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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
越境侍女と属州
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そして押し進む。


「な、なぁ兄さん達!!悪いことは言わねぇさっさとそのガキから離れとけ!仲間が絶対どこかで見てるぞ?!」


そう言いながらおじさんは首ごと動かして周囲を見回し、先頭からこそこそと動いてエリック副隊長の側まで下がってきた。

おじさんの言葉にアラン隊長も少しだけ考えるように眉を寄せてから私に振り返った。一応騎士として財布泥棒の現行犯で見逃さなかっただけで、財布が戻った今は彼を拘束する必要性はあまりない。一番はこの街の衛兵なり自警団なりに突き出すことだけど、……今私達はお忍び中だ。

先を急ぐ上に、あまり騒ぎを大きくして目立ちたくない。

けど、たとえ貧困街の子とはいえ一人見逃したら今度はまた別の人が財布を狙われるだろうしもっと大きな事件を招く可能性も……!

ううーん、と考えれば考えるほど眉間に力が入ってしまう。ここで見逃すのが一番簡単で楽なのはわかった上で悩ましい。

ステイルへ視線を向ければ、ステイルもステイルでやっぱり同じように悩んでいるらしい。おじさんが「良いから早く‼︎」と見事に今からでも逃げたいと言わんばかりにエリック副隊長の腕を掴む中。


ボトリドサリと、人が落ちてきた。

今度は叫ぶでもなく着地するでもなく、背中で落下した青年達はナイフを落としたまま意識を既に失っていた。多分、壁の上から仲間を助けようと身を乗り出したところで意識を奪われたのだろう。彼の落ちてきた先を見上げても既に影はなく、速やかに彼は元の位置に戻ってきていた。短い風が感じたからもしかするとバレないように本当に一瞬使ったのかもしれない。


……とうとう、動いた。


「ハリソン〜。頼むから最初に話したこと忘れるなよ〜?」

既に動いていた、というべきだろうか。

わかっている。と、ハリソン副隊長がアラン隊長へ一言返し、一歩一歩と前に出る。

現行犯の青年を背後手で捻り上げたままのアラン隊長は恐らく殆ど力も入っていないだろう。

今度は落ちてきた壁の方だけじゃない、狭い道を形成する壁や木の上へと一人二人じゃないいくつもの気配が迫ってくるのを感じ取る。恐らく案内人のおじさんの言う通りの展開だろう。

仲間の帰りが遅いから駆けつけたか、それとも捕まった声が聞こえたのか。少なくともさっきまでは他に気配なんて近くに感じなかった。


じわじわとまるで蜘蛛の巣でも突いたかのように集まり囲まれ出す。もっと広い場所だったら良かったのだけれど、もともと狭い道だったから圧迫感も強い。

アラン隊長が捕まえた青年が十代前半くらいに見えたから仲間もそのくらいかと思ったけれど、意外に二十代以上だろう大人やもっと子どもも混じっている。

私達と二歩分程度の距離を取りながらも、逃がさないと言わんばかりの眼差しで睨んでくる。中にはニヤリと多勢に無勢だと悪い顔も向けている人もいる。これだけの数がいて、一人助ける為に皆が出てくるのはすごいなと少し関心させられる。ただの裏稼業ならきっと見捨てるだろう。


「ダリルを離せ」「全員金を出せ」「殺すぞ」「上着を脱いで武器を下ろせ」と、口々に言い出す彼らを眺めながらも、こちらとしては互いに顔を見合わせるだけだ。人質を取られていたら別だったけれど、今この場で人質になりそうなのは……。……取り敢えず果物屋のおじさんはちゃんとエリック副隊長が守ってくれている。

一番最初に動いたハリソン副隊長は、ツカツカと早足程度の歩みで最初にアラン隊長の方へ歩み寄る。二人で片付けるという意味だろうかとそのままアラン隊長の隣で一度腰を下ろす彼の言動を待てば、次の瞬間にはアラン隊長が取り押さえていた青年へ手刀が落とされた。

