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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
越境侍女と属州

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Ⅲ44.越境侍女は出る。


……やっぱカラムかー。


うわー、と少し笑いそうな表情筋に力を込めながらアランは無意識に腕を組む。

テントの向こうではあくまで耳を立てることしかできなかったが、何かしら戦闘になりかけた気配は汲み取れた。しかも「特殊能力者」という言葉まで向こうから聞こえれば、誰かしら特殊能力者を使ったのはわかる。可能性としてはステイルかカラム、もしくはアーサーの身体能力が勘違いされた可能性も考えたが、やはり今のエルドの目配せから考えてもカラムだったのだろうと判断する。


こちらからホーマーに近付いた以上、自分達の正体は知られてしまっている。特殊能力者だということを隠す意味もない。

必要最低限の動きで騒ぎを起こさない為にはカラムの特殊能力で有無も言わさず相手の動きを封じるのは一番理にかなっている。まさかそれがそのまま元アネモネ王子に目をつけられることになるとはと思いながら、アランは口を結んだ。

暫くの沈黙を最初に破ったのはステイルだった。黒縁の眼鏡を指先で直しながら、口を開く。


「……特殊能力者を募集している、と。それは確かな情報でしょうか」

「サーカス団を知ってる奴なら誰でも知ってる。告知が始まったらチラシにも、開演中は張り紙にも毎年書いてある」

そうだろ?と、そのまま軽くサーカス団員へとエルドは目を向ける。

少なくとも自分達がサーカス団から抜け出す時まではその募集が途切れたことはないと、記憶する彼らもはっきりと頷きと共に答えた。サーカスという形態上、特殊能力者の見せ物ほど客を呼べるものもそうない。

「特殊能力者続々募集中」という表記を途絶えさせないまま、来た客がショーを見て誰が特殊能力者か、種があるのか魔法かと考えさせるのも腕の見せ所である。その中に本物の特殊能力者は何人いても金の卵だ。

団長が誰に変わろうと、サーカスとして儲ける為には誰もが欲するのは当然だった。


アレスや仲間の悪口や情報を話すことは躊躇われた彼らだが、周知の事実については確認されたところで隠す必要もない。そしてエルドもまた、目の前にいる彼ら以外のサーカス団員についてはどうでも良い。

あくまで自分達貧困街が匿わないといけないのは保護したクリフ達だけ。彼らにとっては大事な存在だろうとも、エルドにとっては他人の他人だ。保護したばかりの彼らにも愛着の湧いていない今、彼らの元同僚や団長については自分の知ることではない。目の前の商人達の目的が彼ら四人ではないらしいことを確認した以上、一番手っ取り早い方法を提供するのが自分達に火の粉もかからない。なにより、保護した彼らにこれ以上言わせたくないことを無理強いするわけにもいかなかった。


「お前らも自分が出ていた演目くらいは教えてやれるだろ。それに合わせて雇われにいけばサーカスにとっても好都合だ」

そうでなくても特殊能力者なら大歓迎だろうけどなと、そうエルドが切れば今度はサーカス団員達も結んでいた口を開いた。

自己紹介するように、アンガスそしてリディアが自身の種目名を告げれば二人ともなかなかの花形だ。どこか引っ掛かる気もしたプライドだが、最後には納得して息を吐いた。残り二人の少年少女はあくまで裏方がメインだったが、主戦力が二種目分も抜けてしまえばサーカス団もすぐに開演することは難しい。

きっと今は彼らの帰還か、新たな目玉演目を考えるのに必死なのだろうとプライドは考える。儲けを出す為にも早々に開演して集客に努めなければならないが、だからといって初日で今まで以下の演技を見せればその後は噂が噂を呼び客が増すどころか斜め下になっていく。アレスがあそこまで苛々していた理由も、テントの中に入れなかった理由もラスボスのことだけではなかったのだと静かに理解した。


説明を終えた二人に、エルドは「もうお前ら下がって良いぞ」とステイル達に確認も取るまでもなく手で払った。これ以上面倒な質問を彼らがされる前にと下がらせる。

サーカス団に騎士をねじ込めば、もう彼らに用もなくなる。どうせ数日でこの国を去る予定の騎士ならば、団長を探しているだけというアンガス達の代理という意味でも都合は良い。

エルドの指示を受け、アンガス達もすっと後ずさりからそのままテントの外へと身体を向けた。行きましょ、とリディアも少年少女の肩に触れる中、ユミルはするりとその手から抜け出した。


