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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
越境侍女と属州

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Ⅲ46.越境侍女は共有する。


「ちょうど良い宿が見つかって良かったね」


約束の時間にレオン達と合流してすぐ、私達はサーカスの拠点から近い宿を取ることができた。

待ち合わせ場所にしていた果物屋、そこのおじさんが親切に、……それはもうものすっっごく親切に教えてくれた。お店はもう完全に閉めちゃっていたけれど。

セドリックがサーカスからなるべく近い場所の宿をと一言投げ掛けたら、貧困街が近くなったせいで閑古鳥の鳴いているわりと立派な宿を教えてくれた。

セドリックの御礼効果は凄まじく、口頭説明で場所も充分わかる健全な宿だ。手書きの地図までくれたから私達も迷う事なく宿にあり付けた。しかもお土産にまた果物をつけてくれた。今回はこちらからのお礼金は受け取らなかったのに。まぁ、あの金額を貰っていたら気持ちはわかる。


おじさんの教えてくれた通り、宿は私達以外宿泊客がいない状態だった。

私達団体が入ったことで少しは足しになれば良いけれど、取り敢えず最上階である三階の部屋を全て貸し切る代わりに宿泊期間中は誰も入ってこないようにとお互い満足する形ででの契約ができた。

これで他の宿泊客に話を聞かれる心配も、宿の人や奴隷と鉢合う心配もなくなる。

取り敢えず借りた部屋をひと通り皆で確認して、その中で一番広い四人部屋に全員集合する形で打ち合わせを始めた。

騎士だけで五人、そしてレオンとヴァルも合わせて更に五人、合計十人はちょっと狭いけど。まぁ騎士達は起立して後はそれぞれベッドの上や床に座る形になれば、ぎゅうぎゅうにはならず話はできた。

一人一つのベッドというわけでもなく、ステイルと私で一つ、セドリックとレオンで一つのベッドをソファー代わりにして座る。


「それで、ジャンヌ。さっき話していたことは本気なのかい?君がサーカスに潜り込むなんて」

「!ええ、ただ最初は騎士の誰かに潜入してもらって安全が確認できてからと思ってはいるけれど……」

「うんそれは当然だけど」

「当然です」

ガン、ゴンと。まるで頭に鍋でも落とされたかのようにレオンと続けてステイルからも言葉の連打を受ける。

ここの宿に来るまで簡単に今後の見通し予定はレオンとヴァルにも伝えたけれど、やっぱりサーカス潜入は二人も驚いた様子だった。

ヴァルに至っては発言こそしなかったものの顔がこの上なく嫌そうに歪んでいた。別に彼にサーカス潜入とは言っていないのに早々に拒否されてしまった。サーカス全部がショーをするだけではなく裏方も大勢いると思うのだけれども。


レオンとステイルの即答に近衛騎士達まで深々と頷くから、まるで私が今にもサーカスに行きたくて仕方がないようでちょっぴり恥ずかしくもなる。…………まぁ行きたいけれど。

だって攻略対象者が間違いなく一人はあそこにいる。そしてテントの向こうにはラスボスがいる。彼女を早く止められればそれだけでこの先起こりうる悲劇だって止められるものは多い筈だ。ここが我が国だったらちょっと強引な手を使ってでもテントの中に突撃したいくらいだった。……いつ、どの悲劇が起こるのかまだ私はアレス以外思い出せていないのだから。


全員攻略の為に何度もやった共有ルートは大まかに覚えている。ゲームでは物語の舞台もフリージア王国だった。

主人公が偶然見つけた大サーカス。そのサーカスから逃げ出した攻略対象者と行動を共にする主人公。そして大事な商売道具を逃がすものかと逃亡先のフリージア王国まで追いかけてくるサーカス団。最後には主人公と彼女が心を救った攻略対象者を主軸にサーカス団へ立ち向かい、そしてラスボスを倒して彼らは自由になる。

ただ、ちょっと後味がなんとも……といった感覚を覚えている。誰のルートか、それとも全部か。どれも間違いなく主人公と攻略対象者はラブラブハッピーエンドで終わりはしたのだけれども。

