を見られ「好青年ですね」と褒められれば、顔から火が出る思いだった。

フィリップ自身、自分の顔は好きでも自分の顔がイケメンではないと自分で思う。そんな自分が今まで美青年を気取って格好つけているのが死ぬほど恥ずかしいのに、そんな優しい言葉を受ければ居た堪れなくすらなった。

ステイルが迎えに来ても、相手がステイルだと思えば改まるよりもこのままジルベールから顔を隠していたいという欲求が勝つほどにはフィリップにとっての恥ずかしかった。

ジルベールが去った後も誰もいない部屋で悶絶し続け、戻ってきた頃には少しは気持ちは切り替えたがそこでまたステイル直々にジルベールへの説教をされればまた羞恥がぶり返し、顔色を禁じえなかった。

自分のことで怒ってくれるのは嬉しいが、こんなことでジルベールが怒られるのがまた申し訳ない。


少し消耗したようにも見えるフィリップの顔色に気付けば、そこでステイルも仕方なくここで切り上げた。

ティアラも来たところで話も終えようとは考えていた為「まぁもう言いたいことは言ったが」と切り、妹の前でまで旧友の恥ずかしい話題をぶり返すのは止める。


フンと鼻を鳴らし、改めてティアラへ身体ごと向き直った。


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