「あの!お兄ちゃん。ユミル達の話役に立ったですか?」

タンッ、と駈け出し手を振りながら駆け寄った先はステイルだった。

まだあどけない少女に駆け寄られ、虚を突かれたステイルだが、振り返ると同時にすぐ片膝をついて少女と目線を合わせた。

突然のユミルが抜けたことに目を皿にした団員は去ろうとした足を止め、振り返る。フリージア王国の人間ということ以外何もわからない相手に不用意に近づくなと回収しようと思ったが、ステイルの柔らかい眼差しに留まった。少女に会わせた目線で笑いかける彼は、ユミルを害しようとは思えない。

ハラハラと鼓動だけを忙しくしながらも手に汗握る彼らを横に、ステイルは「ああ」と慣れた声で少女にも言葉を返した。妹やステラ、セフェク達を見つめるのと同じ眼差しを彼女に注ぐ。


「ありがとう。心配しなくても良い。君達の大事な人達は傷付けないと約束しよう。そのオリウィエルについてはまだわからないが……」

「お礼に!!……お礼に、団長見つけたら教えてください。ユミル達ずっと待ってるからって伝えて欲しいです」

見つけて、ではなく見つけたらという控えめな願いを口にする彼女の望みに、ステイルは目を大きく開きそして表情を緩めた。

確かにお礼をすると言ったと、自分の発言を顧みる。同じフリージアの民としても彼女にできることをしたいと思うが、やはりこの場で彼女にとっての最善は変わらない。「わかった」とゆっくりと頷いてから彼女と真正面から目を合わせた。


団長の特徴は、と。今度はユミルだけでなく背後に立つ団員にも尋ね、記憶する。彼女達の語る通りの人物像をステイルだけでなく、セドリックそしてプライド達もしっかりと記憶した。

今後サーカス団に関わる上でだけではない、情報提供をしてくれた少女の為にも今後団長らしき男は見逃せない。

薄茶髪に蒼色の綺麗な目、五十代でスラリとした高身長で気品のある顔立ちと。まるで貴族を表現する説明に少女の褒め過ぎかとも思ったが、他のサーカス面々も意見は同じだった。


「あとね!すっごいお洒落さん‼︎毎日キラキラしてビシッとした服と帽子で格好良いの!」

小さな拳をぎゅっと握り熱弁する少女に、ステイルは可愛い妹を思い出す。

約束する、見つけたらちゃんと伝えるし君にも教えると言葉を続けてから立ち上がった。その小さな背にそっと触れ、仲間達の元へ戻るように促した。

ステイルとの約束を得て、パッと表情を輝かせた少女はまた駆け足で仲間のサーカス団員の元へと戻っていった。パタパタと音を立て、テントの外へ出る前にくるりと振り返り腕ごと使って手を振るユミルは、誰から見ても普通の少女だ。


「……他にサーカスの噂が聞きたければ後は自分達で聞き回れ。貧困街での出入り許可は早めに広めといてやる」

仲間とは認めないがな。と、そう頑として断言しながらも、エルドからの最大限の譲歩だった。

もう団員だからこそ聞けることは聞いた以上、残りの情報は貧困街で勝手に集めろと。そう告げるエルドに、ステイルは軽い一瞥だけで返した。

昔と同じ腹立たしい男だが、少なくとも身内には一定の配慮はできているようだと考える。サーカス団入団についても、団員の顔色と話し方から考えても嘘ではないだろうと見当づける。サーカス団が団員を失っており、そして集客に絶好のこの時期にまだ開演していないという事実からも信憑性は高い。


確かに潜入させるのは効果的かもしれないと、ステイルもそこの一点は認めた。

滞在できるのもたった一週間で時間もない。内部に入り込むことが最も確実な情報を多く手に入れられるのは間違いない。幸いにも今、特殊能力者は多い。


この場にいない者も含め単純に数えれば六人もいる。更にはセドリックの人間離れした記憶能力も、そしてアランの身体能力も充分通じると、……そこまで考えたところで口の中を噛んだ。視線の先では今もエルドの傍らに立つプライドが凛とした佇まいでそこにいる。


明らかに行く気満々な様子の彼女に、ハァ……と今度は重い息が零れた。確かに彼女ならばと思う所はあるが、ほいそれと放り込んで良い女性ではない。

団員の話を聞いた限り、プライドの語った予知はまだ来ていないようだと考える。だが、同時にその足が既に迫っていることも感じられる。

正体不明の団長代理オリウィエル。前団長が生きているかも現段階ではわからない。そんな状態で、先ほどのアンガスも含め屈強な身体を持つサーカス団員を制してまでサーカス団の頂点に立つ彼女にはなにかある。