アレスは確か、第四作目の王道攻略対象者だ。セドリックやレイとポジションだけでいえば同じ彼だけれども系統は違う。俺様キャラではなく、少し愛想はないけれど不器用な優しさが人気なキャラだった。少女漫画に多いけれど青年漫画の主人公でもいそうなタイプだろうか。

さっきのユミルちゃん達の様子から考えても子どもに好かれているようだし、私達部外者に警戒はしても、きっと本当の姿は優しい彼のままだ。


「先ず潜入するのなら最初は騎士のどなたかに安全の確保と確認をお願いしたいと思っています。サーカスに潜入したからといって三日三晩禁固されるわけではありませんし、もしそんな環境だったらより一層騎士の方が逃げ出すにも適役です。必要あれば僕がお迎えに行きます」

本当こういう時ステイル頼もしい。

今この場にいる面々ならたとえどこにいてもステイルが瞬間移動で迎えにいってくれるだろう。まぁいくら謎に包まれているサーカス団でも、近衛騎士達が危機に追い込まれることなんてそうそうないと思うけれども。


ステイルの言葉に頷きで応えるアーサー達を見つめながら、表情には出さず私は記憶を探る。だけどどう考えてもまだアレスとラスボス以外は思い出せない。

すぐに私自身が潜入をできない以上、とにかくまずはアレスの悲劇から食い止めるのが良いだろう。その為にも団長の情報は必要だ。彼が居なくなった原因を調べる為にもやはりサーカス団潜入は外せない。

貧困街でも何人も聞き込みをして回った私達だけれど、サーカス団の団長が変わったどころか消息不明であることも一般には出回っていないようだった。サーカス団員だった彼らが貧困街にお世話にならなければ、きっと貧困街も知らないままだっただろう。

先ず、サーカス団のことは誰もが知っていたけれど団長の顔を知る人は団員以外いなかった。


「取り合えずハリソンはやめた方が良いな。お前潜入とか絶対無理だろ」

「…………」

誰を潜入させるかの話になったところで、アラン隊長が笑いながらハリソン副隊長へ目を向けた。

全員の視線を受けたハリソン副隊長も異議はないらしく、アラン隊長へは目も向けないまま直立不動で口を閉じている。一応視線は正面である私達の方に向いているけれど、紫色の瞳がある意味淀みない。王族から尋ねられたら答えるけれど言うまでもないということだろうか。


正直失礼ながらアラン隊長のこの意見には私も同意見だ。ハリソン副隊長の身体能力なら主戦力として固いとは思うけれども、潜入となると団員の言動を調べるだけでなく自分からも交流を図って潜り込まないと意味がない。

正式所属している騎士団ですらなかなか交流を取れない……というか同じ隊で可愛がっているアーサーにすら未だに交流が取れているのか怪しいハリソン副隊長にはハードルが高い。

いつもの「問題ない」の一言すらないのがハリソン副隊長本人も自信がない何よりの証拠だ。

アーサーも察したように軽く前のめりになってハリソン副隊長へ目を向けながら、半分口の端が引き攣っていた。ハリソン副隊長が無言の結果なんともいえない沈黙を取り直すように、エリック副隊長が指を頬を掻きながら苦笑う。


「自分も、恐らく適さないでしょう。特殊能力もありませんし、サーカス団に望まれる域の身体能力かはわかりません」

すぐに第一投で潜入を叶えられるかはあまり、と。はっきり謙虚に宣言するエリック副隊長に、少し首を傾けそうになるのを今は抑える。

特殊能力はともかく身体能力はそりゃあハリソン副隊長達と比べたらそうかもしれないけれど、我が国の騎士団本隊である以上充分通用するような気がする。ゲームのサーカス団は確かに華々しくて派手だったイメージはあるけれど、騎士団と身体能力勝負をしたらなんて考えたこともない。

