そしてうざがる。
本日二話更新分、次の更新は水曜日になります。
「歴史は今から二百と五十と三年。当時はただの古ぼけた見せ物小屋が今や最高の時間を与える専門職の祭典場だ。猛獣使いは百獣の王をも跪かせ、ピエロは人生最悪の日でも腹の底から笑わせてくれる。歌鳥の囀りは生きながらにして天国を垣間見せ姫は舞い、象をも持ち上げるだろう腕自慢に、曲芸師は空をも自在に飛び、魔術師は真夏でも冬を呼びこれ以上ない美しい幻想的な世界を見せてくれる。一言で言えば全ての人間を笑顔にする世界であり仕事だ。……どうだ、考えただけで夢のようだろう?」
フフフッ、と笑いながら一度言葉を切る。
自慢げなその笑みを向けられたヴァルは眉を寄せたまま、俺よりもレオンとこのジジイは話が合うと思う。レオンが自国の自慢をする時の笑みと全く同じ目だった。
男に正面を向けながら、代わりに大きく背中を反らせばレオンに肩がぶつかった。すると引くヴァルの代わりにレオンがその肩から首を伸ばしヴァルと顔を並べ「随分詳しいんですね」と男を覗き込む。
今まで巡った酒場でもサーカスの演目はいくつか集められていたが、ここまですらすら出てくる男はいなかった。その歴史まで言えるのは彼が初めてだ。
まるで語り慣れた口上のような聞きやすさに、さらにはサーカスの魅力や想像まで掻き立てる説明にレオンは興味が湧いた。
「その魔術師についてはどれだけお詳しいですか。噂だけなら僕らも耳にはしたんですが、本物の魔法使いか、特殊能力者じゃないかという噂も」
「ハハハハッ!そりゃあ魔術師なんだから魔法使いだよお客さん!千年前にこの世に舞い降りた魔術師の末裔だ。サーカス団の至宝そのものだ!なんでも聞いてくれ、私はケルメシアナサーカスの一番のファンだ」
「………魔術師の末裔がどうすりゃ古びたサーカスで見せ物なんざすることになんだ」
げんなりと。あまりにも大袈裟な言い方ばかりをする男の言葉と興奮の熱に、ヴァルは顔を顰めたまま低い声で鼻先を折る。
目の前の男が良い情報源であることはわかるが、それでもこの口上は不快だった。あまりの自分との温度差に体調を崩したくなりながら、前のめりにカウンターへ肘をつく。ケルメシアナサーカス自体には興味もないが、少なくとも面倒な固定客がつくほどには狂った見せ物なのだということは今痛いほどわかった。お調子者な喋り方も、彼がもし情報源でもないただの酔っ払いの絡み酒ならこの場で七度は足蹴にしたいほどに耳障りで仕方がない。
あまりにも冷めた言葉のヴァルに、それでも男は顔色一つ変えない。酒をぐいっとグラス一杯飲み干せば、店主が二杯目を注ぐ前に脂ののった舌は躍り出す。
「伝説にある虹の麓で見つけたのだよ。魔術師は心無い人間達にその力を恐れられ迫害され全てを失った。しかしサーカスに出会い全てが変わった!今彼はその魔法で人々に笑顔を与えることに喜びを見出した!サーカスが開演したら絶対初日から行く方が良い!後回しにして席が売り切れてしまったら生涯の損失だ!」
「うざってぇ……」
「ヴァル、席変わっても良いかい??」
いい加減焚火以上の熱量を燃やし続ける中年男性に、本気で顔色が拒絶と言えるほど歪んでいくヴァルにとうとうレオンがその肩へ手を置いた。
こっちは真面目に聞いているにも関わらずなんでもかんでも嘘冗談ハッタリで大きく見せている男はヴァルにはふざけているようにしか聞こえない。そういった種類の人間は今回が見るのも初めてではないが、裏稼業の頃は避けるか無視するか殺すか殴るかだったヴァルにとって嫌々でも話に付き合わなければならない状況は不快を通り越して苦痛にだった。
レオンからの助け船に今回は素直に乗り、腰を上げて座っていた席をレオンに譲る。二本の酒瓶を掴み立ち上がりついでにレオンからも一個席を空けて座った。念入りに距離を取ったヴァルだが、それでも男は前のめりに笑いかけてくる。
「ヴァルか!良い名前だなお兄さん!私としてはもう少し飾りもつけてヴァルキュリャやヴァレンタインなんてのも」
「リオ、殺して良いか?」
「駄目だよ???」
いい加減聞くのも堪えない。
これだったら学校の壁越しに会ったライアーの方が百倍マシだったと思いながら、ヴァルは舌打ちを二度繰り返した。
プライドからの許可で今は一方的な暴力や脅しもある程度できる。しかし個人的には殺したいほどに男の口を閉ざさせたかった。八つ当たりめいたヴァルの投げかけを一言で断るレオンも、彼はできるできないを置けば本気なのだろうと理解する。
