そして尋ねる。
「もう一回買い物行ってくる。件の貰ったレシピの材料もちょっと足りなそうだし、母さんもロベルト達来る前にもうちょっと料理品数多い方が良いだろって」
「俺も行く。お袋ケーキに気合入れ過ぎなんだよ。兄貴まで肉料理作るとか、二人とも絶対俺の為じゃなくてチビ達の為だろ」
当たり前でしょ。当たり前だろ。そりゃあな。と、家の中にいた母親と父親、更には兄からまでも容赦ない言葉をキースは返される。
せっかくの余所行き服に着替えたのだしと自分も誕生日の主役にも関わらず買い出しを名乗り出たキースだが、それでも言葉を合わす家族には「ひでー」と口が出た。別に否定を期待してたわけでもないが、なら余計に外で自分も買い出しくらい手伝わなければならない。
兄の代わりに自分一人が行っても良かったが、ここは素直に羽振りの良い兄に甘えることにする。じゃあ行ってきますと後を任せ、兄弟揃って家を出た。
「最近どうだよ兄貴の方は?昇進駄目なら近衛騎士は?」
「来月に長期任務が入るかもしれないくらいだな。その後はまた家に帰るのも大分空くかも」
「なに兄貴死ぬの?」
まだ遠征とまでは言わず長期とだけ伝えるエリックに、キースが小説で死ぬ前の台詞みたいだと悪戯半分に突く。
もう慣れたやり取りだが、最初にそう突かれた時は冗談にならないと咎めたこともあるとエリックは遠い目で思う。当然、今も昔もキースが本当に死ねば良いと思って言っているわけではないことはわかっている。むしろ、当時はそういう不安を覚えさせてしまったからの裏返しでからかいだったのだろうなと理解もしていた。
そして今では副隊長にまでなった兄が簡単に死なないと信頼があるからこその揶揄いだ。
キースからの軽口に笑って流すエリックは「ちゃんと帰ってくるよ」とだけ断った。それはそれでまた台詞が、とエリックもキースも思ったがそれ以上は引っ張らない。
「長期って事件か護衛とか?それとも遠征?」
「言えないって言ってるだろ。ペンと手帳出すな」
私服にも関わらず愛用のペンと手帳まで構える弟に、エリックも指摘する。
新聞社で働いているキースにとって、騎士の兄の話は貴重な情報源にもなる。が、その兄が口が堅い為未だにそこから特ダネに繋がったことはない。騎士団での任務は基本的に機密事項が多いため、当然詳細は家族にも話せない。
あっさり懐にペンを戻すキースは、そのまま手帳を開く。ひと月ほど前には特ダネが色々書けた分、何か面白いことがないかなと手帳の情報を眺めながら思う。最近では予知開花祭や摂政の誕生祭くらいだ。
いっそその騎士の長期任務というのがプライド絡みであれば燃えるが、それはないだろうとも自己完結する。第一王女はラジヤの所為で定期訪問以外で城から滅多に出てこない。だからこそ以前の新聞社訪問はそれだけで奇跡だった。
暫くはそれらしいイベントがないのなら、いっそ国外に取材にでも行ってみようかなとまで考える。実際、社長がそういうのも面白いんじゃないかと提案をしていた。国際郵便機関の試運転が始まった今、情報も国外のものを繋ぐのも需要がある筈だという案はキースも乗りたいと思った。ただし、その国外の遠征費と長旅の安全確保する手立ては会社から支給されない。
「……兄貴が羽振り良いなら今の内に旅行でもねだろうかなー」
冗談半分で声に出して言ってみる。
旅行?とエリックも聞き返しながら目を向けた。家族旅行というのなら、確かにちょうど良いとも思う。多忙なキース自ら旅行を先導してくれるのなら願ってもない。
資金面だけ自分が提供すれば、ちょうどいい報奨金への還元にも祖父母の快気祝いにもなる。
しかし独り言のように言ったキースのそれは家族旅行ではなく取材旅行である。エリックの聞き返しにも正直に「取材行きたくても経費落ちなくて」と告白すれば、そっちかと笑い混じりに返した。
相変わらず仕事が好きな弟に血の繋がりを感じつつも、家族も連れて行ってくれるなら旅費を出そうかと提案を