「う……」とうっすらと籠った声が聞こえかけたけど、すぐに仲間達からの騒めきが上塗った。女性の悲鳴も混じっている。

ばたりとそのまま地面に伏す青年に、アラン隊長も手を離しながら困り顔をハリソン副隊長へ向けた。


「別に縛り上げれば良いだろ」

「必要ない」

平和的に動けなくする方法を提案するアラン隊長に、ハリソン副隊長は一言で切った。

アーサーが私の傍で「そりゃ足折るよりは平和っすけど……」とため息交じりに呟くのが聞こえた。さらりと零される言葉に、もしかしてハリソン副隊長には今のも平和な方なのだろうかと背中がひやりとした。……そういえば、アーサーも似たようなことあったような。

なんかもういっそ懐かしいと思える記憶に口が変に苦笑いしてしまう中、やっぱりアーサーを育てたのはハリソン副隊長なんだなぁと思う。


アラン隊長がそっと気を失った青年を地面に寝かせ立ち上がれば、これで騎士全員の手が空く。「俺もやるか?」「要らん」と、相変わらず呑気なアラン隊長の声に、ハリソン副隊長が一言で返す。というか、今「要らん」と言った?

うっかり自然な雑談に聞こえて聞き逃しかけたけど、そういうことなのだろうか。

恐る恐る今度はカラム隊長へ振り返れば、ステイルもちょうど視線を向けたところだった。こくり、と無言で頷くカラム隊長は前髪を指で払うとそのままアーサーとエリック副隊長へとそれぞれ目を合わし合意を得る。


「我々は先を急ぎましょう。ここはハリソンに任せます。エリック、ダリオ様と共に案内人の安全も並行して確保するように。アーサー、フィリップ様とジャンヌさんから離れるな」

的確に指示を回しながら、カラム隊長自身もレオンとセドリックの傍に立つ。

アーサーとエリック副隊長がそれぞれ声を張り返す中、アラン隊長はぐるぐると肩を回しながら「進むのはこっちで良いんだっけ?」と進行方向へ身体を向けた。もうあと一歩進めば壁になる彼らと一触即発だ。ナイフを構えている人数も多い中、それも見えていないようにアラン隊長は最後に人壁の向こうを指差した。

言葉ではなく、首を上下に振ることでそれに応える案内人のおじさんはもう腰を曲げて小さくなっている。お財布があるのだろう懐を片手で服越しに押さえて、絶対に奪われないようにと防御態勢だ。怖い思いをさせて申し訳ない。


「ヴァル、君ももう少しこっちに寄った方が良いよ?武器が使えない今は戦えないだろう?」

ケッ。と、直後にはヴァルがレオンの言葉に勢いよく吐き捨てた。

けど確かに、その通りだ。ヴァルが今の状況で戦うのは難しい。……レオンが「一個貸しとこうか?」と懐から銃を取り出したのはびっくりしたけれど。途端に周囲からも二度目も大きな騒めきが広がった。

それを手の甲で叩いて拒絶するヴァルは「どうせ使えねぇ」とその事実自体に嫌そうに顔を歪めた後に、カラム隊長が守るレオンの隣に半歩分だけ近付いた。

震える舌で案内してくれるおじさんから、この先は真っすぐいけばテントが見えると教えてもらったセドリックがはっきりとした声でアラン隊長に告げればそこでもう準備は完了だ。


「アラン。最低限手加減するように」

「自分達が援護します」

「わかってるわかってる。道だけ開けりゃあ良いんだろ?」

「ハリソンさん!わかってると思いますけど!!!!でも絶ッッ対いつもみたいに戦っちゃ駄目っすよ?!深追いも殺すのも今は駄目です!!」

「承知した」

カラム隊長の注意とエリック副隊長の落ち着いた声に笑いながら返すアラン隊長は、首を左右に伸ばした。

ステイルと私の肩を背後から守るようにがっしり掴んでくれるアーサーが声を張れば、了解だけが返って来た。「本当にわかってます?!」とアーサーから不安そうな確認が二度目まで放たれたけれど、ハリソン副隊長からの返事はそう変わらなかった。

仲間が三人気を失わされた上に、大勢での脅しも無視して呑気にやり取りする私達に向こうも向こうでいい加減痺れを切らしてきた。まるでハリネズミにしてやるぞと言わんばかりにいくつものナイフを構えてくる彼らに、最初に開戦を示したのは



パァン!!