軽く振り返り「店の外で待ってても良いよ?」と告げたが、プライドにレオンの護衛も任されている以上安易には離れられない。黙々と酒瓶を傾けアルコールに逃げるヴァルへ、それでも「いやヴァルも良い名前だよ!呼びやすさも個性と同じくらい大事なもんだ」と熱弁する男は自分のどこが怒らせているか考える気も全くない。
ヴァルを外に出すよりも、男の注意を自分が受けた方が平和だとレオンも改めて話題を彼へと投げた。
「そのサーカスなんですが、例年より今年は開くのが遅いらしいですね。そこまで精通しているのなら何かご存じじゃありませんか?」
「……そうだなぁ。確かに今年は遅い。本来なら今頃張り紙も張り終え宣伝行脚で大賑わい。いや、とっくに開演していた頃だろう」
さっきまでの勢いが嘘のように、男は急激に口調が落ち着いた。
どこか遠い目でグラスの水面へ視線を落とす男は、少し重そうに中身を傾け飲み込んだ。苦笑気味に笑み「まぁそんなもんさ」と呟きグラスをカウンターへと音を立てて着地させた。
その横顔を見つめながら、レオンは静かに思考する。やはり彼も一人のファンとしてサーカスの不穏を感じているのか、それともサーカス団の関係者とも知り合いなのか、……それともと。
「だが、……まぁ大丈夫だ。あとひと月もすればあっという間に去年以上の舞台を見せてくれる。お客さん達、ここにはどれくらいの滞在かな?」
「一週間くらいかなと。友人がそのサーカスにとても興味を持って僕らのことも誘ってくれて、実は今回もその為にこの国へ訪れたんです」
「そりゃお目が高い。最高の友人だ。……そうか、一週間か。………………早いなぁ」
「ええ、あっという間です。貴方がそれだけ誇らしく語る夢のようなサーカス団を僕も見たくなりました。未だ宣伝もしていないようでは間に合わないかもしれませんが、せめてもっと詳しくお話を聞かせて貰えますか。演目や団員についても聞きたいな」
きっと今話しただけじゃなりませんよね。と、そう言って滑らかに笑んだレオンに、男も今度は先ほどの勢いには戻らなかった。
「良いぞ」「喜んで話すさ」「いくらでも聞いてくれ」と笑いながらどこか寂し気に眉を垂らした男の為に、レオンは店でまだ残ってる中でも一番高い酒を注文した。
一晩でも語れると大袈裟に語る彼と、そしてプライド達との約束の時間がある自分達とどちらが実際に先に店を出ることになるかはわからない。しかし彼の話は酒場を百件回るよりもずっと有用性も信用にも足ると判断した。時間が許す限り、このまま〝一番のファン〟の話を聞けるだけ酒と共に聞き出すことを決めた。
─ サーカス団員よりも詳しい人もそういないしね。
『団長もいねぇし団員逃げてそれどころじゃねぇんだよこっちは』
恐らくは団長、もしくはそれに属する立場や経歴を持つ団員。
ちょうど不在中だった団長がどういう理由か、そしてプライドの言葉の真意もまだ確かめていないレオンはその不在理由もわからない。
ただちょうど団長が不在だっただけ。しかしサーカス団でフリージアの奴隷を使っているという予知の犯人はこの様子だと目の前の中年男性ではなく、プライドが会いたがったその代理になる人物になりそうだなと思考の半分で考える。
まだ皮を被っている可能性もあるが、少なくとも彼のサーカスへの想いは嘘ではないと目を見ればわかる。
ちらりと男の話を聞きながらレオンは一瞬だけカウンターの酒場の店主を盗み見る。
常連らしいが、自分達が尋ねた時には団長が常連だなんて一言も言わなかった。よほど口が堅いのか、自分達を警戒していたのか、それとも店主も男の正体を知らないのかは判断できない。
しかし少なくともこんなボロボロの服を着ている男が大規模サーカスの団長と思う人間はそういないと結論づける。
しかし他の酒場で聞いた誰よりも詳しい情報通と、まるで客や団員に繰り返し聞かせてきたかのような口上の流暢さ、姿を変えているヴァルだけでなく自分にまでも何の怯えも怖気もなく親し気に話しかける男の大物っぷりも全てがレオンにはただのファンには見えなかった。
恐らくはお忍び姿。サーカス団の古株の可能性もあるが、ちょうどテント不在であることと年齢を鑑みても団長くらいの立場の可能性が最も高い。
やっぱりヴァルも一緒に付き合ってもらって良かったと。この酒場を選んだ彼を心の底から賞賛しながら、レオンはゆるやかに笑みを広げた。
無事、プライドが喜ぶ情報を持って帰れると。このまま正体は指摘せず、無警戒の団長から情報を聞けるだけ聞きだすことに集中した。
まさかプライド達の探し人になったなど、つゆとも思わなかった。
 




