Ⅲ37.越境侍女は身構える。
「で、あの黒髪も騎士だったということか」
「ああ、私と同様護衛任務に選ばれた」
……ほんっとにびっくりした。
前方へ進む偽衛兵二人とカラム隊長の会話を聞きながら、私はぐっと心臓を両手で押さえる。
カラム隊長が代表として偽衛兵だったホーマー達と交渉してくれている間、レオンはヴァルを連れてこっそり離脱。案内をしてくれた果物屋さんを無事に送り届けたエリック副隊長が合流後、纏めて全員にステイルが状況を説明してくれた。
そして、私達は倒れた貧困街の人達を起こせるだけ起こし、残りは手分けして運びながら彼らの住処へと向かっている。……状況があまりにもな状況だったせいで、エリック副隊長だけでなくアラン隊長やアーサーそしてカラム隊長の傍で成り行きを窺っていたセドリックもびっくりしていた。セドリックに至っては先ず「レオン王子に弟君が……?!」とそこからの驚愕だった。
ホーマー・アドニス・コロナリア。
正確には〝元〟どけれども。他でもないレオンの弟で、第三王子だった人。
色々あって王族としても許されないことをした彼は、三年前に追放処分を受けていた。当時のことは私もステイルも彼らの顛末まで細かく把握しているけれど、まさかラジヤに行き着いているとは思いもしなかった。しかも我が国のお隣さんだ。
藍色の髪は乱雑な長さだけど、以前に会った時よりは今の衛兵の格好の方がしっくりくる。
「すまない、俺も早々に気付ければ良かったのだが……」
「お前は彼らの存在も知らなかったのだろう。寧ろ会話を引き伸ばしてくれて結果的には助かった」
事情を聞いてから私へ申し訳なさそうに肩を丸くするセドリックに、ステイルが眼鏡の黒縁を押さえながら振り返る。本当にその通りだ。
むしろ折角話し中だったのにその間にこそこそと後方で内内での作戦会議で一人仲間外れにして申し訳なかった。
カラム隊長が動き出してくれた後もこちらに来なかったのも、私達のコソコソ話を気付かれないように気を利かせて踏み留まってくれたのだろう。
歩きながら声を潜めたステイルからホーマー達について説明を受けたセドリックは最初こそ驚愕の連続だったけれど、最後には眼の中の焔を燃え上がらせたところで落ち着いた。
今もコソコソ話し中ではある私達は、……さっきと比べて物凄く話し難い。こうして声を潜めて話す私達の周りでは大勢が囲むようにして注意を向けているのだから。
全員、ハリソン副隊長が一度は無力化した貧困街の人達だ。
起こすのにはアラン隊長達も手伝ってくれたけれど、目を覚ました途端またかかってこようとしたり、大慌てで逃げだそうとする人もいて大変だった。その度にホーマーが一括で留めてくれたけれども。
中にはなかなか目が覚さないから今も仲間に背負われてる人もいる。アーサー達も運ぶのを手伝おうとし、……即答で拒まれてしまった。まぁ、私達なんて彼らからすれば敵そのものだしそんな相手に預けたくないのも無理はない。幸いにも目を覚ました人達の方が割合としては多かったから、私達が手伝わなくても一度に全員が移動することはできた。
取り敢えず特殊能力で姿が変わってはいないカラム隊長と近衛騎士達だけは〝騎士〟としてホーマー達に正体を明かすことにした。
やっぱりステイルの提案通り、近衛騎士達はその姿のままで良かったと思う。騎士とホーマーが理解した途端、敵意剥き出しだった彼らも攻撃の意志だけはなくなってくれた。交渉に応じたのも、勝てる見込みがないと判断したのが大きいだろう。ハリソン副隊長が相手だったとはいえ、騎士一人に大敗した時点で騎士五人に勝敗は誰の目にも明らかだ。
あくまで〝ラジヤへ商売に行くことになった商人達を城からの命令で護衛することになった騎士達〟で通した。
上流貴族や大商会とかの上級層から城へ個人的に騎士の派遣を依頼されることは珍しくない。まぁ丸々一隊規模とかは無理だしせいぜい数人程度だけれども。この人数なら自然な数だ。
