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Ⅲ41.越境侍女はこじ開ける。


「……。どいつもこいつも。俺に難癖つけないと気が済まねぇようだなフリージア」


やっとエルドが取り直すように口を開いたのは、アーサーに睨まれてから二分以上経過してからだった。

頬杖を突き直し、フンと鼻息を吐くエルドは全てを難癖で貫くことにする。

黙ってみても侍女本人にすら気付かれていない様子であれば、ここで馬鹿正直に認める必要もない。身体だけの地味女などそもそも興味はないと心の中で蔑んだ。しかし、これだけ騎士や商人達にも目をかけられる女であれば、理由は何であれ使いようはある。


アーサーまでまさか怒るとは思ってもみなかったプライドは、顔が中途半端に引き攣ったままだった。

エルドが自分へ敵意の含んだ視線を向けてきていたことは自覚していたが、そんなのは今更だと思う。まさか全く別方向に不快な視線だったとはつゆにも思わない。

怒ってくれるアーサーは素直に嬉しいが、しかしここでこれ以上の喧嘩をする場合でもない。温厚なアーサーまで怒らせるなんてとエルドへの呆れを覚えながらも表情の下に隠して薄く息を吐いた。


アーサー、と。エルドに見えないように降ろした手の指先で彼のの裾をちょいちょいと引っ張る。

エルドの視線に確信があるアーサーが、わざわざそこで言い返そうとはせず眼光だけで留めていたことが幸いだった。服を引っ張られる感覚に小さく首で振り返り、紫色の瞳と目が合えば充分だ。肩を大きく上下し、息を飲む。

もしここでプライドに自分がどうして怒ったのが具体的に尋ねられたら、死んでも応えられない。しかし一度目があった視線から逃げるわけにもいかず、振り返ったままの首の角度になれば唇を結んだプライドからは笑みが返された。

至近距離から予想だにしなかった裏表のない愛らしい笑みに、うっかりアーサーの顔が火照る。エルドから続けて「騎士風情が」と嫌味が長々語られらた気がしたが、耳に入らなかった。


大丈夫私は気にしないから!と、それを笑みにだけ乗せて訴えたつもりのプライドは、アーサーがじんわりと顔を火照らす様子に無事伝わったようだと判断する。

セドリックみたいにアーサーまで自分が王族を置いて前に出てしまったことへ恥らってしまったが、彼の場合は純粋に自分を想って警戒してくれただけだと思う。流石は騎士と評価をしながら、無事バトンを受け取るようにエルドへ自分からも鋭い眼差しを向けた。


「失礼ですがエルド、私に言いたいことがお有りでしたら目ではなくそのお口でどうぞ仰ってください」

文句があるなら言ってみろと、若干強気で返してみる。

社交界で鍛えられた以上、どんな遠回しな探りも受け流せる自信はある。

良くも悪くもセドリックのお膳立てがあったとはいえ、商人の主人達が取り仕切る交渉の場に成立した途端自分が入り込んだのだから嫌味を言われる覚悟もある。優しいアーサーを怒らせてしまったのは自分にも責任があると考えながら、もう一度姿勢を正す。

話を取り直そうとした自分へ挑戦的に返す侍女に、エルドもやはり本人は視線にも気付いてなかったようだと安堵する。このまま適当に容姿について指摘してやろうかと考えたが、そこでもっと良い手を思いつく。


「そうだな。……ジャンヌ、だったか。ちょうど良い、もっとこっちに来てみろ。話なら〝ここ〟で聞いてやる」

「!?お断りします。ジャンヌは僕の侍女です」

パン、と椅子の上から自分の膝を叩いて示すエルドに、とうとうステイルも声を上げる。

しかしそれもエルドから「たかが侍女だろ」と一蹴された。行かせるかとこれにはアーサーもプライドの前に立ち腰の剣を握る手に力を込め、カラムも眉間に皺を刻み周囲へ身構えた。

エルドを直接警戒するアーサーと、そしてエルドの命令通りにプライドを引っ張ろうと部下が動かないか警戒するカラム二人の騎士が張り詰める中、プライドはにっこりと笑みで返す。


