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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
越境侍女と属州
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Ⅲ48.越境侍女は相談し、


『ええ、承知致しました。こちらも一区切りつきますところですので、すぐに準備してお待ちしております』


そう、フリージア王国の我が城へ通信兵を介してお返事を貰えたのが十五分前。

ステイルからも「人払いだけすれば良い」と十五分後を指定されたジルベール宰相が、私達王族の宿泊する宿の一室に瞬間移動で訪れてくれた。宿一帯借りられたお陰で貸し切りもできた客間には、近衛騎士のハリソン副隊長とエリック副隊長以外にも護衛の騎士が控えてくれている。

ベッドではない、城ほどではなくても上等な椅子には私とステイル以外にセドリックも腰かけていた。


商人として借りた宿で打ち合わせを終えた後、レオンを無事にアネモネ王国軍の宿泊する宿にステイルが送り届けてくれた。

姿が見事に別人で当然ながらすごく驚かれたらしいけれど事前に説明していたし、同行した変装していないカラム隊長の紹介であることと声やサインが間違いようがなかったことで無事に受け入れて貰えた。更にはヴァルを一緒に同行させたことも駄目押しで効いたらしい。

レオンの言動もさることながら、姿は違うのに明らかに声もそしてガラも悪いヴァルとレオンの会話にレオンの周りの使用人達が納得していたとか。……まさかレオンと城でやっているという飲み会がこんなところで功を奏するとは思わなかった。

アネモネ王国の騎士達に納得してもらえなかったら、最悪毎日フィリップを呼ばないといけないところだった。フィリップの特殊能力は秘密である以上、また呼んでレオンを元に戻すを繰り返すのは彼にとってなかなかの負担だ。


一応レオンにも合図は伝えて、もし万が一もとに戻る必要があったらステイルを呼んで貰うようにはお願いした。

ヴァルも私の配達人だしこちらの宿に泊まってくれても良かったのだけれど、レオンと今後も行動するなら顔合わせも含めてレオンの宿で今夜は泊まって貰うことになった。その前にステイルの手でケメトの元へ瞬間移動で面会に行ってから。


二日に一回ケメトに接触しないといけないヴァルは明日の夜でも良いと言ったけれど、流石にラジヤ帝国内だし途中でケメトのブーストが切れたら大変どころじゃすまない。念のため行ってこいと、ステイルが半強制的に五分だけヴァルをケメトの元へ瞬間移動させてくれた。……戻って来たヴァル曰く、ちょうどケメトの部屋だったからケメトがセフェクを呼んでくると慌ただしくて大変だったと。

結局セフェクには今夜は会えず、迎えに行ったステイルが明日もそして長めに十五分は取って会わせることにしたと報告してくれた。……なんか、セフェクのことを想ってしょげたケメトの姿が容易に想像ついた。

ステイルもセフェクとケメトのことは可愛いから。ヴァルも「面倒だった」とケメトへの感想を溢していたもの。

取り敢えず今日は一応のケメトのブースト充電だったし、明日からは二日ごとにすれば間違いないだろう。


「お待たせいたしましたプライド様、……いえこちらではジャンヌ様と言うべきでしょうか」

客間に集まった私達の前に、ジルベール宰相がステイルの瞬間移動で訪れてくれた。

優雅な動作で礼をしてくれるジルベール宰相は「お元気そうで何よりです」と優しく笑んでくれた。ティアラもそれに父上やヴェスト叔父様も心配してくれていると言って貰えて、それだけで胸が温かくなる。

通信でも今日はジルベール宰相の執務室だったからかティアラの影はなかったし、ほんの数日なのにちょっぴり寂しい。ティアラも今は父上のお手伝いを頑張っているらしいけれど。


「いいえ、ここでなら大丈夫です。関係者以外誰もいませんから。……あの、ジルベール宰相は私達の姿が……?」

通信兵を介した時よりも違和感なさそうに話してくれていたけれど……と思いながら私は席からジルベール宰相へ投げかける。

フィリップに特殊能力を施して貰えた私達は全員姿は異なって見えている筈だ。私達が同行させてもらっている母上にはしっかりフィリップの特殊能力が見かけは変えずにかかっているけれど、父上達にはノータッチだった筈だ。でも目の前のジルベール宰相に全くそんな気配がない。

ええ、と小さく笑うジルベール宰相にステイルが腕を組んでフンと鼻息を鳴らす。そうやらジルベール宰相を迎えに行ったステイルは既に承知済みらしい。どうりでまたジルベール宰相と一緒に現れてからちょっとご機嫌斜め気味だなとは思った。


「恐れながら彼にお願いしました。万が一業務に支障が出てしまうのも困るので姿は不変のままですが」

「ただし俺達とこうして連絡を取り合う時だけだがな。この後もすぐ解いてもらう。ジルベール、彼に二度と無理強いするな」

やっぱり、と。予想通りの返事に肩を降ろす。

主人であるステイルがいない間フィリップは王居の雑務や時々ジルベール宰相のお手伝いもちょこっとしているらしいし、仲良くなったのかなぁとこっそり思う。それがステイルには不満なのだろうけれども。

