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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
越境侍女と属州
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Ⅲ47.越境侍女は方針決めする。


「まさか彼がサーカス団を抜けているとまでは思わなかったよ。色々話は聞けたし正体を隠しているようだったから見送っちゃったんだけど……」


本当にごめん、と。謝ってくれるレオンに私は両手と一緒に頭をブンブン横に振る。ここは事故だし説明をすぐにしなかった私が悪い。

取り敢えずは団長が無事であることがわかって良かったわと全力でフォローする。いや本当に元気にお酒飲んでるだけで良かった。


レオンとそして時々加わってくれたヴァルの話によると、酒場を転々と回って聞き込みをしてくれていた二人は、四件目の古い酒場で突然団長に話しかけられたらしい。ケルメシアナサーカスについて情報を知りたがっていた様子の二人に快く色々と自分から話してくれたと。

レオンの目からもとてもおしゃれさんとは言えないボロボロの格好で、敢えて正体は明かさず「一番のファン」と自称したその男性はサーカスに詳しかった。

歴史から今の演目も、それにサーカス団員についても流暢に語ってくれた。その語り口調はただのファンというよりもサーカスの宣伝文句のようで、レオンは早々にサーカス関係者だろうと辺りを付けたらしい。年齢からみても団長かそれくらいの経歴を踏んでいる人物で、正体を指摘したら帰ってしまうかもしれないからあくまで正体を知らないふりをして彼から色々と情報をレオンは引き出してくれた。


ヴァル曰く、とても不愉快でうざったい野郎だったということだったから、きっと本当にお話し好きの人なんだろうなと思う。

レオンが尋ねるままにサーカスについて語れることを全部語り切った彼は、お酒を驕ったレオンにお礼を言ってそのままご機嫌に酒場を後にしたらしい。……つまりもうその酒場にはいない。

団長に話しかけられて早々に距離を取ったらしいヴァルは、ずっと正体にまでは気付かなかったけれど、店を団長が出たところでレオンがこっそり教えたらしい。彼が団長もしくはサーカス関係者と知ったヴァルは手っ取り早く彼を捕まえて私達のところに放り込もうと提案したけれど、レオンが止めてくれていた。

もう聞きたい話は聞けたし、彼がサーカス団の上の人間であればこのまま好印象で別れた方が後々都合も良いと。……うん。団長に会いたかったのはあるけれど、平和的解決のレオンがきっと正しい。

酒場の店主さんにもレオンは聞いたけれど、常連だということ以外彼がサーカス団の関係者ということも知らないようだった。ただの〝サーカス団の追っかけ〟と思われていると。


「とてもサーカス団を捨てたとか、逃げたようには見えなかったな。……少なくとも彼はサーカス団を悪く思ってはいないよ」

「むしろうざってぇぐらいだ。ノロケ話ばっかしやがって反吐が出た」

……団長がサーカスへ愛情があることはよくわかった。

私達が集めた情報でも本人にそこそこ金遣いや経理に問題はあっても、団員には好かれていたように聞こえた。ユミル達の慕いようから考えてもとてもじゃないけれどサーカスから自発的に出ていったとは考えにくい。

けれど街に今もいるのにサーカス団には一度も返ってきていないのも事実だ。アレスの言葉から考えてもそこは間違いない。

正直、団長がまだこの街にいたこと自体は驚かない。もしまたゲームの設定通りに進んでいるのだとしたら、むしろそれは間違いないことだった。

ただし、何故サーカス団に戻ろうとしないのか。ゲームだと……追い出された的なことは覚えているけれど、まだ詳しくは思い出せない。まぁラスボス絡みならきっとまともじゃない方法なのだろうけれども。


ステイルから「どのような情報を」と具体的に団長から得た情報を促せば、レオンが一つ一つ順を追って団長が話してくれた内容を言葉にしてくれた。

サーカス団発祥から代々継がれることになった歴史とここ近年から最近までの演目内容と演者について。……といっても演者であるサーカス団員についてはあくまで全て〝表向き〟の情報ばかりだけれども。

レオンやヴァルがいくら深堀しようとしてもそこについては完全にはぐらかされてしまったらしい。それでも妙に引っ掛かる感覚も覚えて、きっとその中に攻略対象者達もいるのだろうと思える。

そしてサーカス団の移動行脚までの道のり。今はこのラジヤ属州であるパボニア内を主軸に回っているらしい。たまに近隣国にも訪れるけれど、ミスミの方は城下にサーカスできるような空き地ではなく廃墟の方が多く、今の時期は特に営業に制限も掛けられやすいとか。