「ミスミ王国で大規模なオークションあってさ。噂じゃフリージア王国も招かれているとかで、会場で張ってれば王族も見れるんじゃないかなーって」
「絶っっっっっ対やめろ」
ぎゅっとエリックは頭の中で財布の紐をきつくきつく締めた。
提案を喉の奥へと押し込み、両眉を顔の中心に寄せる。ひやりと背筋に冷たい汗をも伝ったが、それだけは弟に気付かれないようにする。
声こそ落ち着いていたが、内心はバクリと心臓が低く鳴った。よりにもよってミスミ王国なんかに来られたら同行する自分も見つかりかねない。
ミスミ王国の隣はラジヤもあるし危ないんだから。我が国で奪還戦もあったの忘れたわけじゃないだろ、と。あくまで丁寧な口調で窘めながら全力で止める。
兄からの窘めにキースも「冗談冗談」と軽く流しながらやっぱり無理かと諦めた。兄と違い戦闘の心得もない自分では、旅費だけでなく護衛と案内役も雇うくらいしないと安全は保障されない。
特殊能力はない自分だが、国外に出たフリージア人は格好の標的である。
弟がすんなり諦めてくれた様子に心底安堵してからエリックは小さく息を吐いて気を取り直す。
「……オークション、については何か詳しいのか?」
「そりゃまぁ記者だからな。今年はフリージアも関わるみたいだし」
兄が興味を示したことに、キースも懐に戻そうとした手帳を片手で開いた。
来月に行われるオークション。それに自国も招待されていると噂が立った時点で新聞社ではそのオークションについての下調べにも入っていた。
フリージアの王族がオークションに行ったと記事にしたところで、オークションがどんなものや規模なのか解説しなければ新聞の読者にもどれだけ大ごとかが伝わらない。そしてその下調べもまた、キースの仕事の一つである。
最近まで調べたオークションについての詳細を書き込んだ頁をめくりながら、自分でも思い返す。エリックから「読みながらは転ぶぞ」と注意をされたが、常に手帳を見ながら歩くのは子供の頃から慣れてる為いつも通り聞き流した。
「ミスミ王国は戦争よりも大規模なオークションで国益も生計立ててラジヤを含む周辺諸国とも上手くやってた国。だから昔からのオークション国」
近隣に大国であるフリージア王国、そしてラジヤの支配下国を含め多くの国々にも面していた為、他国と関わらない選択肢がなかった。
戦争以外で自国の立場を確立させ、国益を効率的に得る為に行ったのがオークション。敢えて周辺国から国賓を招き入れ、オークションの舞台を提供することで繁栄していった。
元は奴隷を売っていたが時代の流れと共に奴隷反対国との交流も視野に入れ、奴隷容認国も反対国も価値を見出せる芸術品や高級品希少品など人権に関わらない品へとオークションの内容も今は完全に変更された。
小規模なオークションは国内のどこでも市場のように行われるが、国賓を招く世界規模なオークションは年に一度のみ。そこでの品を目当てに、もしくは自国の品の宣伝や文明発達のお披露目、そして生み出した品の最大利益を得る為に出品を望む国は絶えない。
年に一度、大陸で最も注目を浴びる卸場として有名でもある。
「名のある商会に王侯貴族。今年もアネモネ王国は出展するらしいし、同盟国になったフリージアも一緒に参加してもおかしくないと思うんだよなぁ」
寧ろハナズオの王弟まで同行とは言えない。
キースの見事な推測にエリックは固く唇を結ぶ。アネモネ王国の出品内容もある程度は想像できている。
歩きながらも表情に出ないように意識するエリックに、キースも全く気取ることなく指先で頭を掻きながら話を続けた。
「気になる噂もちらちら聞いたから女王見れなくても結構でかい記事になると思ったのになぁ」
「どこで聞くんだ?そんな国外の噂」
アネモネの港とか、フリージア王国の観光客とか。そう返すキースは、そのままなんの気もなく噂について頁を開き兄へと向けた。