エリック副隊長だ。

遠くまで響くその音に、さっきまでふざけるなと騒いでいた全員が一度言葉を失う。誰へでもなく上空へと垂直に銃口を向けて示された武器が偽物でないことが全員の前で示される。高々と掲げられたそこから吐き出される煙に誰もが目を奪われていた。

丸腰だった仲間だけでなく、ナイフを持った人ですらこれには一気に逃げ腰に足が半分下がっていた。

ナイフと銃は、全く違う。単純に戦いの有用性だけではなく、銃はナイフみたいに簡単に手に入るものではない。間違いなくこの場にいる彼らは一人も持っていない武器だろう。


エリック副隊長が銃を掲げ、更にカラム隊長も同じく懐から取り出した銃を真っすぐと肘まで伸ばして進行方向へと向ければ、それだけでも私達が進む前から容易に人の影がじわじわと一歩一歩左右に分かれていく。タンッ、と軽く地面を蹴る音が聞こえたと思えばハリソン副隊長が一番に先頭へ駆け出した。


「邪魔だ」と、一歩一歩退く足すら遅いとも言わんばかりに黙っていても引いてくれそうな怖気足の彼らを長い脚で纏めて二人横腹から蹴り飛ばした。

それだけでもまた騒めきと悲鳴が上がったのに、瞬きする間も惜しいほどにまるで獣道を作る作業かのように自分の足の届く範囲全員を蹴り飛ばしていく。「この野郎!!」とナイフを真っすぐ構えてハリソン副隊長に駆け出してきた男もいたけれど、次の瞬間にはその場で跳ねたハリソン副隊長に顔面を踏まれ、怯んだ隙に背後に回った体勢から両肩を掴まれ投げ飛ばされていた。成人男性一人分が人の壁に向かって放り投げられ、また悲鳴が上がる。


明らかな力差に壁になっていた彼らも半歩や一歩と言わず慌てて走って左右に分かれれば、ハリソン副隊長が今度はぐるりと私達の方へ振り返った。

長い黒の横髪に隠れた眼光がギラリと光って見えて思わず味方の筈の私まで肩が上がる。一瞬私が睨まれたような錯覚を覚えたけど、こちらへ駆け出したハリソン副隊長はそのまま私達を横にすり抜け……というよりも横に敷き詰まっていた人壁をすれ違いざまに叩き跳ねて綺麗に攫っていく。まるで壁に手をつくような感覚で、無理矢理私達と相手の間にねじ込んだ身体と肘だけで全員の脳天や首を狙い意識を奪っていく。

複数人相手に戦うハリソン副隊長を見るのは何気に初めてだけど、やっぱり圧倒的だ。そして特殊能力無しでも充分速い。

バタバタと倒れていく中でアーサーやカラム隊長、エリック副隊長が私達の方に倒れ込まないように腕で防いで突き返してくれる。足元は狭くなるけれど、お陰で密集度合が減って進みやすくなった。


「行きましょう。銃声が届いていれば衛兵が駆けつけてくるでしょう。あとはハリソンに任せます」

「じゃ、俺が道ざっくり開けますんで!」

カラム隊長の合図と、こちらを向いたアラン隊長の明るい声の直後、アラン隊長へナイフの切っ先を向けている男の腕が掴み上げられた。

ハリソン副隊長が一掃してくれた側とは反対側だ。次の瞬間には「あだだだ!!」と悲鳴と共に、アラン隊長は相手へ顔を向けるまでもなく手首の力だけで捻り上げ反対の拳をお腹へと鋭く叩き込んだ。まるで軽いジャブくらいの動きに見えたけれど、それでも勢いよく後方に倒れ込んだ男はそのまま背後に敷き詰まっていた仲間も巻き込んだ。