少なくとも社交性はあるエリック副隊長なら、もう一人の近衛騎士と二人で剣技を見せるだけでも客目を引きそうだと思う。

でも、申し訳ありませんと続ける言葉に反しちょっぴり安心しているようにも見えるエリック副隊長を見ると、ここは否定せずに飲み込んだ方が良さそうだ。

すると今度はカラム隊長が「でしたら」と軽く顔の横の位置で挙手をした。


「そもそも特殊能力者であることを明かしたのは私ですし、潜入にも適しているでしょう。大して珍しい能力ではありませんが、興味は引けると思います」

エルド達にも特殊能力を見せたカラム隊長が最初に名乗り出てくれた。うん、これには私達も賛成だ。

カラム隊長なら自然に溶け込めて話も聞けるだろうし、信頼も得られるかもしれない。何よりカラム隊長の特殊能力は間違いなくサーカス向けだ。……誉め言葉になるかわからないけれども。能力はさておき人前で目立つ見せ物をするカラム隊長はあまり想像がつかない。それでも彼なら確実に完璧にやってくれるとは思うから心配がないのが救いだ。

するとカラム隊長に感化されるように、アーサーが小さく胸の位置で手を上げた。発言する前にゴクリと喉を鳴らす音が私の耳まで聞こえて来た。


「自分は、……特殊能力あります、けど……。……正直あんま芸っつーか人に見せれるようなもんかは……??」

すみません、と。それ以上は言いにくそうにアーサーが一度唇を絞る。

彼の言いたいことはわかる。表向きは〝植物を元気に育てる〟特殊能力者であるアーサーだけど、それを演目にするのはいろいろ難しいだろう。

特殊能力者ならほぼ無条件で入団できるという話だから正直に名乗りでてくれたのだろうけれど、あくまでサーカスの演目にする為の募集なのは明らかだ。その中でアーサーの能力は大勢の前で証明するのも難しい。

ステイルが「いや、……やろうとすればいくらでもあるだろうが」と呟く中、レオンはちょっぴり驚いたようにアーサーへ目を向けていた。ヴァルも片眉を上げている。

そういえば彼らはアーサーが特殊能力者ということも知らなかったかもしれない。本当の特殊能力は私達だけの秘密だし、表向きの特殊能力もアーサーは別段聞かれないと答えない。


「確か、アーサー隊長の特殊能力といいますと……」

「ダリオ、その話は後にしてくれ。アーサー、お前なら特殊能力を明かさずともあのアンガスという男の演目も狙えるだろう。カラム隊長と共に雇われに行けば先ず断られない」

「あっ、それなら俺が行きますよ。アンガスさんのなら俺もやってみれば多分できると思います」

勿論アーサーが行きたいなら良いですけど。と、アーサーで決まりそうな流れで自ら手を大きく上げてくれたのはアラン隊長だ。

ステイルに続いてのアラン隊長からの助け舟に、アーサーの目が分かりやすく大きく開かれる。「良いんすか!?」とうっかり声が大きく上がっているのを見ても、やっぱりアーサーは個人的にもあまり気が乗らなかったんだろうなぁということがひしひし感じられた。


確かにアーサーと同じく……いや素手での格闘術ならアーサーを上回るらしいアラン隊長なら余裕だろう。むしろ本職アンガスさんを超えるかもしれない。

カラム隊長とアラン隊長の二人組なら私達も安心して任せられるし、きっと守り通してくれる。ここは御言葉に甘えよう。

ステイルとも目を合わせ、意見が一致したのを確認する。なら潜入にはお二人に、今夜早速潜入へお願いできますかとステイルが告げれば、アラン隊長とカラム隊長から揃った声で返された。

すみませんお任せしてしまってありがとうございますと、アーサーが直後にはアラン隊長の正面まで駆け寄りペコペコと頭を下げていた。汗いっぱいになってうっすら赤らんでいる顔は、本当に嫌だったんだなぁと思う。人前で目立つことか、潜入か。多分アーサーはどっちも得意じゃないだろう。

「いいっていいって」軽く片手を振って笑って返すアラン隊長は、本当に良い先輩だと思う。それとも単純にサーカスとかに興味があったのか、アラン隊長の性格なら確かに合いそ



「代わりにハリソン達の面倒みてくれれば充分だから」



がしっ、と。

同時にアラン隊長がアーサーの両肩に手を置いた。いつもの笑顔のまま、その音はなかなか力強くてびっくりする。

アーサーも驚いたのか置かれた肩を上下してから弾けるように顔を上げた。「はい!」と反射的な返事は出たけれど、目が零れ落ちそうなほどまん丸に開いている。

アラン隊長の言葉にエリック副隊長も半分笑ったままゆっくり頷いている。カラム隊長もハァと溜息を吐きながら前髪を指で払った。……もしかして、アーサーの為というよりもハリソン副隊長を放任しない為に名乗り出てくれたのだろうか。