けれど「無理強い」という言葉は気になって聞き返すと、どうやらステイルがジルベール宰相の元に訪れた時にはフィリップが部屋の隅で小さくなっていたらしい。文字通り、顔を両手で隠して背中を丸くしているという意味で。

実際は無理強いというより、……話を聞くとフィリップが〝気を利かせた〟結果だったけれど、私でもわかった。人心掌握術の天才、ジルベール宰相に誘導されたのだと。


何かあったのかしらと私も聞いてびっくりしたけれど、当事者のステイルの驚きはそれ以上だったらしい。ジルベール宰相から話を聞いたところで、彼に特殊能力を施してもらったと知ったと。……そういえば、フィリップって本当の姿はあんまり人に見せたくない人だった。

特殊能力の限界を確かめる時も執拗に「背後からでも宜しいでしょうか?」とジルベール宰相達の背後に立ちたがったり、顔を隠そうとしたりステイルやアーサーのうしろに隠れていた。

知り合ってちょっと仲良くなってきたジルベール宰相には特に恥ずかしかったのかもしれない。


私やステイルはもう姿知っていたし、セドリックとレオンやヴァル、そして母上とは別段親しいほどじゃないから気にしなかっただけで。そう思うと、乙女のすっぴんを剥がすくらいの恥ずかしさをあっさり承諾させたジルベール宰相恐るべし。

ステイルからのじんわりとした圧にも「素顔も決して悪くないですし、隠す必要のない好青年だと言ったのですがねぇ」と困り眉で笑っている。……なんとなく、フィリップの気持ちがわかる。

ジルベール宰相やステイルにいくらフォローされても気にしてるものは恥ずかしいし可能ならば隠したい。そう考えると私も唇をぎゅっと絞りながら気付けば自分の釣り上がった目尻を人差し指でぐりぐり弄っていた。途端にエリック副隊長が「目にゴミでも……?」と心配そうにハンカチを差し出してくれたから余計恥ずかしくなって慌てて両手を振って誤魔化す。


「彼の主人はこの俺だ。彼と親しくするならまだしも、俺の知らないところで困らせるな。ただでさえ城での生活にもまだ慣れていないんだ」

「大変失礼致しました。……良き主人を持って、彼も幸せですね」

本気でお怒り気味のステイルに、いつも通りさらりと柔らかな笑みでジルベール宰相が深々と頭を下げた。

こうしてジルベール宰相がこちらにいる間も、フィリップは顔を覆って恥らっているのだろうかと思うと凄く可哀想に思えてくる。けれど、こうやって気を遣って怒ってくれるステイルが雇い主だというのはジルベールの言う通り幸せだなとも思う。

今回の件にも協力こそ最初にフィリップに依頼したのはステイルだけど、なるべくフィリップの意思や希望を組んで彼へ強制をしないように気を付けているのが私やティアラにもすごくわかったもの。

今にも舌打ちでも鳴らしそうなほど目を鋭くしていたステイルが、そこでいつもより乱暴に音まで立てて椅子に腰かけた。あまりの乱暴さにセドリックが目に見えておろおろと視線をステイルやジルベール宰相、そして私へと泳がしていた。ジルベール宰相もステイルに会わせて椅子へと腰を下ろせば、そこで「本題に入るぞ」と強めの口調でステイルが低い声をかける。


「通信でも話したが、ケルメシアナサーカスを発見し近衛騎士二名が潜入することが決まった。そして、ここからがまだお前にも話していないことだが……」

そうまだ怒りが落ち着いていないように早口になるステイルが説明してくれたのは、貧困街についてだ。

通信では、流石に騎士達やジルベール宰相の執務室にも誰が出入りしているかもわからない状況では言えないこともある。

ラジヤの属州にいる貧困街と取引をして協力関係を結んだことや、まさかの首領があのエルヴィンとホーマーだとは公には話せない。この後報告する母上にもだ。……もしかするとレオンも、別行動を望んだのは弟達と気不味い以前に〝そっち〟の理由で関わりたくなかったのかしら。だとしたらきっと何よりも彼らしい。


貧困街、更にはあの二人の名前まで出た時はジルベール宰相も驚いたように切れ長な目を見開いていたけれど、それでも最後まで聞き終わるまでは口を閉ざして聞いてくれた。

何より一番驚いていたのは私の〝予知〟だ。……私だって第二作目の学校から続けて連発することになるなんて思わなかった。

最後にステイルから明日は別行動だと、レオンとヴァルそしてアラン隊長とカラム隊長の予定を告げたところで言葉が切れた。

三秒以上の沈黙の後、話を終えたと判断したジルベール宰相はフーッ……と静かな息を吐いた。


「なるほど……。なかなかの賑やかな旅行になったものですねぇ……」


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