ハリソン副隊長相手でなければ勝てると思ったのか、また別の男がナイフを両手に握り駆けこんできたけれどそれもアラン隊長には敵ではない。ナイフがアラン隊長に届くよりも、アラン隊長が前足でナイフを蹴り飛ばす方が早かった。流れるようにその足で側頭部を蹴り飛ばされた男は掛けられた勢いのままの方向へと倒れた。吹き飛ばないだけ、アラン隊長がものすごく手加減しているのが私の目にもよくわかる。


やぶれかぶれといわんばかりに今度は五人の少年青年が一斉にまとまってアラン隊長一人の動きを止めようと突っ込んできたけれど、エリック副隊長の牽制の銃声が鳴らされたところでビクリと纏まりの動きを壊された彼らにアラン隊長の一つ一つの動きの方が早かった。

真正面の少年へ最初に前膝を突き出すだけの動きでぶつからせ息を詰まらさせ、右側の二人の顔面を右腕で纏めて打ち付け、時間差ができた左側の二人を最後に左拳で一発ずつ腹部へ入れてこちらは完全に意識を奪った。


とうとう「なんだこいつら!!」と至極真っ当な疑問がいくつも叫ばれる。ダリルを取り返せ、ライトはクリフ達を下がらせろ、首領に報告だ、ユンク次お前行け、メル達は見張りに回れと、次々と仲間同士の連絡網が形成されていく。

ハリソン副隊長が私達を中心とした周囲の人波を無力化していく中、アラン隊長が先頭に立って行く先の安全と経路を確保してくれる。アーサーがしっかり私達の肩を掴んだまま前へと進ませてくれる中、カラム隊長が隙なく四方へ銃を構えて前方から以外の攻撃も防いでくれる。

エリック副隊長の牽制の銃声で隙を作るお陰でアラン隊長も、そして今は背後の追撃防止とスリの青年の回収防止に努めてくれているハリソン副隊長も手加減しての反撃がしやすくなっている。


本当なら援護無しでもこの人数全員一掃も余裕なのだろう隊長格だけど、今はあくまで手加減での戦闘だ。剣を抜かないアラン隊長もそうだけど、ハリソン副隊長に至っては特殊能力者だとバレないように今は高速の足も使っていないのも戦いにくさとしてのハンデは大きい。

ぐいぐいと普通の歩並み程度の速度で貧困街の彼らの中を抜けていく私達だけど、一度抜ければもうそれ以上は追われない。途中一度だけ女性である私が狙われて腕を伸ばされたけど、アーサーが一瞬で蹴り飛ばす方がアラン隊長よりもこの時は早かった。


金目の物も欲しかったとはいえ、一番の彼らの目的は仲間の奪還だ。敵を増やすことよりも、阻むハリソン副隊長へと注意が向いていく。……それだけ仲間を思うことができるなら、犯罪なんてさせないで欲しいとも思う。

ただ、これだけは一概には軽蔑もできない。彼らにとって生活の基盤が盗みや強奪で、そうじゃないと生きられない。子どもだからって手を汚さずに済むような生活ができない環境の国に問題がある。……けど、罪を犯したのが貧困する子どもでも、次に被害に遭うのもまたそういう弱い立場の人間じゃないという保証はない。病気の家族の薬代を運ぶ親も、数日ぶりの食事を買うお金を抱き締めた老人も、全員が貧困街に属していない保証はない。彼らの標的にされない保証もだ。

そして罪を犯した以上、基本的にそれを裁くのはこの国だ。


いま、私達は〝部外者〟なのだから。


口の中の苦味を感じながら、それでも私達は先へと進んだ。


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