「あのエリック、さん。やはり私も持ちます。流石にその量では前が見え難いのでは……」
「いえ、大丈夫です。重さ自体は大したことないので……」
ははは、と苦笑気味に断ってくれるエリック副隊長に、今は侍女ですし!と言いたくなる。
案内人さんの送迎から戻ってきたエリック副隊長は、ずっと大量の果物を抱えたままだ。話によると、セドリックからのお礼があまりに高額だったお陰か無事帰還した途端上機嫌になったおじさんからお土産に貰ったらしい。
エリック副隊長も二度は断ったけれど、もう店は畳むからとかなり強引に渡されて断りきれなかったらしい。捨てるわけにもいかず、アラン隊長達も運ぶのを手伝うと言ったけれど両手が塞がってしまうのは自分一人で充分だとエリック副隊長一人が抱えてくれている。
確かに重さは騎士のエリック副隊長には本当に大したことないのだろうけれど、果物の数が数の所為で鼻先近くの高さまでこんもり埋まっているから転ばないか心配になってしまう。
このまま本物の衛兵に引き渡し終えてたら一区切りの小休止で、さっきのサーカスの〝予知〟説明会でちょうど良かったのだけれど、……ホーマーの登場で色々状況が変わってしまった。それにセドリックも。
サーカス付近に縄張りを作った貧困街。サーカスの周りに人が集まるから巣食ってるだけだとしても、サーカスが移動してきてから一番近くにいるなら近況も一番詳しい可能性が高い。
単に一味の誰かを捕まえて脅してじゃ話を聞かせてもらえるわけがない。寧ろ無駄に貧困街に狙われて面倒なことになる方があり得る。王族でもない私達には信用なんかないのだから。
けれど、ホーマー。彼が噛んでいるのなら状況は全く変わる。
隣国フリージアの騎士の強さも理解している元王族。王族と全く立場の違う今の状態なら過去の経歴は隠している可能性が高い。悪く言えば、……というかそのままの事実、彼を協力させる為の脅迫手段としてはこの上ない弱みだ。
ホーマーはわからないけれど、貧困街の中には当然長年この地に住んで毎年のサーカスを知る人もいるだろう。何より、貧困街が協力的になればサーカスへこれから行き来するにも今回みたいな騒動にならずに済む。
私達だけで貧困街の犯罪問題まで根本的解決ができるとは思わない。……けれど、せめて少しでも犯罪方向以外を示唆したり交渉することができるかもしれない。幹部に仲介して貰えれば、組織の長とも話し合いの場を持つことも不可能ではない。
私も、近付いて顔を見ても、すぐにピンとはこなかった。
三年ぶりで顔つきもいくらか変わっていたし、衛兵の格好では別人だ。一応は会ったことがあるカラム隊長達や、それに頭の良いステイルが気付かなかったのも無理もないと思う。私だって当時彼らの顔を頭に焼き付けてなかったらきっと気付かなかった。悪知恵働く優秀なラスボス記憶力で良かったと思う。
流石に実のお兄様であるレオンはすぐに気付いたみたいだったけれど。
……レオン、大丈夫かしら。
ぎゅっ、と考えが過ぎった瞬間また胸が締められる。
ホーマーだとわかった時はすごく驚いていたし、その後も別行動を自分から進言しながらかなり気落ちしていた。ヴァルにも頼んだし身の安全は心配していないけれど、別れ方が別れ方だし思うところがあっても無理はない。
既にレオンなりに心の整理は付けていても、三年ぶりの再会だ。しかもラジヤで、貧困街の一味。倒れていた全員へ上から命令を飛ばしていた様子を思い出すと、結構上の立場か幹部の可能性もある。それだけでも動揺する理由にはなる。
レオンのことだしとっくに乗り越えているとは思うけれど、……あの事件が起こるまではレオンも弟達を大事に思ってたからなと思うと本当にやるせない。
私ならティアラやステイルにいくら裏切られても数年振りに会ったら思い切り戸惑うし、他人と割り切れる自信はない。貧困街なんてしてたらどういうことなのか詳しく知りたいと心配になる。もう一度やり直せればと思ってしまうかもしれない。