ゲームの設定を知らないステイルでも、彼女こそがプライドの〝予知〟を現実にする最有力候補であることは確信できた。相応の危険人物であることも。


……だが、プライドの潜入は必要になる。彼女しか〝予知〟を思い出せる人はいないのだから。


アレスを目にした時に思い出せたように、彼女が予知した中でその内容や人物を思い出すには直接五感に働きかけるしかない。

しかし、内部がそれほどねじ曲がり無法地帯に変しているかもわからない場所へプライドを数人の護衛のみで行かせるなどとても頷けない。それはプライドだけでなく、王族である自分やセドリック、そしてレオンも同様である。


取り敢えずは一人二人に先行潜入を任せ、内部の安全確認を確保してから自分とプライドも……と考えたところで思考を一度落ち着かせる。

エルドからも「まだ何かあるか?」と投げかけられる中、ステイルも一時撤退を考えた。これ以上の作戦会議はわざわざエルド達の前でする必要がない。


貧困街での立ち入り許可は得た今、今度は道筋も最短距離でサーカス団に出入りできる。セドリックから前金を受け取った以上、彼らも自分達が目を光らせている間は悪さもしない。

今日のところは貧困街の民にも聞き込みに回ってから、移動用の宿を取ることにしようと算段する。

仮にも首領であるエルドから協力関係を認められれば、街で聞くよりも効率的かつ確実に聞き込みにも答えて貰える。あとは王族の宿泊する宿から〝商人の宿泊する宿〟の部屋を確保すればそれで良い。貧困街からの危険もないと保証された今は、近くの宿を借りれば時間も短縮でき面倒ではなくなる。


「そうですね。ご協力ありがとうございました。失礼します。もう暫く聞き込みはさせてもらいますが」

「勝手にしろ」

犬でも追い払うようにステイルへ手を三度振ったエルドは、そのまま首ごと動かしプライドを椅子から見上げた。

眉間を狭めた眼差しで、もう大して握る力は入っていないだろう彼女の握る剣へと軽く手を開く。その仕草に「返せ」と剣の所有者に言われていることをプライドもすぐに理解した。


地面に突いた件を軽く握り直し、両手で軽く持ち上げながらちらりと周囲を目だけ動かし見回す。

未だに自分へ警戒を解いていないホーマー達だが、全員すぐにかかってくるという様子でもない。今度は顔ごと向けてステイル、セドリック、そして護衛のアーサー達へと視線を向ければ全員一人一人ときちんと目が合った。彼らも護衛体制を固めてくれている今なら安全だと判断したところで「どうぞ」と丁重に剣を返却した。


「大変失礼いたしました。主人のことを想うあまりとはいえ、謝罪します」

「遅い。お前がただの侍女じゃないことはよくわかった化け物女さっさと飼い主のところに戻れ」

チッ!と舌打ちを鳴らし乱暴にプライドから剣をひったくる。そのまま勢いよく腰の鞘へと納めれば、やっとホーマー達の緊張感も緩んだ。

エルドが斬りかかってこなかったことも合わさり、ホッと息を吐く音がいくつも重なって聞こえる中、プライドは「ただの侍女じゃない」の言葉に思わず肩を強張らせた。

まさかもう正体が?!と思ったが、実際はただの危険人物判断されただけだとその後の発言で理解する。化け物女呼びに逆に安堵し肩が降りたプライドへ、エルドは頬杖を突き直しながらも変わらず鋭い眼光で睨み続けた。


「お前ら化け物ががサーカスの見せ物になったら笑いに行ってやる」

「……最前列でどうぞ?」

憤りの込められた眼差しに、プライドも今は冷ややかな眼差しで返した。

やっぱり彼のそういうところは変わってない。と心から思いながら、まとめきれなかった深紅の髪を払った。彼には全く別の色に見えているこの姿でもやはりこういうさよならかと落胆する。

仕方がない。今回は彼の為のラジヤ来訪ではない。自分は自分の民を救う為にここにいるのだから。

背中を向け、真っすぐにステイル達へと歩み合流する。たった数歩のその距離に、セドリック達だけではない護衛の騎士達もすぐに飛び出せるように緊張感を張り詰めた中、彼女は無事に丸腰のまま戻って来た。


「お待たせいたしました、フィリップ様」


あくまで侍女として。振舞う彼女が深々と礼をする。

王族の深々とし過ぎたその礼に、彼女の正体を知る全員は口の中を飲み込んだ。そして、顔を上げるそれを合図にテントの外へと歩き出す。


聞き込みと宿屋の確保。それを最前に、プライドは歩きながらそっと服の中から懐中時計の時間を確認した。


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