どれも団長を逃したとはいえ人伝てだけでは得られなかった情報が多い。

レオンとヴァルへ改めて聞き込みのお礼を告げたところで、今度はステイルの漆黒の眼差しが私へと向けられた。


「ジャンヌ、……貴方からも聞かせて頂けますか。あの時、アレスの前で何を〝視た〟のか」

〝予知〟という言葉を伏せて尋ねてくれたステイルの問いは、すぐに理解した。そう、私はまだそれを話していない。

アレス。現段階で唯一接触できた、そして思い出すことができた第四作目の攻略対象者。彼と出会えたことで記憶に蘇った彼の設定も、現状ではどの時点かある程度だけど予測もできた。

「予知しました」と、最初は部屋の中でも響かないように小声で告げた。あくまでここでは侍女のジャンヌ。部屋の外には決して聞こえないように細心の注意で告げた言葉を、部屋の中にいる誰もがしっかりと拾ってくれた。

まだ、他の攻略対象者は思い出せない。それでも今思い出せた彼は、まだ救える余地がある。今のレオンには少し言いにくいけれど、でもだからこそ今言わないといけない。




ゲームのアレスが、これから失うものを。




「……ですから、そうならない為にもアランさんとカラムさんには防止もお任せさせて頂きたいと思っております」

そこから、彼の悲劇は本格的に始まるのだから。きっかけに彼は自分を責め、そして約束を交わし縛られる。

あくまで確実であろうこの先の出来事だけを予知として告げた私の言葉に、一番顔色が変わったのはやっぱりレオンだった。

それでもぐっと奥歯を噛んで胸が痛みながらも最後まで言い切った。大丈夫、まだ絶対取り返しはつく。

ゲームのアレスはサーカス団の中でもかなり上の立場だった。ラスボスの酷い圧政に苦しむサーカス団員達を、本当の意味でまとめ上げていたのも彼だ。間違いなく団長であるラスボスを嫌悪していた彼は、それでもずっとサーカス団から抜けようともせずむしろ全員を引っ張ってあげていた。それでも彼が主人公との出会いをきっかけにサーカス団を抜け出したのは、……、……抜け出したのは……?


なんだろう、まだ靄がかかっている。今まで攻略対象者を思い出せばルート内容も細かく思い出せたのに。

乙女ゲームの流れ通り主人公がきっかけだったことは間違いない。だけど、……ええと、あの子もともとどうしてサーカスに居続けたんだったかしら。ラスボスと何か約束というか脅しか取引が何かだった気がするのだけれど。


そういうイベントがあった気がするけれど、まだ思い出せない。頭を絞れば、ただ苦しみ泣きながらラスボスへ訴える姿ばかりが頭に浮かぶ。きっとこれが彼の〝理由〟であることは間違いない。

思わず眉の間に力を込めて考え込んでしまうと、沈黙が長すぎたのか「ジャンヌ?」とステイルから呼びかけられた。

はっと息を飲み、視界の意識を向ければ全員が心配そうに私へ視線を注いでいた。顔色の変わっていたレオンがすごく不安そうな眼差しで私を見つめていて、話しかけられる前からすごく焦る。あわあわと唇を泳がせると、レオンが顔を歪めたままふらりと一歩前に出た。


「ごめん、本当にごめんジャンヌ。せめて別行動する前に君の話をちゃんと聞いてからにするべきだった」

「?!いいえ!本当にレッ、ッリオは悪くないわ!!本当よ!?私こそこんな大事なことを話さなくてごめんなさい!!」

うっかり口が滑りかけたと思えば声までひっくり返りかける。

私が黙りこくってしまった所為で、状況が深刻で思い詰めていると思われたらしい。ここまで協力してくれているレオンになんてことを!!

むしろ私が平謝りしたくなりながら、私は改めて全員に笑顔で視線を返す。大丈夫、まだこの人達が付いていてくれる限り詰んではいない。

とにかく今はそういうことだからアラン隊長とカラム隊長には団長がもし帰ってきたら注意を払って欲しいとお願いする。ラスボスのオリウィエルも当然警戒監視対象だけれど、今は団長にも要注意だ。もしゲームの強制力があるのなら、アレスのいるサーカスで悲劇は起こるはずなのだから。……彼の、心の傷となる悲劇が。


わかりました、と。アラン隊長もカラム隊長も一言で応じてくれた。心強い二人からの了承にそれだけでほっと息が零れる。

今夜にでも私達の宿に戻ったら早速サーカス団に潜入を試みますと進言してくれるカラム隊長に、アラン隊長も肩をぐるりと回した。

その前に着替えを買わないとなと話す彼らに、そういえば二人はお忍び服とはいえ騎士としてそして商人の護衛としてきちんとした服しか持ってきてないのかと気付く。……それからすぐにカラム隊長が「私は用意してある」と言ったから、騎士によってなのかもしれないけれど。