今のところホーマーもこちらには気付いていないけれど、レオンも弟達にバレたくないだけじゃなく単純に一緒にいるのも現状を知るのも辛かったのかもしれない。
考えれば考えるだけレオンの心境が心配になる。いやレオンが次期国王として誰よりもしっかりしてるのも、並々ならない覚悟と意識を持っているのもわかっているけれども‼︎
あとはヴァルに、……ヴァルだからなぁ。以前からよく一緒に飲んでいるらしいし、レオンにとっては仲の良い相手だし同行兼護衛に選ばれるのはわかる。けれど、ヴァルに相談するレオンはあまり想像がつかない。一緒に飲んで心と頭の整理をつけるといったところだろうか。
ヴァルのことだからレオンから無理矢理根掘り葉掘り聴きたがるようなことはしないのがせめてもの安心材料だ。
「ここだ」
ホーマーが案内してくれた本拠地は、予想通りかなりの近場だった。さっきの案内人のおじさんが話していた通り、サーカス団の滞在地とかなり近接している。私達が来た道とは正反対方向の大通り。その通りに、今は道というよりも集落に近い規模でテントや簡易の掘建小屋のようなものがずらずら並べられていた。前世で思い返すとホームレスのダンボールハウスのようなイメージにも近い。
その端々に住居らしい建物はあっても完全にボロボロの廃墟で店もないし、木々や林が生い茂っているからもともとは閑散としていた場所なのだろうけれど、今は本当に彼らの巣だ。
「「お空にバカ鳥飛びました〜!小石を投げたらお池に落ちてっ今日の晩餐は丸焼きで〜♪」」
緊張感を削ぐのは子どものあどけない歌声だ。テントの中からだろうか「ほらイサクも歌って〜!」とまた続けて可愛らしい歌声が青年の声と一緒に揃って奏でられる。
私達を襲って来た人達もそうだったけれど子どもから大人、そして男性だけでなく貧困街には女性も多い。これだけみると本当に犯罪組織というよりも一つの村だ。やっぱりスラムに近い。
ホーマーに牽引されるまま進んでいくにつれ、私達の周囲を囲んでいた人達も集落の方へ散開していった。
大丈夫か、怪我したのか、無事か、もう攻めて来たんじゃ、あいつらなんだ、奴隷狩りじゃないのかと聞こえる中、ホーマーも顔見知りの相手が多いのだろう。寄ってくる男の人と親しげに手をパシンと叩いたりおじいさんにぺしりと腰を叩かれたり、赤ちゃんを抱いた女の人の肩には手を置いたりおばあさんに丸い声で言葉を返したりしていた。こうやってみると以前よりも真人間になったようにさえ感じる。
ちょこちょこと子どもが集まってきた。頭に生花を乗せたり首に羽根のお手製首飾りや小枝だろう棒を手や腰に差していて、本当に我が国の子どもと変わらない。
そんな興味多感な子どもに距離を詰められ追いかけられ並ばれ、私達を守る為に外側を歩いてくれてる騎士達を指で突こうとしたりタッチして度胸試しみたいなのをしようとする子まで現れる。半野良の犬がワンワン吠える中、ハリソン副隊長も今は自分のことだからか敵意ではないからか触られても無視してるからほっとした。アーサーは、近付かれるとちょっと肩が強張ったり触れられる度ビクッとしたりと敵じゃない子ども相手にちょっと対応が戸惑い気味だ。若干一番遊ばれてる気がする。
カラム隊長はホーマー相手に先頭を歩いているから今は全く子ども達にも動じてないし、アラン隊長は慣れてるかのように寧ろタッチしてくる子どもに自分から手を出してパッチンと合わせて上げていた。ぱっと見歓迎されてるように見える。
そしてエリック副隊長は……うん、もっと大人気だ。近づいてくる子どもに一個ずつ抱えていた果物をあげている。エリック副隊長は両手が空くし、子ども達は美味しい果物を貰えるからと物凄くお互いお得な状況に子どもが集まってる。笛吹き男みたいな状態に、ちょっと場を忘れて口が笑ってしまう。
「お前ら!!そいつらに下手なことするなよ?!全員ぶっ殺されるぞ!!」