「……承知致しました。お傍でなら話をしてくれるのですね?」

彼女自身、エルドが好きではない。しかしここで一度崩壊しかけた話を進ませるなら〝お互いに〟妥協は必要だと思う。

前に立ってくれたアーサーへそっと手を添え、そのまま彼より前に出る。プライドが進む先に思わず「プラッ……」と声に出そうなのを寸前でアーサーは口の中だけで収めた。しかし行き場のない手を伸ばし、よりにもよってあんな目を向けて来た奴に近付かないで下さいと心の中で叫ぶ。

しかしスタスタと歩むプライドはそのままステイルとセドリック、カラムの横も抜けていく。相対していたエルドへと近づいていく彼女へ追いたくなるのをアーサーとカラムはぐっと足に力を込めて抑えた。

今の彼女は表向きあくまでただの〝侍女〟だ。その正体を知られた方が危険に晒す以上、しつこく彼女の傍に立つことはできない。


そして侍女だからこそ騎士もしつこく傍についてこないというのはエルドも計算通りだった。

妙に度胸が据わっていることは見えるジャンヌは、明らかに商人二人からは目をかけられている。騎士二人相手に勝てないことは間違いないが、同時に目の前のジャンヌであればこの後の話でも良い人質になる。落ち着いた足並みで自分の目前まで立つ彼女は、武器も持っていない丸腰だ。

にっこりと笑う彼女に、もう一度自分の膝を叩いて示す。背は高いが、細く女性らしい体付きの女なら膝に乗せてやるくらいは良い。正直本音は乗せたいどころか気安く触れられたくないくらいだが、その方が相手との立場も作りやすく余裕も奪い、何よりいつでも女を人質にできる。

エルドが叩いた膝を見て、彼が言わんとしていることを理解したプライドは小さく口の中を噛む間も笑みを維持した。「失礼致します」と侍女らしい整った声を意識し、背後の裾をたくし上げながらそっと腰を下ろす。エルドの



肘置きに。



「……おい、何してる?そんな狭苦しいところに誰が座れと言った?」

「御冗談を。フィリップ様の侍女としてそんなふしだらなことできません」

フフッ、とわざとらしく笑んだプライドが腰掛けたのはエルドの膝ではない。エルドが自身の肘を乗せる為に存在する椅子の肘置きだ。

当然そこも人が座る場所ではない。無作法この上ない場所だが、それでもステイル達に深く胸を撫で降ろさせるには充分許容範囲の場所だった。エルヴィンの膝に座ろうものならそれこそ視界に入るだけで対話どころではなくなったかもしれないと、ステイルとセドリックは静かに思う。


流石のプライドもそこは距離を取ったことに、カラムも表情には出さず前髪を引っ張り気味に整えながら息を吐く。アーサーに至っては明らかに胸を押さえ息を吐き出し過ぎ、背中が丸くなっていた。あんな男の膝に座るなど、生きてる心地がしない。プライドがエルドに歩み寄る一歩一歩の間、どうやって自分もその傍に立つか理由を考えるので必死だった。ステイルになんとか考えてくれと視線を送ろうとしたが、それよりもプライドが賢明な判断をする方が先だった。


しかしそんな男性陣の安堵も、エルドには不都合でしかない。こっちだともう一度膝を叩いて見せるがプライドは動かない。

細い肘置きに腰を下ろしたまま「私はこちらで充分です」と告げる侍女に、寧ろ苛立った。人前で女性に上手く躱されるほどの恥はなかなかない。

自分の手の届く範囲にいることは変わらない。腹立たしさのままにプライドへ腕を伸ばしたエルは、そのまま彼女の手首を掴んだ。突然の不意打ちにプライドも、そして傍にいなかったアーサー達も防げなかった。そのまま強引に自分の元へエルドが引っ張り込めば

「良いから来、っ?!」



ジャキン、と。



言いながら引っ張り込もうとしたエルドは、途中で言葉が止まった。

言葉だけではない、掴んだ手も動きが止まり目前に突き付けられた剣に息ごと止まる。眼前に剣先を突きつけられていたエルドは、頭が理解してから遅れて大きく顎ごと仰け反った。

