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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
越境侍女と属州
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そして教授を受ける。


「なるほど……。なかなかの賑やかな旅行になったものですねぇ……」

「アラン隊長とカラム隊長は既に着替えてサーカス団へ向かっている。騎士団長への報告もこれからするところだ」

「ええ、ええそれが最良でしょう。時間もない現状では騎士団長も納得されると思います。何より、王族が最初に先発隊になるよりははるかに」

ぐう。

さらっと不意打ちでジルベール宰相から痛いところを突かれた。読まれている。まさか最初から本当に私も突入したかったとは言えない。


騎士団長、という言葉にこれから報告するもう一人の相手をそのまま思い浮かべればやっぱりアラン隊長達に任せることにして良かった!と心から思う。ここで私が行ってきますとか言ったら、絶対絶対騎士団長に怒られる!お説教コース待った無しだ。

大事な部下お二人を急ぎだからとはいえ先んじてサーカス団に送り込んでごめんなさいと言うつもりだったけれど、言われてみれば私が出た方が大ごとだった。

ふむふむと、私の予知も鑑みて今後の行動をステイルと論じてくれるジルベール宰相は、口元に曲げた指関節を添えながら真剣そのものだった。

捕捉するまでもなく、もう自分が呼ばれた理由もわかってくれているようだ。


「騎士の件も、陛下に今夜からご相談されて問題はないかと。必要ならば私からも補助致しますが、護衛騎士が減ることの危険性は重々御存知の御方ですから。指定された騎士二名に関しても問題はないでしょう」

良かった。

ジルベール宰相からの太鼓判にほっと私は息を吐く。もし万が一の時はジルベール宰相が協力してくれるという言葉も安心材料だ。ジルベール宰相なら母上達を納得させてくれることもできる。

けれど言い切った後も変わらず思案顔のジルベール宰相は少し眉が寄っていた。何か心配な部分でもあるのかしらと見つめると、小さく唇が動いた。

聞き取れない音に、私達へ返したというよりも独り言のようだった。

私もステイルも拾えない中、セドリック一人が少し興味深そうに目を開く。恐らくジルベール宰相の呟きが〝読めた〟のだろう。

その後に、ふぅ……と短い息を吐く音は私の耳にも届いた。


「明日の予定について、ですが。やはり最優先はアレスという青年の予知とサーカス団の団長捜索ということで宜しいでしょうか」

「ああ、だが先の説明で察しもついただろう。サーカス団員は互いの機密保持も固い。〝お前ならば〟どうやって短期間で情報を割らせる?」

ジルベール宰相を呼んだ一番の理由を問いかけるステイルに、私も口の中を飲み込んだ。

そう、今回は学校の時よりも遥かに短期決戦だ。学校でも一か月使ってゆっくり学校と馴染んだ……馴染みかけた私達だけれども!今回は特に時間がない。


アラン隊長やカラム隊長ならサーカス団員と信頼を築くこともできるとは思うけれど、そんなにすぐ全員と秘密を打ち明けて貰えるほどかはわからない。

二人の潜入を無駄にしない為にも、ここは潜入先で情報を掴む方法が必要だ。アレスには一度アラン隊長もカラム隊長も顔を合わせているし、警戒される可能性もある。サーカス内情で団員達の情報や状況くらいは把握できるだろうけれど、あくまで知れるのはサーカス団員全員が知る内容程度。外部にどころか、アンガスさん達既存のサーカス団員にも明かされていなかった団長不在の理由も、謎のベールに包まれているラスボスについても全てを聞かせてくれる保証なんてない。

その為にも、ここは他でもないジルベール宰相の協力が必要だった。だからこそ母上達にも報告できないこちらの手札全てを伝えたのだから。

そうですね……と言葉を短く紡ぐジルベール宰相は、そこでゆっくりと背筋を伸ばした。目線を宙へと上げ、それから数秒の沈黙もなく再び口を開く。


「こういったものは相手とその出方を見て考えます為、この場で具体的に手法をお伝えするのは難しいですが……」

その通りだ。流石のジルベール宰相だってアレスに会ったことすらない上に、サーカス団員の情報も私達が集めたものだけだ。

団長から聞けた情報のお陰でかなりの数の団員の話や演目は知れたけれど、表向きの人間像だけで実際にどんな人かはまだわからない。

こういったことに長けているジルベール宰相だけれど、今回は彼が直接赴くわけではない。潜入して探るのはアラン隊長とカラム隊長だ。まだ内情や団員の裏の顔もわからない現状で間違いない最短距離をとまでは私達も考えては



「あのお二人ならば〝立場が低い人間〟か〝上下関係に拘る演者〟が最も適当でしょうか」



ぞわっ、と。なだらかな声で言うジルベール宰相の言葉に背筋が騒ぐ。なんだか、早速怖いことを言われた気がした。

てっきり、こう言えばとかこう出れば上手く聞き出せますよという手法を聞かせて貰えると思ったら、なんだか思った以上に具体的だった。

しかも今、ジルベール宰相自身ではなくアラン隊長とカラム隊長で想定してくれている!?