そこで待ってろ。と、ホーマーがカラム隊長へ告げた次の瞬間だった。
突然の大声に思わず両肩が上下してしまうと同時に、アーサー達が私達の警護をさらに固めてくれる。ホーマーの怒鳴り声に集まっていた子ども達も蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
うっかり前方を歩いていたステイルに鼻がぶつかってしまえば、一つのテントの前で足を止めたところだった。
他の掘建小屋よりも遥かに広々と場所を取っている。布で覆われたそこにホーマーが入っていき、もう一人の偽物衛兵が最初からいた他の見張りらしき男達と一緒に私達へ向き直った。じっと警戒する目でこちらを睨む。
ホーマーが以前会った時よりも大分口調が乱れたのにもびっくりしたけれど、やっぱり生活環境が違えばそうなるんだろうなと納得もする。
テントからはうっすらと話し声は聞こえたけれど、内容までは聞こえない。大勢の人達の視線を浴びながら佇み、暫くの時間は待ち続けた。もう子ども達も集まってこず、遠目で眺めてくる。
いつもならこういう時に耳打ちでも色々話し掛けてくれたり相談してくれるステイルも、今は黙したままだ。チラッと何回かこちらを振り返ってくれはしたけれど、すぐにまた背中を向けてしまう。
侍女の私も気軽に話しかける訳に行かず、大勢の注目を浴びながら口を結ぶ。耳打ち程度なら自然だし私から話し掛けようかしらとも思ったけれど、ステイルの場合さっきみたいに侍女相手の口調の塩梅がまだやりにくいのかもしれない。プラデストで親戚の振りをした時も思い切り拒否されてしまったもの。
私もステイルに「フィリップ様」と話しかけた時に変な感じで話し方難しかったし、まぁ長年の習慣で慣れないのは今ならわかる。
セドリックはずっと目を見開いてはきょろきょろと周囲を見回すのに忙しそうだった。少なくともハナズオでは絶対見たことのない景色なのだろう。
エリック副隊長が配り損ねた残りの果物をアラン隊長が掴んでは、ポンポンと遠巻きの子どもに投げ渡したら少し周囲の視線も棘が和らいだ。
「入ってこい」
そう、唐突にテントからはっきりとした声が放たれた。
それを合図に見張りに立っていた男達からテントが捲られ、招かれる。カラム隊長を先頭に中へ潜るセドリック、ステイル、そして私やアラン隊長と外に居た見張りも続……こうとしたら、ホーマーの声で弾かれた。
お前達は入ってくるな、と。セドリックを切れ目に私達の前でホーマーが腕で妨げた。突然目の前に出る腕に私が背を反らし、アラン隊長がホーマーの腕を掴んで止めた。
アラン隊長に掴まれたまま、ホーマーはギラリと私達を睨む。
「お前らは外で待ってろ。こっちも中に居るのは五人だけだ」
代表であるカラム隊長と、後は雇い主だろうステイルとセドリックだけしか入ってくるなと。
考えれば当然の話だ。お互いの代表だけで話し合わせて、お互い護衛もなるべく排除する。対等かつ密談には大事なルールでもある。
王族同士の話し合いだって機密性が高ければ高いほど護衛も外に出されて当人同士のものにされる。カラム隊長という騎士がいる以上、他に厄介な味方は外に出したいというのが基本だろう。……当然、侍女も。
いや!でも!!ここは私も!!と、ステイルとカラム隊長に任せれば大丈夫とは思いつつも、まだ聞きたい質問内容も打ち合わせしていない今は、丸投げしても私が聞きたい情報を聞けるか望み薄になる。
ステイルもこれには少し戸惑うようにこちらを振り返る中、いつものように口が動かない。あくまで侍女の退室に抗議すれば怪しまれるのは目に見えている。
そうこうしてる間にも、外に引いていった見張り達からもさっさと出ろと急かされる。ここで抵抗もするわけに行かないと、アラン隊長と一緒に私も取り敢えずは言われた通りに下がろうとした時。
「ジャンヌ、お前は同席して欲しい」
セドリック⁈