以前の学校潜入ではセドリックの護衛としてハリソン副隊長と組んでくれていたアラン隊長だったけれど、もしかして表に出さないだけで結構大変だったのかなぁと思う。そうだったら苦労を掛けて申し訳なかった。

けれど〝達〟ってどういうことだろう。ハリソン副隊長はまだわかるとして、エリック副隊長はどちらかというとアーサーの優しい先輩という印象の方が強いけれども。


「それでは今後の潜入調査の為にも初めから情報を共有しましょう。リオ殿、最初に僕達の方から宜しいでしょうか」

「ええ、お願いします。僕も貧困街の方は気になっていましたから」

にこやかな笑顔でステイルに応えるレオンはやっぱり変わりない。

別行動する前は顔色も悪く見えたレオンは、合流した時にはすっかりいつもの調子に戻っていた。時間を置いたからもあるだろうし、気晴らしもできていたら良いなと思う。……何故かヴァルの方が不機嫌かつ若干げんなりしていたのは気になったけれど。今もベッドには座らないものの壁際に寄りかかって床に座っている彼は、大欠伸を溢したところだ。


別行動をしていたレオンとヴァルに、ステイルの口から一部始終の進捗が語られる。

ホーマー達の案内の元、貧困街の首領と話すことができたこと。エルヴィン、今はエルドと名乗っている彼とも協力関係をなんとか形成に成功。貧困街は私達が街にいる間は悪さはしないし、顔パスで今後はサーカスにも直線経路で行ける。

あくまで必要情報以外はエルドとホーマーの情報も多くは言わずに説明するのはステイルの配慮だろう。

レオンもそこを深く言及することなく「エルド、か」と一度呟いただけの感想だった。


ステイルも、私が仮にもレオンの弟に剣を突き付けて出張ったこととかはさらりと伏せてくれた。あの状況では仕方がなかったと自分では思うけれど、言葉にするとどう選んでもとんでもない。

最後に貧困街に保護されたサーカス団の話とそしてその後の貧困街の聞き込み調査結果を話し終える。サーカスについても貧困街に来るまでは普通の生活をしていた人や、中にはサーカスにいったことがある人もいて結構詳しい話を聞けた。

去年までのサーカス団の演目や様子も客観的立場ではあるけれど聞くことができたのも幸いだった。あとはレオン達の聞き込みした情報と照らし合わせてお互いの情報の信憑性を洗って、それから最後にアレスの〝予知〟について話せればと、……思ったのだけれど。


「ジャンヌ、フィリップ、ダリオ。……ごめん。最初に、謝っておくことがあるんだけれど……」


最後まで話を聞き終えたレオンが、ものすごく気まずそうに口元を手で隠しながら歯切れが悪くなった。

さっきまでの本調子の顔色が嘘のようにまた暗雲がかかっている。やっぱりエルド達の話は少しショックが大きかったのだろうか。もしかしたらこれ以上エルド達が束ねる貧困街に関わるのも深入りするのは難しいという判断かもしれない。

その場合は仕方がない。もともとこのままレオンはエルド達と直接関わらず済む方向で協力をお願いしようとは思ったけれど、レオンの意思ならば引き留めるわけにはと、……そう思ったのも束の間だった。



サーカス団団長と既に遭遇済みだという事実を聞かされるまでの。



「本当にごめん……。まさか探しているとまでは思っていなくて……」

まさか早々のすれ違い。これを運が悪いと思うべきか、それとも団長の情報を得られたことに幸運と思うべきかは難しい。

ヴァルが「だからあの時首根っこ掴んでくりゃあ良かったじゃねぇか」とレオンへ舌打ちをする中、とうとうレオン達の聞き込み調査成果を聞かされた。


私達の貧困街での聞き込みが悲しくなるほどの情報量と、仲間を売れないと言わんばかりにサーカス団詳細に口を噤んだ元団員達にこっちが申し訳なくなるほどの詳細かつ誇張も込みだろうサーカス情報に、形にならない敗北感がずっしりと肩に乗っかった。


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