ひぃぃ!!と今にも悲鳴が出てしまいそうな中、ステイルが「続けろ」と眉間を狭める。セドリックもこれにはわからないように上体をジルベール宰相へ前のめらせる中、私も動悸を自覚しながら耳を傾けた。


「サーカス団の内情はその〝団長らしき〟男からの情報だけですから確証は持てません。しかし人間には相性というものがあります。あの御二人は私のような人種とは異なるので、下手に行動や目的を指定するよりも標的だけ指定して全てお任せした方が宜しいかと」

なんか怖いなんか怖い!!!!!

まるで本の考察みたいに落ち着いた口調で語るジルベール宰相だけれど、目の薄水色が若干妖しく光っている。

まだジルベール宰相の言わんとしていることをはっきりとは察していないのか興味深そうな眼差しのセドリックと、さっきまでのお怒りは忘れたように「ほう……?」と黒く笑み始めているステイルに私一人が背を反らしそうになる。大丈夫?!これセドリック学んじゃって良いこと?!


助けを求めるように背後へと一度首だけで振り返る。すると、平然とした表情のハリソン副隊長の横でエリック副隊長の顔が血色が薄くなって俄かに青白くなっていた。良かった一緒の気持ち!!と半泣きになりそうになりながら見つめれば、引き攣った表情でお互いに目が合った。


その間も目の前で「なるほど」「待て、カードを準備する」「同意致します。早い方が宜しいでしょう」と純粋セドリックの前で腹黒ステイルジルベール宰相との打ち合わせが進んでいく。決して利用しているつもりはないのだけれど、なんだか今すぐにでもアラン隊長とカラム隊長に謝りたくなる。本当に恐ろしい天才謀略家!!


「私も二日の後はお休みを頂いておりますので。もし宜しければ少々探りを試みるなりのご協力は可能かと。必要とあらば何なりとお申し付けください」

「よし、開けておけ。その間に誰かしらサーカス団員と接触できる程度に進捗があれば良いが。まぁ少なくとも今日会った元団員とは話ができる、その時はお前に任せよう」

承知致しました。と、ステイルからの間髪入れない出動予約に、ジルベール宰相が胸に手を当てて深々と頭を下げた。さらっとまたジルベール宰相のお休みが!!


けれど、確かにジルベール宰相ならあの元サーカス団員の人達とも上手くもっと情報を引き出せたかもしれないと思う。……というかそもそもあのエルドとの交渉から談義ももっと円滑かつ平和的にできただろう。

いつも助けてもらってばかりだったけれど、改めてジルベール宰相のありがたみが身に染みる。……今はその恐ろしさも痛感したばかりだけれども。

早速ステイルがそれぞれの指示カードを瞬間移動でアラン隊長とカラム隊長にそれぞれ送った。もう着替えも終えてサーカス団に向かっている頃だ。


「流石だなジルベール。やはりこういった腹の黒いことはお前に知恵を借りるのが早い」

「お褒め頂いて幸いですフィリップ様。これで専属従者()をお借りしたお詫びにはなりましたら何よりですが」

「それは俺ではなく彼に謝れ。本人が嫌がる以上はあまり顔も見てやるな。さもないと次からは能力をかける場合お前の髪を虹色にするように俺が命じてやる」

随分と派手ですねと、ジルベール宰相が笑う中ちょっぴり見てみたいと心の中で思う。

最後に独り言のようにステイルから「だが助かった」と呟かれれば、そこでジルベール宰相の表情は少し緩んだ。やっぱりフィリップを困らせてステイルを怒らせたことを表情以上に反省していたらしい。


早々に宰相業務に戻るべく腰を上げたジルベール宰相に、私からも改めてお礼を伝える。

いえいえと片手で止めて礼をしてくれたジルベール宰相は、セドリックと近衛騎士二人にも挨拶をするとそのまま早々にステイルの手で城へ戻っていった。

フィリップへのフォローの為か、ジルベール宰相だけでなく自分もまた瞬間移動で一緒に消えた直後、私は背凭れに体重を掛けながらふとさっきのことを想い出す。


「…………ところで、セドリック。さっきジルベール宰相が呟いていた言葉、なんていっていたかわかる?」

「?ああ。読み取れはしたが、俺には理解できなかった」

きょとんと目を開くセドリックは、私が拾えなかった言葉という意味ですぐにどの発言か理解してくれた。

理解できない?という言葉に首を傾けながら、セドリックの続きを待つ。

これからステイルと一緒に騎士団長と、そして母上への報告が控えている中でジルベール宰相がどんな言葉を残したのかと聞けば。



『増える分は、まぁ……』



「?アラン隊長とカラム隊長の代わりの二人のことかしら」

「だと、思うが……??」

今度はセドリックまで眉を顰めお互い顔を見合わせながら同じくらいの角度で首を傾げ合ってしまう。

ジルベール宰相が敢えて発言にまでしなかったということは、大した問題でもないのだろうと思うけれどなんだか気になった。


その言葉の意味を理解するのは、ステイルが戻ってからわりとすぐのことだった。

天才謀略家宰相の予言は、あっさりと的中した。


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