突然入った彼からの待ったに、ホーマーも見張り達も一度止まる。私も顔を向ければ、中に入ったセドリックが私へ人差し指を向けて命じていた。
これにはカラム隊長もステイルも無言のまま確実にびっくりですぐには合わせられない中、セドリックは交渉するように言葉を続ける。
「優秀で勘も良い、肝の据わった女性だとフィリップ殿からも常日頃聞いている。きっとこの場にも役に立つ。別に構わんだろう?たかが侍女一人だ」
そう言いながら大物特有の笑みを浮かべる彼に、心の中で感謝する。
そのまま「いかがでしょう?」とステイルに許可を求めれば、ステイルも合わせるように肯定を一言返してくれた。
これなら私は仕方なく主人の命令で同行だから面目も保てる!ステイルからじゃなく第三者の提案なのがすごくありがたい!!あとは向こうから許可を貰えれば良いだけだ。
本当に心強い子に育ったなぁとうっかり変な感慨に耽る中、今度は向こうから「まぁ良い」と一言が返された。
ホーマーの腕が引かれ、同時にアラン隊長が彼を手放す中、私も通行を許された。そのまま私達四人とアラン隊長達で一時的に分断され
「〜〜ッすんません‼︎自分も良いッすか⁈絶対変なことしないンで‼︎‼︎」
…る、ところでアーサーが突然声を上げた。
アラン隊長の前に出て、そのままホーマーからも力付くで捩じ込み中に押し入ってくる。アーサーにしてはちょっと強引なやり方に私まで瞬きを繰り返してしまう。
自分でも無理矢理とわかってるように返事を聞く前から汗いっぱいのアーサーは、それでも私の隣まで来てくれた。王族三人に騎士がカラム隊長一人の状況に心配してくれたのだろう。
けれど、騎士一人でも渋りたそうだったホーマー達に、私だけでなく騎士追加は……と思っていると、ブフッ!!と今度は反対方向から笑い声が聞こえてきた。ステイルだ。
さっきの緊張した様子とは打って変わり、口を手で押さえたまま笑いを押さえるよう肩を震わせている。アーサーが居てくれると名乗り出てくれたことが嬉しいだけじゃなく安心が前に出たのもあるだろう。私も同じだ。
「失礼しました」と一度断った後、今度はステイルがにっこりとした笑顔で交渉に進み出てくれる。だいぶ本調子に戻ったようだ。
「すみませんが、僕からもお願いします。王国騎士団から直々に僕の護衛を任されている人で。彼、妙に律儀なのでこんな時でも離れるわけにはいかないようです」
ステイルが交渉すべく向き直った方向へ見つめながら、私は口の中を飲み込んだ。
確かにそれならアーサーが食い下がった理由も納得できる。どうにかお願いできませんかと紡ぐ中、ステイルの意志に合わせ今度はずっと黙していたカラム隊長が「問題ないだろう」と口を開き、彼に言う。
「彼もまた、お前達のことは知っている。これで互いに五名ずつ、話を聞かせて欲しい」
アーサーを置く前提で緩やかに話を進ませてくれる。
視線が再び発言者であるカラム隊長へ移る中、静かにアーサーをそのままに背後が閉ざされた。彼にとっても守りやすいようにそっとアーサーへ背中を寄せてくっつければ、アーサーからも正面からは見えないように私の背中に手を回し支えてくれた。
ホーマー側が男性四人に女性一人、そして私達も五人集まった空間でカラム隊長の視線の先へ注目が移る。貧困街の幹部だろう面々の中、部屋の最奥そして中心に座する男性は紹介される必要もなくここの最高権力者だとわかった。……そして私達も、意外ではない。
「エルヴィン」
そう、王族としてではなくここの幹部として彼へ呼びかけるカラム隊長の言葉は、沈黙の中で静かに満ちた。
わかっていた、予想はできていた。ホーマーがいる時点で、彼もきっと……そして恐らくはホーマーよりも高い位置にいるだろうということも。
「…………その名は捨てた」
エルヴィン・アドニス・コロナリア。
名を呼ばれた途端、低めた声と憎々しげな眼差しでカラム隊長を睨んだ彼は、三年前レオンを陥れた主犯なのだから。