一瞬化け物騎士の誰かかと思ったが、そうではない。自分の眼前に剣を付けて来た相手は、他でもない()()()()()()()()()()()()なのだから。

呆気を取られ、エルドの周囲に立っていた仲間もすぐに反応できなかった。

数歩離れた先で凝視していたステイル達すら、ぽかりと口が開いてしまう。まさかこうなることは予想もしていなかった。

人との距離も近く優しい彼女なら、少しの恥じらいや不快を抑えてでも彼の言った通りにするのではないかと案じたのも全ては杞憂だったと思い知る。


エルドの腰に差していた剣を一瞬で抜き奪い、その眼前へと逆に突き付けた彼女には。


「さぁエルド?これで〝お互いが人質〟として同条件です。ゆっくりお話を致しましょう。フィリップ様を困らせないでください」

にっこりとした笑みのプライドが、今だけは怖い笑みだと誰よりもわかったアーサーは思わず喉を鳴らした。すっっげぇ怒ってる、と心の中で呟きながら、話を伸ばした自分にも責任がある気がして肩を狭めた。

エルドに至近距離で剣を突き付け、そしてそのジャンヌへ二拍遅れて武器を同じく至近距離で身構えるホーマー達はお互いが首を握り合った状態だ。


プライド自身、穏便に話を進められるのなら進めたかった。

しかしこの状況ではどうしようもない。もうステイルも、セドリックも、アーサーも手に負えていない。いくら根気強く待っても自分が上手(うわて)になるまで素直に譲ろうとすらしないエルド相手には、このままでは本題に入らず平行線になってしまう。

それならば彼の望み通り人質になって、人質になった自分がエルドを人質にする方が早い。

今の自分は第一王女ではない、あくまで主人の為に動く侍女なのだからこれくらいの無茶は仕方ないと考える。そもそも、自分もエルドは嫌いだ。

エルドの眼前からゆっくりと刃先を彼の首元へと角度を変え突き付ければ、ゴクリと喉を鳴らすのも聞こえた。まさか侍女に反撃されるのは想像もしていなかったのだろうとプライドも理解する。

ひしひしとエルドとは別方向から殺気を向けられるが、今は気付かないふりをした。それよりももっと大事なことがある。


「エルド、何故ダリオ様の仰る人物に会わせてくれないのですか?」

ゆっくりと、その手に持つ剣をエルドの首筋から降ろしていく。

剣という殺傷武器を奪い、自分が持っている時点で充分に戦況的優位なのは誰の目にも明らかだ。わざわざ喉元に刃を当てずとも彼に喋らせることはできる。

剣との距離が離されたことで、エルドもゆっくりと呼吸が深まっていった。ただの頭と身体が良いだけの女だと思ったが、それだけではない〝露払い〟の立場もあったのかと一度は白くなった頭がゆっくり思考する。侍女の振りをして油断させ護衛を一人増やしておくなどつくづく卑怯な奴らだと自分を棚に上げ歯噛みする。


プライドが武器を降ろしたことで、安心するのはカラム達も同じだった。

彼女の腕も、本気を出せば本当にたかが元王子程度一瞬だろうということも全員が知っている。しかし、ここで第一王女に悪人のようなことをさせるのは心臓に悪かった。こんなことになるのならいっそ自分が剣を持ってそこに立てば良かったと、プライドの言動に熱が冷めた頭でセドリックは思う。

アーサーもゆっくりとエルド達に気付かれないようにステイルの隣まで前進する中、ホーマー達もエルドの安全が確保されていくことに動悸する心臓の速度を遅めた。

最後にプライドがその刃先を足元へ突き立てれば、自然と場は話し合いの緊張感のままが保たれた。


「……お前らの目的がわからないのに簡単に教えてやるわけがあるか。大体何故フリージアの商人がそいつを知っている」

「確かに。私もそれはとぉっっても気になります」

武器を降ろされたことで体裁としてもさっきより話やすくなったエルドは苦虫が噛み潰した顔でプライドと、そしてセドリックを交互に睨む。

プライドもそれには深く頷き、にっこりとまた笑う。良かった、ちゃんと話してくれたと心の中の安堵を悟られないようにしつつ、自分もセドリックへ視線を注ぐ。

あくまで立場は侍女であり、今は敵の親玉の首根っこを掴んでいる状況で剣を地に向けたままセドリックへ笑いかけた。


プライドもエルドの言い分は納得できた。苦しい言い訳ではなく、もっともだと思う。

自分もまた、未だにセドリックが何故その人物を名指しで呼んだのかその真意を聞けていない。今の自分は侍女なのだから、安易に商人へ話しかけることもできなかった。そして様子を伺っていたステイルもまた同じだろうと考える。

にこりとプライドから笑みを向けられたセドリックは鼓動に同期して全身も短く揺れた。そう、元はと言えば自分が彼へ意地になりわざと説明を怠り圧をかけたからこうなったのだと自覚する。


