そして確認する。
「……彼が件の内の〝一人〟ですか。それとも、新たな……?」
きっとステイルだけじゃない、この場の皆が今は理解しているだろう。その為に私はここに来たのだから。
口の中を飲み込み頷けば、短く息を吐く音が聞こえた。本当なら彼一人でも確保できれば良かったけれど、仕方がない。
少なくとも今回私にとってだけじゃない、協力してくれた皆にとっても救うべき民は一人じゃないのだから。
今回、ジルベール宰相を通し母上にも伝わっている私の予知。
〝我が国の民が不特定多数〟〝特殊能力を利用して〟奴隷として働かされている未来
つまりは予知した民全員特殊能力者。それこそがケルメシアナサーカス。
……正直今までならこれ〝だけ〟で、言及と捜索に王族が出ることどころか我が国の騎士や衛兵を動かすことも難しかった。
奴隷禁止のフリージア王国の民であろうとも、奴隷制度の国で奴隷になった民は〝所有物〟として取り返せない。その国では奴隷の売買が認められているのだから。
たとえ異国で違法に奴隷にされていようとも、所有者には関係のないことだ。ライアーだって我が国で確保され奴隷被害者として保護されたから自由になれたけれど、そうでなくラジヤの国内で奴隷にされたままだったら私達に国家権力としては何もできなかった。
だからこそ、ジルベール宰相も昔から一生懸命法案を進めてくれていた。
今回の相手は、幸か不幸かラジヤ帝国。奪還戦後に改めて結んだ条約のお陰で、我が国フリージアの民は無条件で返還することが条約で決められた。
締結から半年以内には国規模で実施される予定だし、それまで他の奴隷被害者の民と同じように保護されるのを祈るということもできたけれど、……捕えられている場所が場所だ。
普通に奴隷として売り買いされた民ならば売買記録が残る。大きな奴隷商店なら、売った後の奴隷を追うこともできるから取り締まりを強化すれば難しくない。
けれど、今回の第四作目の彼らは全員がそもそも違法売買でサーカスに買取られたか、もしくは奴隷逃亡者が拾われたかだ。
ラジヤ内でも違法の売買取引では当然その組織を捕まえないと売買記録は手に入らない。むしろそんなの正直に残している組織の方が少ない。
そして奴隷逃亡者、つまり奴隷の立場から逃走してそのままサーカスに逃げ込んだ人間ならそれもやはり足がつかない。
しかも、特殊能力者であろうともサーカス団という媒体では隠しようなんていくらでもある。むしろ手放さないように躍起になる。ゲームでもそうだった。
ラジヤ帝国だし、そこを懇切丁寧に調査してまで我が民を見つけて送り返してくれるわけがない。
そして私の予知では複数人いたことしか思い出せない。目にすれば思い出せると思うけれど、何人が既にサーカスに捕らえられているのか、これからなのか日時もわからない。……と、嘘ではない形で予知として伝えた結果が、ジルベール宰相による今回の寄り道訪問だ。
寄り道滞在中に捜査程度ならしても良いですよ、という許可を頂けたのは本っっっ当にジルベール宰相のお陰に他ない。ジルベール宰相がいなければ、ケルメシアナサーカス指定でのラジヤ帝国へ捜査依頼をするか、良くて騎士団派遣といったところだろうか。
けれど、……ゲームの大筋こそ覚えていても攻略対象者どころかラスボスや主人公の詳細すら思い出せない今じゃ、全員それで助けられるかわからない。
前作の第三作目から人数を予測すれば、たぶん攻略対象者は四、五人。ゲームでのどの段階かもわからないし、攻略対象者の設定を思い出せなければどんな状況で悲劇が待ち構えているかもわからない。
もしかしたらゲームのステイルみたいに既に母親を亡くしているかもしれないし、現実のファーナム兄弟みたいに今にも取り返しのつかない状況へ自ら進んでいるかもしれない。ブラッドなんてあと少しで間に合わなかったらブラッドだけでなく大勢が死んでいた。