横目でそれを読むエリックは、相変わらずみっちり纏めている弟のメモに関心しながら自分も読み歩く。あくまで噂でも、これから向かう場所の一つである以上頭に入れておくべきだと考える。
引っ掛かる内容に目を僅かに開いたエリックは、メモの内容をそのまま自分の頭にも書き込んだ。思った以上に情報を持つキースに、もう少し聞いてみようと考える。あくまで、任務を悟らせない程度で。
「もっと甥っ子達が喜ぶような内容はないのか?近隣国の祭りとかサーカスとか結婚とか」
「結婚は兄貴がしろよ。祭りーはまぁアネモネ国王とか他にも探せばあるけど、サーカスかぁ。そういや結構な規模の移動型サーカスがミスミの近くにあるそうだけど」
ぴくりと片方側の肩が上がる。
弟からの辛口にも唇を絞ったが、まるで頭でも覗かれたように的確な情報は予想外だった。流石にケルメシアナとまでは尋ねられないが、恐らくそれだろうと考える。
気楽に「フリージアにも来ねぇかなぁ」と溢すキースへ、来たら来たらで大変だろうと思いながら沈黙を貫いた。
「まぁフリージアにも近くだからか?ちょっと気になる噂も一緒に聞いたけど」
ぺらり、と。
また次の頁を巡りながら言葉を続ける。城下の市場で取材した際に旅人から話を聞いたサーカスだったが、移動型であることや種目の内容など興味深いものが多かった為キースもよく覚えている。
サーカスなどフリージア王国の城下でも祭りの日には見るが、国内のものばかりだ。もともと異国からの人間が貿易目的以外で訪れるようになったのもここ近年。国外の大規模なサーカスなど地方どころか盛んにな城下にも訪れない。
しかし位置関係だけでいればぎりぎりフリージアの隣国とも言えなくもない地なら今のフリージアにも寄ってくれる日が来ないかなと考えた。
その後に続けられた取材相手の言葉を聞けば、別の興味も沸いた。
「サーカス団員に特殊能力者がいたって話」
「…………………」
「そりゃあま、国外の奴らから見たら特殊能力もサーカス芸も変わんねぇよな」
そうだな、と。
単的な相槌で留めながら、エリックは口の中を静かに飲み込んだ。頭の中には一ヶ月以上前にプライドから聞いた予知が並ぶ。人の噂も馬鹿にはならないと思い知りながらも、予知がなかったら自分もキースと同じ程度にしか捉えなかっただろうと思う。
ただでさえフリージア王国の特殊能力は国外の人間には理解されにくい。最近はフリージアへの恐れも大分落ち着いたが、それでも特殊能力がどういうものかは目にしなければ判断しにくい。単なる奇術か曲芸か魔法か、……隠されていれば尚更だ。
「あんまり危ない橋は渡るなよキース。折角お婆ちゃんもお爺ちゃんも元気になったんだから」
「騎士の兄貴に言われたくねぇよ。どうせ泣いてくれる彼女もいねぇし。あーー、誕生日だけで良いから彼女欲しい」
「つくれ。そしてさっさと結婚して出てけ末っ子」
むしろ家に入ってくれる人だろ?とすかさず揚げ足取りをする弟に、エリックも眉をぎゅっと寄せる。
こっちは本気で心配してるのにと思いつつ、ここで執拗に絶対ミスミに行くなよそのサーカスにも関わるなと言えば弟の好奇心と記者魂を刺激しかねない。
腕を組み、市場の中にまで入っていたことに気付いてから「それで何が食べたい?」とだけ本題を投げかける。一応はキースの誕生日だ。
早速キースが、最近気に入ってる肉料理屋があるんだと市場の一角を指差せば、それに従った。
「兄貴なら騎士の服着りゃあモテんのに。良い子いたら俺にも紹介してくれよ」
「そんな騎士の標識狙いと弟を火遊びさせられるか。男所帯の俺と違ってお前こそ職場に女性もいただろ?」
「今の職場気に入ってるから無理。別れ方で下手すりゃあ火傷どころか丸焼けで仕事追い出されるかもだろ」
それは付き合い方の問題だ、と。
何故付き合う前から別れた後のことを考えるのかと思いながらエリックは全身で息を吐いた。
今日でまた一つ歳を重ねる弟に呆れながらも、久々の兄弟の買い物を楽しむことに専念することを決めた。