「ダリオ、俺からも頼むから説明してくれ。俺も聞きたいと思っていたことだ」

「ふ……フィリップ殿も、ですか……?てっきりもうお気づきかと」

まさかのステイルからの言葉にセドリックは瞬きする。

プライドはてっきり知らない振りをしているのだろうと思ったところで、ステイルまでわからないというのは意外だった。自分より頭が良く賢い二人なら既に気付いているものだと信じて疑わなかったが、生憎セドリックほど異常な記憶力はステイルもプライドも持っていない。

失礼いたしました、と。ステイルへ謝罪してからセドリックはやっと説明を決める。プライドにも「すまない」と一言断りながら、今度はエルドへ睨むまではしない。

エルドの方もまた、真横に剣を奪った女がいる中でまでセドリックに憎まれ口を叩くほど命知らずではなかった。


「最初に、先ほどの青年のことは覚えておいででしょうか。我々を襲った中にいた青年がその名を呼んでいました」

「お前が最初にホーマー達に話をさせてくれと頼んだ青年のことか。それは覚えているが、彼が呼んだ名は一人ではなかっただろう」

エルドではなく自分に話す形で説明するセドリックに、ステイルはちらりと衛兵姿のホーマーへ目を向けた。

もともとは、セドリックが話をしたいと話していたのは別の青年だった。しかしその青年すらセドリックがどんな用事があるかをこの場の誰もわかっていない。セドリックにとっては引っ掛かった名前の一つでも、当時貧困街に襲われた自分達の周りには無数の名前や指示が飛び交っていたのだから。その全てを聞き分け記憶できるのはセドリックくらいのものである。


しかしここで一つは謎が解けた。

セドリックがその名前を知っていたのも、元はと言えば襲ってきた青年が呼んでいたから。初めからずっとセドリックが用事があるのはその名指しされた人物の方だけだった。

しかしその人物は自分達が戻って来た時には逃げた後だった為、ハリソンに無力化された青年に話を聞ければと思った。しかし、こうして貧困街の中心で関わることになった以上、青年に尋ねずとも間違いなく貧困街の仲間の一人であるその人物をはじめからエルドに指名するのは当然の流れだった。

そしてもう一つの謎。何故、セドリックは無数の名前からその名前だけを指定したのか。



「アレス殿が、〝クリフ〟という名を挙げておられたので。貧困街で同名の彼が、恐らくはサーカス団の関係者もしくは団員ではないのかと」



『ライトはクリフ達を下がらせろ』

『ユミルか?アンガス?ビリー?クリフ?リディアのやつか。連中全員一緒か?場合によっちゃ帰さねぇぞ』

サーカス団のアレス。その彼が、捲し立て並べた団員の名前をセドリックは一人残らず聞き逃すことなく記憶していた。

その人物の名が貧困街の中で呼ばれていたことも、そして〝主戦力としてではなく〟扱われ、早々に逃亡を指示されていたことも。その理由かもし新人だったからとすれば。

突如として牙を剥いたハリソンという強敵相手に、まだ逃げ方も慣れていない彼らを確実に逃がす為に早々に撤退命令を出した。ハリソンもあくまで現行犯一人以外は捕まえるではなくプライド達の元へ進ませないことが目的だった為、必要以上追いもしなかった。

そしてセドリック達がサーカスから戻った時に残されたのはクリフ達を逃がせと指示した青年だった。

サーカス団が定期的にしか訪れない土地で、あれだけの人数の名が離脱者として挙げられているのならばそのまま貧困街に流れ着いている可能性も低くない。そして、サーカス団を大勢離脱したそこには必ず相応の理由もある。


「改めて望もう。クリフに会わせて欲しい。決して危害は加えないと約束しよう」


今度こそ、ステイルやプライドに言われる前に自分の口でエルドへと正式にセドリックは依頼する。

堂々と声を張り胸を前に出す態度は変わらずとも、今度は侮蔑の目ではなく真摯の燃える眼差しをエルドへと向けた。たとえ姿は異なって映ろうとも、その瞳に込められた感情はエルド達へと正しく伝わった。

安全と直接の関係の皆無が保証されるならと、エルドも今度は言葉にして仲間の一人へ指示を出した。


クリフと、そして〝彼と共に保護をした〟元サーカス団全員をこの場に収集するようにと。


Ⅲ31-3.33-1

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