第二作目のキャラ達の過去なんてキミヒカファンには女王プライドの治世の犠牲者達として全員数えられてたけど、実際は母上の平和な治世でかつ私がなにもしなくても彼らの過去は変わらなかった。肝心の悪人は悪人のままだった。治安関係なくブラッドの村も襲われたしネイトの伯父もアンカーソンも最低だった。
せめて攻略対象者達全員の記憶を思い出してから、国に帰って騎士団に委託しないと救える民も救えなくなってしまう。だからどうしても私が自分の目で彼らの世界へ踏み込みたかった。
……まさか、こんなに早くサーカス団とアレスにまで辿り着けるとは思わなかったけれど。
ケルメシアナサーカス団が大規模且つ地元で有名な団体で本当に良かった。
捜索範囲が一気に縮められた分、これで攻略対象者達へ本格的に取り組める。あとはどうやってアレスやラスボス達と関わるかだけれども……。
「もう俺は二度とこないからな⁇もうお前らだけで来てくれよ巻き込まないでくれ。大体アンタら本当にそんな呑気に歩いてて良いのか⁇」
は、と。案内人のおじさんの言葉で我に返る。
気付けば考えるまま視線が落ちていた顔を上げると、おじさんがもう先頭は歩きたくないと言わんばかりにセドリックの背中をぐいぐい押していた。首を丸めて彼の高い背に隠れる様子は、この進行先に待っているだろう彼らを警戒してのものだろう。
エリック副隊長が、知らないとはいえ王族の背中を遠慮なく押し出すおじさんに、口の片端を引き攣らせながらもなんとか笑みのまま引き剥がそうとする。けれど、セドリックから「良いです」と一言断りが手の動きと共にエリック副隊長達へ返された。
「ああ、もちろんだ。こちらこそ無理を言って本当にすまなかった。もう道は覚えたから問題ない。それより店主、何か急ぎの用事でも」
「いやお前らが!!急ぐ用事が待ってるだろと言ってんだよ!!あの兄さん本気で死ぬぞ?!」
セドリックの落ち着いた声を途中で上塗り怒鳴るおじさんに、今度はエリック副隊長だけでなく私達も苦笑する。心配してくれるのは無理もない。
バッシン!とあまりに良い音でセドリックの背中を叩くおじさんに、エリック副隊長も流石に顔色を変えてその腕を掴み押さえた。「暴力はやめて下さい」と言いながら、鍛え抜かれた腕でしっかりとおじさんの追撃を止める。
「大丈夫です。大丈夫ですから……恐らく衛兵も来ている頃合いでしょうし、心配には及びません」
「アンタら兵士か騎士か悪魔か!?衛兵が仕事するか!いくら強くても心配の一つくらいして急ぐのが常識だろ!!!」
「あの人は悪魔より強いンで大丈夫っすよ」
やんわりとした口調で宥めるエリック副隊長へ何気に的確な返しをするおじさんに、もっと恐ろしく的確な返しをするアーサーに思わず笑いが音になって溢れた。その悪魔より強いハリソン副隊長に実力で勝ったのがアーサーの筈なのだけれども。
これにはアラン隊長とカラム隊長まで「ぶふっ‼︎」「ふっ……‼︎」と笑いが重なった。そのままお腹を抱えて爆笑するアラン隊長に対し、笑うのを堪えた分内側に残ったのかカラム隊長は肩が目に見えて震えていた。
行きと同じ容赦ない返しに「悪魔はアンタだ!」と聖騎士へ怒鳴るおじさんが失礼ながらコントに見えて来る。本当に申し訳ないけれど。
それでもおじさんの心優しい気持ちに応え、少し早足に切り替え進めば間もなくさっきの騒動があった場所に辿り着いた。
途中に何人か行きにアラン隊長が返り打ちにした相手がまだ回収されずに倒れていた。彼らを手繰るようにそのまま行けば、エリック副隊長の言う通りそこにはこの国の衛兵らしき影が二つと、そしてハリソン副隊長が立っていた。
予想通り、遠目ではあるけれどハリソン副隊長に怪我は一つも見られない。そして期待通り足元には
地面が見えなくなるほどの死屍累々が。
……いや、死んでない筈だけれども。
取り敢えず踏まないで歩く方が難しいほどの人のカーペット状態に、私達はハリソン副隊長の十メートル手前で一度足を止めた。
取り敢えず、おじさんが心配する根拠のある人数規模だった。
本日二話更新分、次の更新は金曜日になります。よろしくお願いします。