「いやカラム、お前もこっちで買っとけって。小綺麗過ぎても絶対怪しまれるから」

「心配せずとも一般的な衣服だ。買ってから脱いだ服はどうする。また宿に戻るのも手間だろう。お前も今日のところは誰かに借りろ」

やっぱり騎士によるらしいと思いながら、二人の会話になんともいえない表情で半分笑っているエリック副隊長とアーサーを見る。ハリソン副隊長は興味がないように視線が私に置かれたままだ。……たぶんこの人も持ってきてないんだろうなぁとこっそり思う。

アラン隊長が誰から私服を借りようかなと考え出したところで、アーサーとエリック副隊長が同時に手を上げた。自分ので良ければ、と言う二人にやっぱり準備が良いと関心する。

けれど、アラン隊長けっこうがっしりした身体つきだし二人の服は着れるかしら。騎士にしては細身の方のカラム隊長ならエリック副隊長の服でもアーサーの服でも余裕で着こなせるだろうけれど。

そんなことを考えていると、今度はセドリックが「良いだろうか」と挙手をした。返事の代わりに首を傾けながら顔ごと向ければ、険しい表情のセドリックは両膝に手を置いて声を低めた。


「護衛は。……アラン騎士隊長とカラム騎士隊長二人が今後抜けるとなると、必然的に我々の護衛も削られる。我々四人に騎士三名を問題視する者もいるだろう」

勿論、騎士三名でも充分な戦力とは承知しておりますが。と、最後に騎士達へ頭を下げながら続けたセドリックの言い分は尤もだ。

するとレオンが軽く手を振りながら「僕は大丈夫」と私に笑い掛けた。そして手のひらで床に座るヴァルを示した。


「僕は今後もヴァルと別行動を取るから。アネモネの騎士にも二名くらいに護衛を頼もうかな。その方が今日みたいにジャンヌ達もヴァルも僕も動きやすいだろう?」

「アァ?俺は一人の方が動きやすい」

提案をすかさず叩くヴァルにレオンは全く動じない。

いっそ聞こえなかったと言わんばかりに「どうかな?」と私達に同意を求めてくる。

アネモネの第一王子のレオンに我が国から護衛をつけないのは……とも思うけれど、配達人のヴァルと一緒ならとも思う。ヴァルが一人の方が楽なのは本音だろうけれど、一緒に行動するなら我が国の騎士よりもレオン達との方が良いのは確かだろう。


アネモネ王国側の騎士達が良いと言うのなら……と、そこはアネモネ側で相談して貰ってからの判断にする。といっても今遠征に来ている中で最大権力者は第一王子のレオンだけれども。

レオンの帰る宿を守るアネモネ騎士達も是非と言うだろう。それにアネモネ王国側としても恐らく、ヴァルへの……フリージア王国配達人への信頼は高い。本人はその気はなくても、実績としては発足から今まで一度の失敗もなく各国に配達を成功させている。

セドリックから「ヴァル殿とリオ殿は仮に決まるとして」と続けながら、変わらず眉を寄せられる。


「しかしそれでも護衛が少ないだろう。今後更に別行動が必要になる場合を鑑みれば、やはり単純な数は増やした方が良い。確かにフィリップ殿は補佐としての立場も強い故に護衛を省略する場合も多いが……」

「わかっている。安心しろ、補充要員ならばちゃんと〝当て〟もある」

当て⁇と、ステイルのセドリックへの返しに私も目を丸くする。

補充の騎士が大勢控えていることは私もわかっている。本来の宿に戻れば、一人二人と言わず隊単位で騎士達が母上のいる宿を守ってくれている。けれど、ステイルの言い方だと既に誰にするかも考えがついているようだった。

腕を組みながら思考の最中だったかのように目を閉じていたステイルは、ゆっくりと瞼を開く。眼鏡の位置を指先で直すと、私へと確認をとるように顔を向けてくれた。頷きで促せば、一呼吸置いてからステイルからの案が開かれた。


「やはりここは万が一を鑑みるべきが最善かと。ジャンヌも恐らく信頼できる方々だと思います」


直接瞬間移動できる相手という点からも潜入するのは私の近衛騎士達が適訳。ならばその二人の代理の騎士はと。ステイルが提案してくれた二人の騎士の名に、私も全面的に合意した。

セドリックも納得するように声にして賛成し、エリック副隊長達も「的役だと思います」と頷き、ヴァルも少し眉を上げた後は反対をしなかった。

一人だけ不思議そうに首を傾けるレオンに、私は心からの笑顔で説明をした。


ちょうど今回の遠征にも同行してくれている騎士を。


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